第5話 噂話

 レオンとノーラがダンジョンの探索を終えた次の日。

 とある大衆向け食堂の窓際に二人の姿があった。


「……」

「……」


 二人の間に会話らしい会話はない。

 

 席に着いた当初は、レオンがノーラへと話しかける場面がいくらかあった。

 けれども、うんともすんとも返事をしない彼女に、レオンはどうすればいいのかわからず次第に口数が減っていき、そして今に至る。


 この沈黙が相当気まずいのだろう。

 レオンは何度も水を飲み、窓の外の景色を見るふりしながら横目でノーラのことをチラチラと見ていた。


「おや?レオンじゃないか!珍しいね、こっちに来るなんて。」


 自分を呼ぶ声に素早く反応して振り返ったレオン。

 

「おう!ステファンさんか。」


 そこにいたのはステファンだった。

 彼はごく自然な動作で、二人の隣にあったテーブルにつく。


「いやぁ……会えてうれしいぜ!うん!」


 ノーラとの間に流れていた微妙な空気に耐えられなかったレオンには、たまたま現れたステファンが救世主のように見えた。


「そうかい?」


 事情を知らない彼は、なぜこんなにも歓迎されているのかイマイチピンとこなかったが、特に悪い気もしないのでルーすることにした。


「そうそう!聞いたよ、レオン!君もとうとうパーティーを組んだんだって?」


 そんなことよりもと、ステファンは食い気味にレオンへと話を振る。


 ”あのレオンがパーティーを組んだ”

 今冒険者ギルドではそんな噂が流れていて、どうやらステファンの耳にも入ったらしい。


「そちらのお嬢さんがパーティーのメンバーかい?」


 そう言って彼はノーラを見る。

 その際、首元にあった奴隷の首輪に気が付いたが、ステファンがそれについて特に言及することはなかった。


「……」

 

「ああ……ノーラってんだ。」


「ノーラさん……僕はステファンって言うんだ。よろしくね。」


 爽やかな笑顔でノーラへと手を差し出すステファン。

 普通の女性ならば、この笑顔にコロッとやられて顔を赤らめながら手を取っているところだ。

 

 だが、ノーラは違った。

 ステファンが伸ばした手をつまらなそうに一瞥し、頬杖をついて窓の外を眺めていた。


「いや……おい、ノーラ!」


 レオンの声に一瞬だけ彼の方を見るが、すぐにまた窓の外へと視線を戻す。


 ノーラがステファンの握手に応じることはなかった。


「……すまねえ、ステファンさん……」


 シュンとした様子で弱弱しく謝るレオンは、疲れた顔をしていた。


「ハハハ。まあ、いきなり来てよろしくって言っても緊張するだろうし、僕も悪かったね。とりあえず、レオンにパーティーを組む仲間ができたみたいでよかったよ。」

 

 ステファンは気にするなと言わんばかりに手をプラプラと振る。

 

 そんな彼の姿を見て、レオンはさらに申し訳なさが込み上げてくるのだった。

 

「あ、そうだ!ギルドでレオン達がついに十階層に突破したって聞いたんだけど、本当かい?」


 なんとも言えない空気が流れそうになったからか、ステファンが話題を変える。

 この話もまた、レオンがパーティーを組んだことと同じように、冒険者ギルドでちょっとした噂になっていた。


 魔物から取れる素材の回収などの目的で冒険者が潜るダンジョンは、たどり着いた階層や成果によってある程度の実力が測れる。


 先日レオン達が探索したダンジョンであれば、地下五階層を突破して半人前、地下十階層を突破して一人前と言われている。

 たとえソロで挑んでもパーティーで挑んだとしても、評価の基準は変わらない。

 これは、パーティーを組んで協力するというのが冒険者に必要な能力の1つとして認識されているためだ。


 今までならば地下八階層までしかたどり着けなかったレオン。

 彼はノーラという仲間を得たことで、一人前と認められる地下十階層の突破を達成し、冒険者として次のステージへと進んだ。


 ステファンはそれを自分のことのように喜んでいた。


「あー……うん……まあ……ハハハ……」


 傍から見ればそういう評価になるのかもしれない。

 けれども、先日のダンジョンではほとんどノーラのおんぶにだっこの状態で、実情は全く違っていた。

 

 レオンは頬を掻きながら曖昧に笑って誤魔化す。

 ステファンがあまりにも嬉しそうな顔をするものだから、『出てくる魔物は全て全部ノーラが倒して、自分はほとんど何もしていない』とは言い出しづらかった。


「……?」


 レオンがあまり喜んでいるように見えないのを不思議に思ったステファンだったが、きっと照れ隠しでもしているのだろうと解釈した。


「これでレオンもこれでとうとう一人前の冒険者の仲間入りかあ……フフ、昔はかすり傷ができただけで大騒してたくらいなのにねえ。」


 ふと、レオンがまだ冒険者になったばかりの頃を思い出し、感慨深そうに話し始めるステファン。


「ちょ!その話はやめてくれよ!」


 思い出話に華が咲き、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。


「…………」

 

