君みたいな向日葵

ナナシリア

君みたいな向日葵

 向日葵畑を見る機会があった。


 彼女と初めて出会ったのも、向日葵畑だった。


 そして、向日葵畑の中に、君みたいな向日葵があった。


 他の花とは明らかに異なって、まばゆい光を放っているように見えた。それがまるで君みたいだった。


「あれからもう何年だろう。一年前……いや、高三の時だから、もう二年以上経ってるのか」


 もう詳しいことは思い出せなくなってしまった。


 それでも、あの夏の記憶は、俺にとって確かに思い出だった。


「久しぶりに、会いたい」


 会って、彼女のまばゆい笑顔を見たい。


 一度彼女のことを考え始めると、彼女との記憶を掘り出してしまうのは仕方ないことだった。




 向日葵が咲き誇る畑の中に、向日葵より眩しい少女が立っていた。


 その光にどうしようもなく惹きつけられて、俺は彼女に近寄る。


「すごく、綺麗ですね」


 口を衝いて出た言葉はまるでナンパみたいだったけれど、彼女は俺が思うのとは違う意味で受け取ったみたいだった。


「そうですよね。この花を眺めていると、わたしも元気になるような気がします」


「あなたのお名前は、なんと言うんですか?」


 花の名前を訊いていると間違えられることを懸念して、あえて主語をつけて尋ねる。


「永明高校一年の、宮崎香乃です」


「宮崎さんも、永明なんだ。俺は永明高校三年の安藤です」


「安藤先輩、ですね。先輩はどうしてここに?」


「ちょっと受験勉強に疲れすぎちゃって」


 彼女は悲しげな表情になった。


 あまり似合わない。


「わたしも、二年後には受験勉強することになるんですね……。先輩は、どこに行きたいんですか?」


「ここからしたら高望みかもしれないけど、早稲田大学」


「え、先輩頭いいんですね」


 宮崎さんは顔を明るくして言った。


 なぜかそれが他の人に言われた時よりも嬉しかった。


「志望してるだけだから、別に頭がいいとは限らないじゃん」


「実際どうなんですか?」


「学年一位は今のところ俺なんだけど」


 今日知り合ったばかりの人のことなのに、彼女は自分のことのように笑顔になった。


 圧倒的に明るい。


「いけそうですか?」


「ここから手を抜かなければ、いける」


「じゃあ、先輩ならいけますね」




 あの時の宮崎さんの言葉があったから、今の俺がある。


 あれからもたまに向日葵畑や学校で会い、話して、徐々に距離を詰めていったが、終ぞ連絡先を交換することはなかった。


 必要なかったから、連絡先を交換しようという発想に当時はならなかった。


 だから、彼女と会いたいと思っても気軽に会うことは出来ない。


 まずは永明高校に顔を出して宮崎さんを探さなければいけない。


 いや、宮崎さんは今年の三月に卒業した。だから、永明高校に行っても会えないだろう。


 もう二度と会えない可能性もある。


 視線を落とす。


 腕時計が目に入る。


「そろそろ行かないと、講義始まる」


 もう春休みは明けている。


 通常通りに講義がある。


 キャンパスへと歩く。


 この時間は向日葵畑へ向かっている人の方が多く、必然的に人の流れに逆らうことになる。


 瞬間、直感的に振り返る。


 こっちを見ている女性がいた。


「……」


 沈黙。


「宮崎さん?」


 俺が名前を呼ぶと、彼女は笑った。


 さっき見た君みたいな向日葵が、霞んでしまうくらい。


「安藤先輩!」


「なんでここに?」


「キャンパスから近いんですよ」


「え、じゃあ宮崎さんももしかして――」


 宮崎さんは、満面の笑みをたたえてうなずいた。

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君みたいな向日葵 ナナシリア @nanasi20090127

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