第2話 奴隷を買う

「クソッ!ゴブリンめ……」


 冒険者ギルドの近くにある食堂にて、端の方にある席に座っていたレオンは先日の事を思い出しながら愚痴をこぼす。

 すると一人の男がやって来て、レオンの対面にある椅子へと腰を下ろした。


「やあ、レオン。今日も何やら機嫌が悪いみたいだね。」


 優しそうな顔つきの男は、笑みを浮かべながら気さくにレオンへと話しかけてきた。


「んぁ……?なんだ、ステファンさんか。聞いてくれよ……」


 どうやら彼はレオンと知り合いだったらしい。

 それもそのはず、ステファンと呼ばれた男は新米冒険者だったレオンに、冒険者として生きるための術を教えてくれた師のような存在だった。

 

 レオンは目の前に座るステファンへ、先日探索したダンジョンでの出来事を話し始めた。


「ハハハ!それは災難だったね。でもまあ無事に帰ってこれたしいいじゃないか!」


 ステファンはさも可笑しそうに笑いながらレオンを茶化す。


「そりゃあそうだけどよぉ……ハァ……呪符さえ残ってればあんな奴……」


 恨めしそうにそんな言葉を吐いたレオンは、たまたま攻撃手段がなくなったところで魔物と出くわすという運のなさを呪った。


「まあ、これもいい勉強だと思って次に生かさないとね!あ、すみませーん!」


 話が一区切りついたところでステファンがウェイトレスを呼ぶ。


「はーい!」

 

 ウェイトレスは小走りで寄って来て、満面の笑みで注文を伺っていた。

 その声は数分前にレオンから注文を受けた時よりも1オクターブほど高く、目にはハートマークが浮かんでいた。


 この世に星の数ほどいる冒険者。

 その中でもステファンという男は指折りの実力者であり、この街ではちょっとした有名人だ。

 美しい金色の髪と中性的で整った顔立ち、そして物腰柔らかなその雰囲気も相まって、一種のアイドル的な人気があった。


「……モテる男ってのは大変だな。」


 憧れのステファンと話せて嬉しそうに去っていくウェイトレスの背中を見ながら、やれやれといった感じでレオンは肩をすくめる。

 冗談めかしてはいるが、人気がありすぎるせいでステファンがトラブルに巻き込まれる様を近くで見てきたレオンにとっては半分本心でもあった。


「ハハハ……ハァ……レオン、たまには僕の話も聞いてくれるかい……?」


 それに対し、乾いた笑いで疲れたように返事をするステファン。

 今度は彼の愚痴が始まった。


 こうして他愛もない話をしていたら、レオンの後ろから声が聞こえてきた。


「あ、ステファンさん!」


「やあ、ハンス。それと、クレアとミハイルも。久しぶりだね。」


 レオンが振り返るとそこには、背の高い赤髪の男、気の強そうな茶髪の女、おとなしそうな金髪の男の三人組がいた。

 彼らはレオンやステファンと同じく冒険者であり、ステファンとはよく見知った仲だった。

 互いに挨拶を交わした四人の間には、和気あいあいとしたムードが流れている。


 だがその直後、視線を動かした赤髪の男――ハンスとその先にいたレオンの目が合った瞬間……。


「それと……ん?チッ!」


 ステファンへと向けていた笑顔が一転、ハンスは不機嫌そうに眉をひそめて舌打ちした。

 

 そんなハンスの姿を見て、茶髪の女――クレアが額に手を当てもう知らないと言わんばかりにそっぽを向く。

 金髪の男――ミハイルはオロオロと戸惑っていた。


「はぁ……またお前か……」


 レオンが面倒くさそうにため息をつく。

 何が気に入らないのかハンスはレオンのことを目のかたきにしていて、会う度にこうして絡まれていた。


「何でお前みたいな奴がステファンさんと一緒にいるんだよ……」


「何でって……一緒だと何か悪いのかよ!」


 売り言葉に買い言葉。

 二人の言い合いはだんだんとヒートアップしていき、いよいよ口喧嘩では済まなさそうな不穏な空気が漂い始める。

 

