第3話 パーティー

「ハァ~……どうすっかな……」


 宿へと帰ってくるや否や、盛大なため息をつくレオン。

 彼の悩みの種、部屋の端にいるその人物をチラリと見る。

 

 痛々しい体を隠すようにローブを着た奴隷が、顔を俯けながら膝を抱えて座り込んでていた。

 首元には、主人に逆らうことができないよう特別な魔法を込められた首輪がはめられている。


 この様子では冒険者になるどころか、日常生活すらも怪しいかもしれない。

 場の雰囲気にのまれて奴隷を買ってしまったことを、レオンは今更ながら後悔していた。


 けれども、奴隷との契約が結ばれてしまった以上、奴隷商に返品することもできなかった。

 

「とりあえず、その怪我を何とかしねえとなぁ……」


 何をするにしても、怪我をしたままではどうしようもない。


 レオンはカバンから魔方陣が描かれた呪符を1枚取り出すと、座り込んでいる奴隷の前に置いた。


「よし。ちょっとの間そこでじっとしてろよ?」


 そう言って彼は、魔法陣が描かれている呪符へと魔力を流し込む。

 

 それは治癒魔法の魔方陣だった。

 魔法陣が淡いエメラルドの光を放つ。


 程なくして、同じ色の優しい光が奴隷の体を包みこんだ。


「…………」


 しばらくして光が消える。

 本来ならばこれで外傷くらいは治るはずなのだが……。


「よし……あれ?」


 光の中から現れたのは、相変わらず痛々しい姿の奴隷だった。

 レオンが掛けた治癒魔法の効果は微々たるもので、今の状況を劇的に改善する程ではなかったらしい。


「いや……さすがに全部は無理だってのは分かってたけど、ここまで治んねえとか……」


 今使える中で一番効果の高い治癒魔法が失敗に終わり、レオンは頭を抱えて途方に暮れる。

 

 すると、地面に置かれたカバンの中から1つの小瓶が飛び出て転がっているのが視界に入った。

 

 彼はその小瓶を手に取る。

 小瓶の中には紫色の怪しげな液体が入っていた。


「コイツは……」


 この小瓶は、レオンがいつも呪符を購入している店の店主から貰った物だ。

 どうやら治癒のポーションらしい。


「いや……でもなぁ……」


 店主はかなり年を召しており、時々会話が噛み合わないことがある。

 そんな店主から、『どんな怪我でも治すポーションじゃ。試供品じゃがワシは使わんから、お前さんにやろう。』と言って渡されたのだが……。

 

 これは本当に使ってもいいものなのかと、レオンは躊躇っているようだった。


「……よし。」


 悩みに悩んで彼は意を決し、自分の手の甲にある切り傷へとポーションを一滴かける。

 自らの体でその効果を試すことにしたようだ。


 ポーションがかかった瞬間、手の甲にあった切り傷は跡形もなく消え去った。


「うおっ!何だこりゃあ!市販のやつの比じゃねえぞ!」


 傷跡1つ見当たらないスベスベとした綺麗な手の甲を見て、あまりの効果に驚くレオン。

 特に副作用なども無かったので、彼はポーションを奴隷に使うことにした。


「これなら……」


 レオンは瓶を奴隷の口元へと運び、ポーションを飲ませる。


「………………」

 

 それを奴隷は無言で受け入れた。


 レオンが瓶を傾けると、中の液体が奴隷の口の中へと消えていく。


 そして瓶の中身が空になった瞬間。


「おお……!」


 奴隷の全身にあった傷も火傷も全て、一瞬にして消え去ってしまった。

 元の美しい素肌が露わになる。


「お前……女だったのか!」


 長くて美しい金色の髪、整った顔立ちに女性らしい丸みを帯びた体つき。

 怪我が酷くて先程まで見分けがつかなかったが、この奴隷は女だということにレオンは気づいた。


「……!……」


 彼女は自分の怪我が治った事に一瞬だけ驚いて目を丸くしていたが、その後すぐに俯き黙ってしまった。

 端から見れば、これから奴隷として生きなければならない現実を憂いているようにも見える。

 

 悲壮感漂う弱弱しいその姿を見て、レオンはバツが悪そうに後頭部をかいた。


「ま……まあなんだ。とりあえずケガが治ってよかった……って言うべきなのか?」


「……」


 声をかけてみるも、相変わらず彼女は黙って顔を下に向けたままだ。

 

「その、俺はレオンってんだ。お前の名は何ていうんだ?」


 困ったレオンはとりあえず、奴隷の名前を聞き出すことにした。


「……」


 ここまで何度か声をかけているのだが、奴隷からは返事どころか反応すらない。

 今回もきっとダメだろうと、あまり期待はしていなかった。


 だが、そんなレオンの予想に反し、彼女はほんの少しだけ顔を上げ、レオンのことをじっと見つめてきた。


「……ノーラ……」


 そう呟くと、殻に閉じこもるように再び顔を俯ける。

 

 ともすれば消え入ってしまいそうなくらい小さくか細い声。

 それでもレオンは、"ノーラ"という言葉だけはなんとか聞き取った。

 どうやら彼女の名はノーラと言うらしい。


「……!そうか、ノーラって言うのか!……ノーラ、お前は魔物と戦えたりしねえか?俺と一緒に冒険者のパーティーを組むとかは……」


 初めてコミュニケーションが取れたことで少し嬉しくなったレオンは、早速本題を切り出す。

 正直、ノーラ魔物と戦えるようには見えない。

 けれども、元々パーティーを組むという名目で奴隷を買った手前、ダメ元で聞いてみることにした。


「……わかった……」


「だよな。じゃあノーラには別の……え?」


 予想していなかった返答に、レオンの思考が一瞬止まった。


 もしかしたら今のは自分の聞き間違いかもしれないと、同じ質問をもう一度繰り返す。


「今、わかったって……もしかしてお前、魔物と戦えるのか?」


「………………」


 今度は何の返事もせずに沈黙を貫くノーラ。

 

 これは……どっちだろう?

 肯定とも否定とも取れないその反応に悩んだ挙句、さっきのは自分の聞き間違いではなかったとレオンは判断した。


「そうか……そうか!じゃあ俺達はこれから一蓮托生のパーティー仲間だ。よろしくな、ノーラ!」


 そう言ってレオンはノーラへ右手を差し出す。

 歓迎の意を込めて握手をしようとしたのだろう。


「……」


 けれども顔を俯けたままのノーラがその手に気づくわけもなく……。


「…………」


「……」


 ノーラが握手に応じなかったせいでレオンの右手は宙ぶらりんになり、なんとも格好がつかない形になってしまった。


 手のひらを握ったり開いたりしながら、レオンは何事もなかったかのように差し出した右手を引っ込める。

 よほど気恥ずかしかったようで、顔は赤く視線はあちこち泳いでいた。


「ま……まあ……よろしくな……」


 念願かなって無事パーティーを組むことができたレオン。

 だがそれと同時に、この先ノーラとうまくやっていけるのかという不安を抱えることになるのだった。

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