音楽小説、バンド物というのがメインとなる物語だとは思いますが、実生活に悩みを抱える人間達がネットの掲示板を通じて緩やかにつながっていく事でそれぞれに前進するきっかけをつかんでいくという、ネット時代のコミュニケーションを描いた物語でもあると思います。
また「推し」に自身の思いを仮託するようなファン心理的な所がよく描けていて、とくに「推しが居なくなる」事についての喪失や寂寥は特定の推しを年月をかけて追いかけた経験のある人には共感出来る部分が多々あったのではないかと思います。現役時代からの古参ファンとの後追いで知った若い世代とがオンライン上で交流を持つというのもネット時代の音楽の付き合い方としてはリアルだったんではないでしょうか。
バンド周りや演奏シーンの表現など、難しい音楽用語を並べて煙に巻くような事もなく、それでも実在のアーティスト名や曲名を引用するなど音楽シーンの描写に関しては確かな見識が窺い知れるところでした。その一方で、巨大匿名掲示板から個人BBSへの交流の流れなど、作中でも意図的に「今更」感あるものとして描かれていたとは思いますが、それを踏まえてもネット関連の描写はやや古めかしい印象はあったように思います。今どきの十代の若者がそもそも最初に某匿名掲示板のスレにちゃんとたどり着けるか?という所から少しあやしい気もしないでもないです…
それ以外にも今時の女子高生が今更CDウォークマン持ち歩くか?など、時代感の表現としてはやはり微妙に古く感じられる部分はあったように思います。ただ、「推し」が居なくなった空白を埋めようとする人たちの物語を描くに当たって、ある種の郷愁として必要な要素だったのかも知れない、という思いもあります。作者様の意図するところでは全く無いと思いますが例えば2010年代半ばぐらいを舞台にしている体で読んだ方が諸々しっくり来るお話だったかも知れないな、とおもいました…