第6話 寝坊したので依頼を受けます
冒険者ギルドは、依頼主から受け取った依頼を毎朝決まった時間に掲示板へと張り付ける。
なので冒険者の朝は早く、掲示板に張り出された依頼を取り合うところから一日が始まる。
遅くとも午前中には活動を開始し、街の外へと出ていくため、昼前の冒険者ギルドは閑散としていることが多かった。
~~~
「うーん……」
かなり高い位置まで陽が昇り、暖かな光が差し込む冒険者ギルド。
依頼が貼り付けられている掲示板を、レオンが真剣な眼差しで見つめている。
本来であればダンジョンへ潜るか依頼で別の場所にいるはずの時間帯だったが、この日はレオンが寝坊して出遅れてしまった。
なので、近場でいい依頼ないかを探していたのだが……。
「やっぱり、ロクな依頼が残ってねえな……」
目ぼしい依頼は既に受注されてしまったらしい。
現在残っているのは、実入りの少なく誰も受けたがらないような依頼ばかりだった。
「ハァ……仕方ねえ。こん中から少しでもマシなやつを探すか……すまんな、ノーラ。」
「……」
後ろから無言でノーラが見つめる中、レオンは少しでも得るものが多そうな依頼を探す。
「……まあ、こいつでいいか。」
彼の視線の先にあったのはコボルトという、二足歩行する犬のような魔物の討伐依頼だった。
コボルトはゴブリンと同じく弱い魔物として知られ、その討伐はランクの低い冒険者にとって定番の依頼だ。
危険度が低く誰でも受けられるので、もちろん報酬は少ない。
彼は雑に選んだ依頼を掲示板から剥がして、受付へと提示する。
「コボルトの討伐依頼ですね。承知しました。それではお気をつけて。」
受付の職員に見送られながら、レオンとノーラはガラガラの冒険者ギルドを後にした。
「ええと……指定された場所は確か、南門を出てしばらく進んだところだったな。」
二人は徐々に人通りが少なくなっていく石畳の道を、街の外へと向かって歩いていく。
しばらくして、街の外へと続く門が見えてきた。
門の前には、自分の身長くらいまである槍を携えにかっちりとした鎧を着た門番が数人、警備のために立っている。
そのうちの一人が、二人の姿を見て深く被っていたヘルムを軽く上げる。
ヘルムの下からは、グレーの優し気な瞳が現れた。
「お、レオンとノーラちゃんか。今日はずいぶんと遅いな。」
「よお、マルコ。今日は寝坊しちまってな。ダンジョンじゃなくて討伐依頼なんだ。」
「……」
依頼やダンジョン探索で街の外へ出る機会が多い冒険者は、その度に街の門番と顔を合わせることになる。
なので、冒険者と門番とは自然と顔見知りになることが多く、レオンと門番の男――マルコもその例に漏れなかった。
ちなみに、数日前にレオン達がダンジョンへと向かう際、マルコはノーラとも初対面を済ませている。
「ハハハ!そいつは残念だったな。まあ、パルケアの平和のために、魔物の討伐もがんばってくれよ?」
パルケアというのは、現在レオン達が住んでいる街の名前だ。
地理的にはバルバード王国の中央部やや南側に位置している。
「おう!任せとけ!」
「……」
いつも通りマルコと軽く言葉を交わし、レオンはノーラと共に門をくぐる。
街の外には見渡す限りの草原が広がっていた。
赤に黄に紫に名前も知らない色とりどりの花々。
青々と生い茂る背丈がバラバラの草木。
そして角つきウサギにトゲネズミに、草花の中からたまに顔を出す危険度の低そうな小さな魔物達。
自然豊かな草原の先、レオン達が今いる位置から見える雑木林の中に彼らの目的地があった。
草を踏みしめる心地よい音を響かせながら、二人は草原の中をしばらく進み続ける。
雑木林の前まで来たところで漂ってきた優しく暖かな木の香りに、レオンはどこか不思議な懐かしさを感じた。
この香りをずっと堪能していたい気分だったが、コボルト討伐の依頼があったので、首を振って気持ちを切り替える。
そして、雑木林の中へ入る前にノーラへある提案をした。
「この先にコボルトがいるんだが……ノーラ、今回は俺に任せてくれねえか?」
ノーラとパーティーを組んでからというもの、出会った魔物は全て彼女が一人で倒してしまうので、レオンが魔物と戦う機会がなくなっていた。
そのせいか、彼は自分の腕が鈍っているのではないかという不安や、このパーティーで何の役にも立っていないことに対する焦りを感じており、ノーラに任せっきりではいけないという思いがあった。
「……」
そんなレオンを無言で見つめるノーラ。
これは……どっちだろうか?
