Episode.0 世界のスタートに光は射す
つまらない俺の世界に、光が射しこんだ。
「あれ、たしか、天野くんだよね」
家からさほど遠くない海で俺に話しかけてきたのは、同級生の朝比奈さんだった。
「うん、天野だよ」
「下の名前は、えっと……陽太くん!」
「ああ、そうだ」
関わりもない同級生の名前を当てただけで心の底から喜んでいるように見える無邪気な彼女が、羨ましく感じた。
俺はなんでもできてしまうから、そんな小さいことで喜ぶことができない。
俺は、なりたくて無感動になったわけじゃない。
「陽太くん、なんか、落ち込んでる?」
「いや、別に落ち込んでるわけじゃない」
彼女は軽く勘違いしていた。
「もっと楽しんだ方が、人生面白いと思う!」
「そうなんだけど、どうしても心が動かないんだ」
「そんなの心の持ちようでしょ。なんなら、私が心を動かしてあげようか?」
全力で楽しもうとか思った時期もあったが、心の土壌に根差した無感動という根がどうしても動かなかった。
そんな心を動かしてくれるなら、頼みたい。
「頼むよ」
俺の答えに、彼女はにっこりと笑った。
「任せて! とりあえず、海見てよう。海、好きなの?」
彼女は俺の隣に座り、海の方に向き直って言った。
俺は少し考えて答える。
「好きってわけじゃない。ただ、海を眺めてると、世界から逃れられたみたいな気分になって心地いい」
「それを好きって言うんじゃん」
彼女の弾んだ声に隣を見ると、いたずらっぽく笑っていた。
そうなのかもしれない、彼女の言う通り俺は海が好きなのかも。
「陽太くんは、やりたいこととかないの?」
「やりたいこと……」
考えたこともなかった。
これまでの人生でできなかったことは何一つなくて、だから挑戦したいという考えにも至らない。
「ない、かも」
「そっかあ、難しいね。まあ、私がいる間は後ろ向かせないから覚悟してね」
私がいる間は、という言葉に引っかかるところはあった。
でも、これまで鬱屈としていた世界に光明が射したように思えて、海の暗い青が明るく光ったような気がした。
光の向こう――Episode Zero"Luna et Sol" ナナシリア @nanasi20090127
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