第4話 ウチの奴隷が強すぎる件について
奴隷市場でノーラを購入してから一夜明け。
「こちらがギルドカードです。」
人影まばらな冒険者ギルドにて、受付の女が1枚のカードを目の前にいたノーラへと差し出す。
「…………」
ノーラは無言でただカードを眺めているだけで、受け取る素振りを全く見せなかった。
「す、すまん……ノーラ!」
いたたまれなくなったレオンは、申し訳なさそうな顔でノーラの代わりにカードを受け取る。
「……これにてノーラさんの冒険者登録が完了しました。今後冒険者として依頼を受ける際は、そちらのギルドカードをご提示ください。また、レオンさんのパーティー申請も受理しました。ですので、お二人はこれからパーティーとして活動が可能になります。」
気にしていない風を装いながら、受付の女は話を続ける。
「お二人は初めてパーティーを組むということで、パーティーの注意事項についての説明は必要でしょうか?」
「ああ、頼む。」
「先程ノーラさんにご説明した通り、冒険者の皆さんはギルドでの実績や素行などを基にS・A・B・C・D・Eの6つのランクに振り分けられ、ランクによって受けられる依頼に制限がございます。ここまではよろしいですね?」
冒険者ギルドで手続きさえ済ませれば誰でもなることができる冒険者には、ランク制度というものがある。
ランクが低い者は依頼などの面で制限が課され、逆にランクが高い者は優遇されるシステムだ。
「パーティーの場合このランク制度の適用方法が少々異なり、パーティーメンバーの中で一番高い方のランクを参照することになります。例えば、Aランクのの方とCランクの方がパーティーを組んだ場合、Aランク相当の依頼まで受けられます。」
パーティーになるとランクの適用方法が変わる。
これは、『メンバー間のランクがバラバラで、どの依頼を受けられるのかわからない』という事態を防ぐためである。
「レオンさんとノーラさんの場合は……どちらもEランクですので、Eランク相当の依頼までですね。」
けれども、レオン達には関係のない話だった。
実績の足りないレオンは、今日冒険者登録したばかりのノーラと同じくEランクであり、パーティーのランクと個人のランクは全く変わらない。
事務的に淡々と突きつけられた事実に、彼は涙が出そうになった。
「それとパーティー内で起きたトラブルについて、基本的にギルドは介入いたしませんのでご注意ください。ここまでで何か質問などはありますか?」
「いや、大丈夫だ。」
「それでは私からの説明は以上となります。お疲れさまでした。」
営業スマイルでレオン達へそう告げる受付の女。
「ああ、ありがとう。」
「…………」
用事が済み、ギルドを出ようと振り返ったところで、レオンは足を止めた。
なんだか視線を感じる。
そう思って辺りを見渡せば、ギルドにいた冒険者達が面白そうにレオン達のことを見ていた。
ノーラの首元を見てニヤニヤと笑みを浮かべたり、嘲りの表情を作ったりと、冒険者達の反応は様々だ。
「……行くぞ。」
「……」
見世物になっているようで居心地の悪かったレオンは、ノーラの手を引いて足早にギルドを去っていく。
その後、ノーラの武器や防具を購入するために入った店でも似たような目に遭い、宿へ戻ったレオンはいつも以上に疲れが襲ってくるのだった。
~~~
翌日。
レオンは適当に見繕った武器や防具をノーラに装備させ、ダンジョンへとやって来た。
目の前には切り立った崖にできた大きな洞窟が見える。
「初めてのダンジョンだが……ムリはするなよ?今日はお互いどんな感じかを確認するだけだからな。」
ノーラを買い、さらに彼女の装備を整えたことで若干金欠気味のレオン。
本当は実入りのいい依頼を受けてすぐに金を稼ぎたいところだったが、初めてのパーティーということで、まずは比較的安全なダンジョンへ挑むことにしたようだ。
ダンジョンへ挑戦する前に、レオンはノーラへ無理はしないよう念を押す。
「……」
ノーラからの返事はない。
ちゃんと伝わっているのか不安になるレオンだったが、きっと大丈夫なはずだとそれ以上言及することはなかった。
「……さて、それじゃあ行くぞ。」
一抹の不安を抱えながらもレオンはすぐに気持ちを切り替え、ノーラと共にダンジョンの中へと入っていった。
彼らが今回挑む洞窟型のダンジョンは下へ下へと続いていくタイプのものだ。
普通、陽の光が届かない洞窟の中は暗くて前に進むのにも苦労する。
しかし、このダンジョンは壁に松明が掛かっているおかげで洞窟内が明るく、先の方がよく見える。