 どうすればいいのかわからずミハイルが涙目になったところで、見かねたステファンが仲裁に入ってきた。


「はいはい、二人とも。店の中でケンカするんじゃないの。」


 互いに睨み合っていたレオンとハンスだったが、ステファンの言葉に渋々といった様子で矛を収めた。


「ハァ……話が終わったんなら行くよ、ハンス!」


「あ、ちょ、おい!」


 そのタイミングでここまで我関せずを貫いていたクレアが動き出し、ハンスの耳を引っ張って店の奥へと去っていった。


「ああ!二人とも!……すいません。それじゃあこれで。」


 そしてミハイルは申し訳無さそうにレオンとステファンへ向かって一礼すると、二人の後を追っていく。


「何だってんだ……ったく!」


 そんな彼らの後ろ姿を、レオンはぼやきながら眺めていた。


「アハハ!みんな元気そうなのはいい事なんだけどね。……そういえばレオン、彼らみたいにパーティーは組まないのかい?」


 三人が去ったところで、不意にステファンはそんなことを尋ねてきた。


 この世界における冒険者は、冒険者ギルドという組織を介して依頼を受ける、いわゆる”何でも屋”だ。

 その依頼内容は郵便配達みたいな簡単な雑用もあるが、魔物の討伐や未開の土地の探索など命の危険を伴う仕事も多い。

 なので、冒険者は複数人で集まってパーティーと呼ばれるチームを組み、少しでも安全に依頼をこなせるよう仲間と協力するというのが一般的だった。


「いや、そうしたいのはヤマヤマなんだが……ハァ……知ってるだろ?俺がなんて言われてるか。」


 レオンはそう言って恨めしそうな視線をステファンに向けた。


 現在はソロで活動しているレオン。

 本当ならば彼も他の冒険者と同じようにパーティーを組みたかったのだが、それができない理由があった。


「魔法使いなのに魔法が使えない、だってよ。」


 その理由というのは、魔法使いを名乗っているにも関わらず、普通の魔法が使えないというものだ。


 何もないところから水を生み出し炎を放つなど、あらゆる物理法則を捻じ曲げて様々な現象を引き起こす超常の力のことを魔法と呼ぶ。

 

 魔力と呼ばれる魔法を使うためのエネルギーとなる物質があるのだが、魔法使いは体内にある魔力を魔法に変換することで魔法を発動させている。

 

 だが、レオンは生まれつき魔力を魔法に変換することができなかった。


「うーん……レオンの魔法は特殊だからねえ……」

 

 だからと言って魔法を全く使えないわけではない。

 事前に魔法陣を描いた呪符を用意しておき、そこに魔力を流し込むことによって、自力ではできなかった魔力から魔法への変換を可能にしていた。


 魔法陣というのは、魔法の発動方法として一般的ではない。

 冒険者の中で使っているのは恐らくレオンくらいだろう。

 そのせいで彼の魔法は同業者冒険者から魔法として認識されていおらず、魔法使いとしては役に立たないというレッテルを貼られていた。


 さらに言うと、呪符というあまりにも特殊なレオンの戦闘スタイルは、普通の魔法使いよりも連携を取るのが遥かに難しいという問題もあった。


「俺も普通の魔法が使えてたらな……」


 遠い目をしながらそう呟いくレオンの背中には哀愁が漂っていた。


 それからしばらくして、ウェイトレスが料理を運んでくる。

 談笑しながら出てきた料理に舌鼓を打った二人は、食事を終えるとすぐに店を出て解散した。


「……パーティー、か……」


 拠点にしている宿屋への帰り道、レオンは独り呟く。

 

 ここ最近彼はソロで冒険者を続けることに限界を感じていた。

 冒険者として次のステージへと進むためには、パーティーを組み共に戦う仲間が必要だった。


 たまたま前を通りがかった冒険者ギルドから出てきた賑やかな冒険者パーティーの一団を見て、レオンは少しだけ寂しくなった。


「……待てよ、そういえば?」


 しばらく歩いていたら、レオンはふとあることを思い出す。

 

 それは冒険者ギルドの中でたまたま聞こえてきた話なのだが、世の中には奴隷を買って冒険者にし、パーティーを組む者がいるらしい。


 この世界には奴隷制度がある。

 奴隷になるのは主に、借金のカタに売られた者や重罪人、戦争で捕虜になった者達だ。


 普通のパーティーと違って奴隷と組んだパーティーであれば、報酬面で揉めることがないからいいとかなんとか。


 もしかして、これなら自分もパーティーを組めるのではなかろうか?

