第41話
舞菜と出会った日のこと。
それは、高校に入ってすぐの学級委員の最初の委員会の日だった。
俺は、新品でまだ分不相応な制服を着られながら、委員会が行われる教室へと向かった。
同じクラスのもう一人の学級委員に『先に言ってて』と言われたから、一人でその教室へと入っていった。
その時だった。
舞菜は教室の最前列の椅子に座っていた。本を開いて読んでいるその姿に俺は目を奪われた。
はっと我に返った俺は、何もなかったように周りを見回してから、舞菜のもとへ歩いて、恐る恐る声をかけた。
「すぐには委員会、始まらなさそうだからさ……、ちょっとお喋り付き合ってくれない?」
舞菜は答えに窮した。突然のことで困っているのだろうか。いや、凛とした姿を見ると、突然話しかけてきた男の品定めをしているのかもしれない。
二人の間で静かで気まずい空間が現れた。
俺はそんな無音空間に耐えかねて、簡単に自己紹介を始めた。
「えっと、僕は、飯田悠悟っていうんだ。一年七組の学級委員になったんだ。今さっきだけどね」
そうすると、舞菜は恐る恐る口を開いた。
「わ、私は……、福山舞菜……です。一年三組の学級委員です」
俺は舞菜が反応してくれたことがとにかくうれしかった。そして、舞菜のことをもっと知りたいと心の底から思った。
「福山さんね。よろしくね。福山さんは本が好きなの?」
それが、舞菜との出会いだった。
脈絡もなく突然距離を詰めたのに、拒絶せずに温かく接してくれたこと。舞菜へと質問攻めした俺に、優しく微笑んで答えてくれたこと。
これは忘れられない思い出だ。絶対に忘れない。
文化祭を二人で回ったこと。
お互いクラスのTシャツを着て、文化祭を回った。
それは違うクラスだったからこそ、周りの目を気にしてソワソワしてしまった一年生の時も。
それは同じクラスになって、お揃いのTシャツを着て、何だか照れ臭くなった二年生の時も。
それは最後だからということで、気合が入りすぎてお互い空回りした三年生の時も。
三年間ずっと一緒に回った。
一年生の時、俺はいつも一方的に話かけていた。そんな俺に嫌な顔一つせず、むしろ楽しそうにしている舞菜の顔を見て、こちらももっと楽しい時間を過ごせた。
二年生で同じクラスになってからは、舞菜の方から話してくれることも増えて、舞菜のこともたくさん知ることが出来た。
三年生になると、クラスメイトと話している姿を見て少し嫉妬するようになった。ただ、それ以上に固い絆のようなものを感じるようになり、二人なら何でもできるんじゃないかと思うようにまでなっていた。それくらい、舞菜が大事な人になっていることも実感してきた。
俺に心を開いてくれたこと。たくさん話して、たくさんの面白いことを共有して笑いあったこと。
これも忘れられない思い出だ。絶対に忘れない。
映画を見に行ったこと。
俺はこの日、過去にないほど緊張していた。今、考えれば、病室で舞菜と再会した時と同じくらい緊張していた気がする。気がしただけかもしれないけど。
緊張の理由は、「初めてのデートだから」というものだった。
そしてそれと同じくらい、「初めての私服」といところにも緊張していた。
やはり、普段目にしている制服と日常的に着る私服は全く違う。それによって自分が持つ心構えも変わっていた。正直、どうしてそんなこと思っていたのかは覚えていない。
それでも、楽しみという気持ちより、緊張の気持ちの方が大きかった俺は、待ち合わせ場所までの電車の中で悶えていた記憶がある。
俺よりも舞菜の方が早く待ち合わせ場所に着いていた。
本当は俺の方が先に到着しているつもりだったのだが、電車の遅延で少し遅れてしまった。まあ、こんな言葉は言い訳にしかならないけれども………………。
俺は駅から急いで舞菜の待つ場所へと向かった。
その場所には、秋物の私服に身を包んだ舞菜が待っていた。
「ごめん、待った?」
開口一番に待ち合わせでしか聞かないような言葉が出てきて、俺は内心驚いていた。そしてそれ以上に、舞菜の私服姿が形容出来ないくらい可愛くてどうにかなりそうだった。
そんなことも知る由もない舞菜は首を横に振る。
「ううん。今来たところだよ」
そんな仕草も可愛い。おっと、気を取り直さなくては。
「そうか。じゃあ、映画館行こうか」
「うん」
俺は舞菜を促し、映画館へと足を運ぶ。
見る映画は、アニメ作品だ。俺のチョイスだ。
この時見た映画は片思いをしていた女子高生が思い人の男の子を振り向かせるために奮闘するラブコメ作品だった。コメディシーンを挟みながらも、細かい心情描写が巧みに言葉と作画に現れていて、恋愛の方の力の入りようがありありと感じられる作品だ。
とても見ごたえがあって、いつの間にか頬を涙が伝っているような作品だったと見終えた後に二人で感想を語り合った。そんな時間はとても充実していて、一瞬で過ぎ去ったこと覚えている。