この松明はダンジョンの中にある限り燃料がなくても燃え続けるのだが、ダンジョンの外へ持ち出すと途端に火が消えてしまうという不思議な性質を持っていた。
松明の明かりを頼りに、先へと進むレオンとノーラ。
ダンジョンの低層階はソロで何度も挑んでいるレオンにとって庭のようなものだったが、今回は冒険者になったばかりのノーラがいるため、いつもよりペースを下げいた。
「お、いるな。あれはゴブリンか?」
レオンが目を凝らしながら遠くの方を見る。
彼の視線の先には、粗末なこん棒を持って突っ立っているゴブリンの姿があった。
「さて……いけるか?ノーラ。」
鞄をまさぐって呪符を出しながら、レオンはノーラへと問いかける。
ゴブリンの一体や二体を相手にすることくらい、レオンにとっては造作もない。
呪符さえあれば、ゴブリン程度一瞬で倒せてしまう。
まあ、呪符がなければいつかのようにゴブリンですら苦戦することになるが……。
それはさておき、レオンは自分一人でも倒せるゴブリンの相手を、今回はノーラに任せるようだ。
ノーラ本人は魔物と戦えると言っていたが、自分の目で確かめるまでは信用できないということで、比較的安全な魔物で彼女の実力を試すことにしたのだろう。
「……」
「あっ、おい!」
レオンの問いかけを無視し、無言で前に進むノーラ。
彼女の背中をレオンは慌てて追いかける。
気が付けば二人はゴブリンの姿がはっきりと見える距離まで近づいていた。
「グゲギギギギギギ……」
目の前にやって来た二人のことを認識したのか、ゴブリンは人を不快にさせるような鳴き声を上げる。
ノーラはその鳴き声に動揺することなく、持っていた剣を鞘から抜いて柄を両手で持ち、ゴブリンと相対した。
「お!」
レオンは剣士ではないので剣の事はよくわからない。
けれども、魔物相手に怯えたり緊張したりすることなく堂々とした様子の彼女を見て感嘆の声を洩らす。
レオンが初めて魔物と戦った時は、肩に力が入ってなかなか呪符が手につかないわ、魔力の加減を間違えてうまく魔法が発動しないわで、なかなかに酷いものだった。
別にこれはレオンに限った話ではなく、ほとんどの冒険者は同じような経験をしている。
目の前のノーラの落ち着きようを見るに、どうやらその段階は越しているようだ。
これなら冒険者としてやっていく目途は立ちそうだと、レオンはほんの少しだけ胸をなで下ろした。
「ゲギャギャ!」
「来るぞ!」
ゴブリンがこん棒を振り回しながらノーラ目がけて走り出す。
一人でも大丈夫そうではあるが、だからと言って油断はできない。
一応ゴブリンの動きを鈍らせて、戦いやすくしておこうか。
レオンがそう思って呪符に魔力を込め、魔法を発動させようとしたその時。
「……は……?」
ゴブリンの首がポトリと落ちた。
そのすぐ傍には、剣を振り切った状態のノーラ。
レオンがまばたきをするほんの一瞬の間に、彼女はゴブリンの首を切り落としてしまったのだ。
何が起こったのか理解できなかったらしく、レオンは口を大きく開けて呆然としている。
当のノーラは、なんでもないように澄ました顔でゴブリンの血がついた剣の手入れを初めていた。
「や…………るじゃねえか!ゴブリンとはいえ一撃で仕留めるなんて!」
少しして脳の再起動が完了したレオンは、ハッとした顔でノーラを見ると、彼女の下へと駆け寄る。
あまりにも鮮やか過ぎる手際に少しばかり違和感があったが、『ゴブリンだしこんなもんだろう』と気にしないことにした。
剣の手入れを終えたノーラは手を止めてチラリとレオンの方を見たが、すぐに目を逸らして剣の手入れを再開する。
ゴブリンから小さな魔石を取り出して袋に詰め込んだ後、二人はダンジョンの奥へと進んで行った。
~~~
下へと続く階段を何度か降り、気づけば地下五階に到達した二人。
ここまで出会った魔物は全て、ノーラが一撃でなぎ倒していた。
「ゴブリンナイト……!」
前方にある広々とした空間を見つけたレオンが呟く。
そこにはゴブリンナイトが一体と、通常のゴブリンが四体、後ろにある階段を守るように立ちはだかっていた。
「ノーラ、止まれ!……作戦会議だ。」
前を歩いていたレオンが立ち止まったため、それに合わせてノーラも止まる。
「あそこにいるゴブリンナイトが見えるか?」
そう言ってレオンは前方を指差す。
ノーラはゆっくりと視線を動かして、彼の指の先にいるゴブリンナイトを見た。
ゴブリンナイトはゴブリンの名が示す通り、ゴブリンの上位互換的な存在だ。
見た目は似ているが通常のゴブリンよりも一回り大きく、もちろん力も強い。