肯定とも否定とも取れぬ分かりにくい彼女の仕草は、レオンを大いに悩ませる。
「……いい……のか?」
だがよくよく考えてみれば、今までノーラが拒否を示す時はいつも、レオンの指示も聞かず勝手に動き出していた。
今回はそんな雰囲気がないし、これはきっと自分の提案を受け入れてくれているのだと、レオンはそう受け取ることにした。
「よし……サンキュー。それじゃあ行くか。」
雑木林の中へ入っていく二人。
少し進んだところで、コボルトの群れを見つけた。
食事中だったのか、コボルト達の足元には骨が転がっている。
「数は……5体か。」
コボルト達は二人の接近に気づいていない様子。
奇襲を仕掛けるまたとないチャンスだ。
「ノーラはそこで待っててくれ。」
レオンは小声でそう言うと、鞄から何枚か呪符を取り出す。
その中の1枚に魔力を流し込み、魔法を発動させた。
コボルト達の周りにある土が盛り上がる。
5体のコボルトを囲うように土の壁ができあがった。
「ワ、ワウッ!?」
壁の中から聞こえてくるコボルト達の慌てふためくような鳴き声。
レオンは間髪入れず、次の魔法を発動する。
すると、壁の内側に小鳥の巣穴のように小さな穴ができた。
「ワフ……?」
急に現れた穴を、訝し気に見るコボルト。
次の瞬間。
穴の奥から爆発音がして、中から先端が鋭く尖った小さな岩の弾丸が射出された。
岩の弾丸は螺旋状に回転しながら真っすぐ飛んでいく。
そして、穴を見ていたコボルトの額へと突き刺さり、その命を刈り取った。
「「「「ワ……バウッバウッ!」」」」
仲間がやられたことでコボルト達が一斉に吠え出す。
けれども、騒いだところで何かできるわけではなかった。
レオンがまた同じように呪符へ魔力を込める。
壁の内側にできた新たな穴。
そこからまたしても爆発音と共に、小さな岩の弾丸が射出された。
まるで作業のように、レオンは同じ魔法で同じ攻撃を繰り返す。
1体、2体、3体と、岩の弾丸がコボルトへと命中するたびに、壁の中から聞こえる鳴き声の数が減っていく。
「バウッバウッ!ヴァ……」
最後のコボルトへ岩の弾丸が撃ち込まれると、先程までの騒がしさは嘘のように壁の中が静かになった。
「はぁ……こんなもんか。」
レオンがそう言って呪符に魔力を込めると、土でできた壁が崩れ落ちる。
中から現れたのは、折り重なるように倒れている5つのコボルトの死体。
彼は徐に鞄からナイフを取り出し、慣れた手つきでコボルトの死体から魔石を取り出した。
「これで今回の依頼は達成したし、さっさと帰って……」
依頼にあったコボルトの討伐が完了し、後は冒険者ギルドに報告するだけとなったところで……。
「――――――」
雑木林の奥から、怒声のような悲鳴のような声が聞こえてきた。
「……なんだ?」
レオン辺りを見回してみるが、近くには誰もいない。
直後、遠くの方で魔法が発動した時特有の魔力の揺らぎが発生したのを感じ取った。
先程の声と言い、恐らくどこかで誰かが魔物と戦っているのだろう。
「少し気にはなるが……」
冒険者の間には、みだりに他の冒険者の戦闘に介入してはいけないという暗黙のルールがある。
これは、冒険者間で倒した魔物から取れる魔石や素材の所有権で揉めるのを防ぐためにできたものだ。
なので、何が起こっているのか気になったレオンだったが、声がした方を見に行くべきかどうかを決めあぐねていた。
声の主が冒険者ならば、近づくだけでもめ事が起こるかもしれない。
けれども、もし冒険者じゃなくて一般人が魔物に襲われているのだとしたら……。