二人で同じ作品に涙したこと。思ったこと感じたことを素直にぶつけ合って、お互いに共感できたこと。
これも忘れられない思い出だ。絶対に忘れない。
お台場へ校外学習へ行ったこと。
お台場は俺たちの生活圏とは雰囲気が全然違っていた。周りを見渡すと、おしゃれな建物が並んでいた。道行く人々は誰もが最高におしゃれで、制服で生活している俺たちとは輝きが段違いだった。さすがお台場と言ったところだ。
ただ、俺の隣を歩く舞菜もそれらの人たちに負けていなかった。舞菜は制服の上に防寒性能が高そうなコートに身包んでいたが、そのコートは制服との相性がいいのか、とても似合っていて、お台場のおしゃれ猛者たちに引けを取っていなかった。
それに対して、俺は上着もセーターも着ることなく制服のみで、私とは対照的に何だか寒そうな恰好をしている。案の定、風が吹くたびに体が震えている。
たびたび、冷たい風が俺の頬を突き刺す。これは、海からの浜風の影響だろう。俺の服装選びは明らかに間違っていることを身をもって、嫌になるほど感じる。
舞菜は何度も寒そうな俺を心配してくれた。
「悠悟くん、大丈夫? 寒くない?」
「大丈夫大丈夫。気にしなくていいよ」
しかし、本当は寒いのに俺は強がってしまう。
そんな強がってる俺を見かねて、舞菜はバックをあさり、使い捨てカイロを渡してくれた。
突然、カイロを渡されたことに戸惑いながらも、俺は口を開く。
「ごめんね、ありがとう」
俺は少し気恥ずかしさを感じながらも、感謝を伝えた。そうしたら、舞菜の方は何だか嬉しそうな顔をした。
「どういたしまして」
その優しく温かい笑顔に俺は見惚れてしまう。
やっぱり、舞菜のことが好きだなと心の底から感じた瞬間だった。
ちっぽけなことだけど、こんな情けない俺を助けてくれたこと。舞菜が俺のことをきちん見てくれていることに気が付かされたこと。
これも忘れられない思い出だ。絶対……、絶対に忘れない。
どれも、高校時代の大事な思い出だ。
その思い出をなぞるように、俺と舞菜は再び出会い、同じ場所へデートして回った。
しかし、どの場所でも舞菜は昔話を積極的にしなかった。それは記憶が消えてしまったせいなのか、舞菜自身があまり話したくなかったのかは分からない。
それでも、舞菜が二人の高校時代の思い出を忘れてしまっているなら、その思い出に代わる新しい思い出が欲しかった。
それも、あの頃のあの時間を共有していたっていう証が欲しかった。
あの頃と同じとはいかなくても、あの頃に似た思い出なら、共有した状態に限りなく近づけるような気がした。
————————でも、それは舞菜を苦しめているだけだった。
舞菜は記憶が消失することで多分に傷ついていた。痛みをひたすら受け続けていた。
なら、記憶を少ない状態で消失させて、早いうちに症状を完結させればいい。そういう風に小笠原から説得を受けた。
その方法しかないことは、舞菜の病気のことを知った時点で本当は分かっていた。
————————それでも、俺は足掻きたかった。どうにかしたかった。
今の舞菜と一緒にいたかった。一緒に笑って、一緒に泣いて、大事な時間を二人で過ごしたかった。
ただ、その無駄な足掻きも既に舞菜の拒絶によって閉ざされた。
それなら、俺はどうすればいいのか。何が出来るのか。
最後のデートの日以降、俺はモヤモヤしてたまらなかった。仕事も身が入らないし、日常生活でもボケっとしていることが増えていた。
そんな俺に道筋を与えてくれたのは兄の悠也だった。
兄は今まで俺が困っている時もちょっかいしか出してこなかったのに、突然俺に話を持ち掛けては、俺の知らない両親の話を出され、正直困惑した。それでも、兄の言いたいことはすぐに分かった。
それを理解してから、気づいたらもう足が動いていた。家を出る前に、兄に感謝の言葉を伝えながら、病院へと駆けていった。
そして、今に至る。
もう、お金なんて気にしている場合じゃない。とにかく早く着かないといけない。のんびり行ってたら面会時間を超えてしまう。
俺はそう決して、タクシー乗り場へと向かう。丸眼鏡のタクシードライバーが俺のことを見つけてドアを開ける。
「お台場のダイバーシティトウキョウホスピタルまで急ぎでっ!!!」
俺がいままで気づかないふりをしていた思いは成就しなくていい。
目を背け続けてきた自分の願いなんて叶わないままでいい。
俺の気持ちを伝えられさえすればそれでいい。
今、俺の思いのすべてを、何もかもを————————舞菜への言葉に昇華させる
————————————————
早く————————、舞菜のもとへ————————。
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