 そんな考えがレオンの頭をよぎる。


 奴隷というのに少しばかり抵抗はあったが、背に腹は代えられないと彼は早速行動に移す。


 冒険者ギルドに併設された銀行へ行き、冒険者を始めた頃からコツコツ積み立てていた貯金を下ろす。

 その額およそ30万ギルム。

 大金とは言えないが、それなりの金額だ。


「こんだけありゃあなんとかなるか?」


 その金を持って彼は奴隷市場へと向かった。

 

 薄暗い通裏りのような場所にて目当ての店を見つけたレオンは、扉を開けてその中へと入っていく。


「いらっしゃいませ。」


 小綺麗な格好をした奴隷商が、貼り付けたような笑みでレオンを出迎えた。

 

 店の奥には奴隷を収容するための檻がいくつか並んでいて、1つの檻につき数人の奴隷が入れられている。


「本日はどのような奴隷をお探しでしょうか?」


「冒険者になってパーティーを組める奴が欲しいんだが……とりあえず檻の中を見せてもらってもいいか?」


「かしこまりました。」


 そう言って商人はレオンを檻の前へ案内する。


「それでしたらこちらはいかがでしょうか?元冒険者でありながら、度重なる借金で奴隷に身を落とした者でございます。」


 商人が手で指し示す先には、筋骨隆々で見るからに強そうな男の姿があった。

 冒険者としての経験があるのなら、パーティーの仲間としても申し分ない。


 レオンの心は"買い"に傾いていた。


「剣の腕は折り紙付き!お値段は500万ギルムでございます。」


 500万ギルム。

 当然ながら手持ちの額では全然足りない。


「……そうか……他の奴も見せてもらえるか?」


 資金不足でこの奴隷は泣く泣く見送ることになった。


「こちらはいかがでしょうか?街一番の荒くれ者として知られたこの男、100万ギロムでございます。」


「うーん……」


 その後も何人か奴隷を紹介してもらったが、どの奴隷も高額で、レオンの手に届くような者が見つからなかった。

 

 いよいよ自分もパーティーが組めるかもしれないと、心を躍らせながら奴隷市場に乗り込んできた彼だったが、目の前の現実に悲しみがこみ上げてきた。


「私が紹介できる奴隷はこれくらいなのですが、お気に召す者はございましたか?」


 笑顔の商人がそんな事を尋ねてくる。

『気になる奴隷はいたが高すぎて買えない』とは言えなかった。

 

 どうしたものかと悩みながら辺りを見回していたレオンの目に、一人の奴隷の姿が映った。


「あいつは……?」


 レオンがその奴隷を指差す。


「あちらの奴隷ですか……?最近入荷したのですが、状態が悪いため20万ギルムで販売しております。ですが……その……あまりお勧めはできないと言いますか……」


 その奴隷について、商人は困ったような表情で説明をしていた。

 

 それもそうだろう。

 全身に火傷や傷の痕が目立ち、生きているのが不思議なほどの大怪我を負っているその奴隷は、レオンが求めているはずの奴隷からかけ離れていたのだから。


 だというのに、レオンはその奴隷のことが妙に気になった。


「ああ……」


 何がこんなに気になるのかは、自分でもわからない。

 絶対に買ってはいけなさそうな奴隷なのだが、本能が"買い"だと言っている。

 価格も20万ギルムならば手が届いてしまう。

 

 しかし、冒険者どころか日常生活も怪しいこの奴隷を買ってしまったら、レオンの生活はきっと苦しくなるだろう。


「……うか。」


「いかがなさいましたか?」


 レオンの呟きを聞き取れなかった商人が聞き返す。


「この奴隷を買いたいんだが……」


「ええと……購入後の返品等はできないのですが……本当によろしいので?」


「………………ああ。」

 

 悩みに悩んだ挙句、レオンは心の声に従って例の奴隷を購入することに決めたのだった。

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