そんな考えが頭の中をグルグルとめぐる中。
「…………」
レオンが悩んでいる姿を無言で眺めていたノーラが、何も言わずに雑木林の奥へと歩き始めた。
「あっ、おい!ノーラ!待てって!」
レオンは慌てて彼女の後を追う。
まだパーティーを組んで日は浅いが、この二人のおなじみの光景だった。
~~~
「ハァ……ハァ……クソっ!」
両手で剣を握るハンス。
呼吸は荒く、手には火傷を負っていた。
「……これだけ速く飛ばれると、さすがに厳しいわね。」
弓を構えたクレアも、かなり辛そうな顔をしている。
上に向けられた彼女の視線の先。
そこにいたのは、コウモリにしては大きくドラゴンにしてはいささか小さすぎる羽に、ゴブリンのような人型の部分とトカゲのような爬虫類の部分が歪に混ざった体を持つ、醜悪な見た目の魔物――ガーゴイルだった。
その周りではアクイーラという鷲のような魔物が四体、ガーゴイルに付き従うように飛んでいる。
「逃げてもすぐに追いつかれるし……このままじゃマズいね……」
魔法を発動するための杖を持ったミハイルが呟く。
ハンスの剣では空を飛ぶ魔物に攻撃できず、クレアの弓やミハイルの魔法では威力が不足してダメージを与えられなかった三人。
倒すのは難しいと見て逃走を選択したのだが、ガーゴイルやアクイーラの飛行スピードが速いせいで撒くこともできなかった。
「……クレア、ミハイル。ここは俺が囮になるから、お前らは救援を呼んできてくれないか?」
空飛ぶ魔物相手に自分だけ役に立っていないからか。
それとも、自分のわがままで難易度の高い依頼を受けたせいでこのピンチを招いてしまった後悔からか。
ハンスは自分が囮になると言い出した。
「……嫌よ。」
だが、彼の提案をクレアはすぐに拒否する。
「何言ってんだ!今はそんなこと言ってる場合じゃ……」
「だから!嫌よ!ハンス一人置いて行けるわけないじゃない!」
「そうだよハンス!逆に聞くけど、僕かクレアが囮になるって言ったら……君はどうするんだい?」
クレアもミハイルも、ハンス一人を置いて逃げる気はないようだった。
「……そうか……そうだな!すまん……クレア!ミハイル!これくらいのピンチ、さっさと切り抜けてやろうぜ!」
仲間達に諭され、冷静さを取り戻したハンス。
彼は気合を入れ直して魔物達へと立ち向かう。
けれども現実は残酷で、気合を入れたからといってどうこうなるようなものではなかった。
「キエエェェェェ!」
1体のアクイーラがハンスの喉笛を切り裂こうと、鋭い爪を立てて襲い掛かる。
彼は剣でこの攻撃をなんとかいなした。
1体目のアクイーラ陰から、2体目のアクイーラが飛んでくる。
「クエエェェェェ!」
ハンスはこの攻撃を受けきることができなかった。
「うあっ……!」
ギリギリ直撃は避けた。
しかし、高速で飛翔するアクイーラに力負けし、剣を弾かれてしまう。
そこに3体目のアクイーラが突っ込んできた。
「キィェェェェ!」
「ハンス!」
「ハンス!」
思わず叫ぶクレアとミハイル。
クレアは矢を放ち、ミハイルは魔法を発動させた。
間一髪、二人の魔法と矢は間に合ったようで、アクイーラはハンスを攻撃することなく矢と魔法を避けて上空へと去っていく。
その後もじわじわ魔物達からの攻撃を受け、三人はなす術なくただただ体力だけを消耗していった。
魔法が使えない魔法使い〜ウチの奴隷が強すぎて俺の出番がない件について〜 インスタント抹茶(濃いめ) @maccha_555
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