 二人が話をしている間、ノーラは出てきた料理を黙々と食べ、どこを見ているのかわからないような目で窓の外を眺めていた。


〜〜〜


「さて、それじゃあそろそろお暇しようかな?」


「おう!じゃあな、ステファンさん!」


「………」


 ステファンと別れた宿への帰り道、レオン達は本屋へと立ち寄った。


「ハァ……」


 店の奥で椅子に腰掛けながら本を読んでいた店主は、レオン達の姿を確認すると面倒くさそうにため息をつく。

 そして興味を失ったのか、すぐにまた本を読み始めた。


「まあ……ここはいつもこんな感じだから気にしないでくれ。」


 レオンは小声でノーラへ耳打ちする。

 店主は二人に対してだけではなく、どの客に対しても同じような態度を取っていた。


 この街に住む人々の識字率はそれほど高いものではなく、文字が読める者と読めない者で半々くらいに分かれる。

 そんな土地で本がまともに売れるわけもなく、この本屋は本好きの店主が道楽で開いたものだった。


 そのため、店に置いているのは店主が読み終えた本ばかり。

 日焼けしてボロボロになった古い専門書に、傷が少なく比較的綺麗な小説に、子ども向けの絵本に、ジャンルの統一性はない。


 レオンはその中から魔法に関する本を手に取った。


「……なんだ?それが気になるのか?」


 本を開こうとしたところで、ノーラが雑に積まれた本の中からある一冊の本をじっと見ていることに気づいた。


「ノスキアの勇者……?」


 彼女が見つめる本の表紙には、フルプレートの鎧を着こんで剣を持った人物が描かれており、"ノスキアの勇者"というタイトルが付けられていた。


 ノスキアというのは国の名前。

 現在レオン達がいる国がバルバード王国で、その南側にあるノスキア帝国のことを指していた。


 名前からして"ノスキアの勇者"という本は、ノスキア帝国で出版された本なのだろう。


「勇者、か。」


 この世界には勇者が存在する。

 ただし、巨悪を打ち倒す勇者とかそういうものではない。

 とある条件を満たした者に国から与えられる称号のようなものだ。

 

 その条件は大きく分けで2つある。

 

 1つは、では天地がひっくり返ろうと到達できないような、規格外の能力を持つこと。

 もう1つは、何百年も未踏破だったダンジョンを完全に攻略したり、国家を未曽有の危機から救い出したりなど、類稀なる功績を残すことだ。

 

 バルバード王国では現在、三人の人物が勇者の称号を与えられていた。


「ノーラはこういうのが好きなのか?」


 珍しく興味を示した様子のノーラへ、レオンはそんな質問をしてみる。


「……」

 

 だが、やはりと言うべきか彼女は何も答えない。

 それどころか、突然踵を返し本屋を出ていってしまった。


「え?あ、ちょ……!」


 慌てて手に持っていた本を店に戻し、ノーラを追うレオン。


「……フン。」


 その様子を見ていた店主は、やっと静かになったとでも言いたげに鼻を鳴らした。


〜〜〜


 レオンがノーラに追いついたのは、二人が泊まっている宿の近くだった。


「ハァ……ノーラ、一体どうしたってんだ?」


 宿の部屋へと帰り、ため息交じりにノーラへと問いかけるレオン。

 

 本当は文句の一つでもぶつけてやりたいところだった。

 だが、彼女に追いついた時のあまりにも悲しそうな、そしてつらそうな顔を見て、その気持ちは失せてしまった。

 

「何かあるんだったら話くらいは……」


「……いい……」


 ノーラは一瞬だけ躊躇うような素振りを見せたが、レオンの言葉を突っぱねる。

 そして、初めて出会った頃と同じく自らの腕で頭を抱き込みながら、殻へ閉じこもるように座り込んでしまった。


 その日は結局、彼女から話を聞くことはできなかった。


 〜〜〜


 ハンスは焦っていた。

 

 冒険者になってからすぐにその頭角を現し、ハンナとミハイルという仲間とパーティーを組んで、順風満帆な冒険者生活を送っていたハンス。

 しかし、ここ最近は壁にぶつかって伸び悩んでいた。


 そんな時、レオンがダンジョン探索で結果を出しているという噂を聞いた。


 ハンスが冒険者を志したのは子供の頃、魔物に襲われたところをステファンに助けられた時のことだ。

 颯爽と現れて瞬く間に魔物を倒すステファンに憧れ、その時から彼のようになることが目標だった。


 だが、彼のそばにはいつもレオンの存在があった。

 自分の同じくらいの年齢で、自分よりも実績がない冒険者のレオンがステファンと一緒にいるという事実が、ハンスにはなんとなく気に入らなかった。

 それは嫉妬だったのかもしれない。


 そんなレオンの活躍の噂は、ハンスの焦りをさらに強くした。


「頼む!そこをなんとか!」


「うーん……仕方ないわねえ……」


「ハンスとクレアがそう言うなら……」

 

 そして焦った彼はパーティーのメンバーを説得して、普段受ける以来よりも強力な魔物討伐の依頼を受けることにした。

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