レオンは何度も戦ったことはあるが、毎回苦戦を強いられる相手だった。
なので、ここまで順調だったノーラも一人で相手するのはさすがに厳しいだろうと、今回は自分も一緒に戦うつもりだったレオン。
「アイツらは今までのゴブリンみたいにはいかねえ。まずは俺の魔法でゴブリン共の動きを止めるから……」
彼女へ作戦を伝えようとするが……。
「……いい……」
ノーラは一言でレオンの話をバッサリ斬り捨てる。
そして、ゴブリンナイト達が待つ場所へと向かって歩き出した。
「あっ、おい!待て!今回はちゃんと連携を取らねえとマジでヤバイから……」
彼女を止めようと、慌てて追いかけるレオン。
しかし彼の制止もむなしく、二人はすぐにゴブリン達に見つかってしまった。
「「「「ゲギャギャ!」」」」
今日何度目になるかわからないゴブリンの鳴き声。
四体のゴブリンがこん棒を掲げ、レオン達のことを威嚇してくる。
「……」
その奥では、所々錆びた鎧を身に着け剣を携えたゴブリンナイトが静かに佇んでいた。
「グギャギャ!」
ゴブリンナイトの号令で四体のゴブリンが駆け出す。
まだ何の準備もできていないまま、ゴブリンとの戦闘が始まってしまった。
「クソッ!こうなったら……」
レオンは急いで鞄から呪符を取り出す。
魔法を発動させるために魔力を込め……。
「ちょ……」
戦闘態勢に入ったノーラが射線に入り込んできたので、慌てて魔力の供給を止めた。
「……」
レオンのことは気にも留めず、ノーラはゴブリンとの距離を詰める。
先頭を走っていたゴブリンの前に出た彼女は、真横に剣を振り抜く。
ゴブリンの首が斬り落とされる。
さらに一歩前に出て袈裟懸けに斬り下ろす。
ゴブリンが緑色の液体を垂れ流しながら仰向けに倒れていった。
流れのまま体を少し回転させ、斜めに斬り上げる。
ゴブリンの上半身から下半身がズレ落ちた。
最後に剣を思いっきり振り下ろしたノーラ。
左右真っ二つ、ゴブリンの体が綺麗に分かれる。
瞬く間に4つの死体が出来上がり、残すはゴブリンナイトだけになった。
~~~
「グギャギャギャギャ!!」
仲間を殺され、ゴブリンナイトが怒りの咆哮を上げる。
腹の底から出たその声は、ゴブリンの時よりも一段と低く、太く、そして不快感を催させるものだった。
感情に任せ、ノーラへ跳びかかろうとして……。
そこでゴブリンナイトは違和感に気づいた。
なぜか全身に力が入らない。
前に進むどころか、指一本動かすことすらできない。
「ゲギャ……?」
一体何が起こっているのか。
下を見ようと首を傾けたところで、ゴブリンナイトは突如謎の浮遊感に襲われた。
グングンと地面が近づいてきて、視点が低くなっていく。
「ギェ……」
自分の体を制御できないままゴブリンナイトは地面に頭を打ちつけ、その反動で一回転してしまう。
そしてたまたまノーラと目が合い……。
そこでゴブリンナイトはようやく自分の首が斬り落とされたことに気が付いた。
ゴブリンナイトが最後に見た景色は、首だけになった自分を冷たい目で見下ろすノーラの姿だった。
~~~
「……え……?」
ゴブリンの数が増えたところで、少しくらい強くなったところで、ノーラには全く関係なかった。
全ての魔物を一撃で、一瞬で、ただ一度のダメージを負うこともなく、全て倒しきってしまった。
もしかして自分は夢でも見ているのだろうか?
あのゴブリンナイトとゴブリン軍団を一人で倒した?
しかも全部一撃で?
ノーラさん、強い……強すぎない?
この強さ、ちょっと異常過ぎるだろ?
これだけ強くて何で奴隷で売られてたの?
そこまで考えたところで、レオンは完全に思考を放棄した。
当のノーラはどこ吹く風、息も切らさず顔色1つ変えず、何事もなかったかのように血の付いた剣の手入れを始めていた。
しばらくして剣の手入れが終わったのか、手に持っていた剣を鞘に納めてチラリとレオンの方を見るノーラ。
「……先……進むか……?」
引きつった笑みを浮かべながら、若干上ずった声でレオンはそう言った。
~~~
その後もしばらくダンジョンの探索を続けた二人は、最終的に今回の探索で地下十階層にまで到達した。
ちなみにレオンがソロで挑んでいた時の最高記録は、地下八階層だ。
その道中、出会った魔物は全てノーラが一刀両断してしまったせいで、パーティーで戦うことはおろか、レオンが魔物と戦う機会すらなく、この日の探索を終えるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます