第39話


 きっかけは福山由梨からの連絡だった。


 デートから帰った悠悟が珍しく早く、そそくさと寝室へと行った日の深夜だった。

 いきなりの電話だったが、高校時代からこいつはそういうやつだった。


 由梨は挨拶を短く済ませ、すぐに本題に入った。


「うちの妹がユーヤの弟に色々言ったらしいんだけど、弟くんどんな状況か分かる?」


 突然の話で俺は困惑の色を隠せなかった。

 しかし確かに、弟が何かを抱えているなとは感づいていたものの、抱えているものが何なのかは分かっていなかった。

 だから、由梨から事の顛末を教えてもらうことで大筋を把握した。そして、悠悟がどう悩んでいるかもなんとなく分かった。


 どうして悩んでいる内容が分かるのか? それは由梨にも聞かれた言葉だった。


「俺の母親が同じ記憶崩壊症候群になっていたからさ。その時点で父親は結婚していたから、その時どんな苦労をしていたかは、散々聞かされたんだ。俺だけだけどな」


 由梨は記憶崩壊症候群になった人に他にあったことが無かったそうで、意外と近いところに同じような境遇の人がいたのだと驚いていた。


「じゃあ、弟くんはその事は知らないのか」

「ああ。きっと教えれば何らかの行動アクションにつながるさ。まあ、父親には言わないでほしいと言われていたんだがな」

「横文字使う癖、相変わらず直っていないんだね」


 由梨は俺の色んな癖を知っている。それは高校時代に頻繁に絡まれた結果だ。由梨が持ってきたいざこざに巻き込まれて大変な目に合ったこともある。そんな色々があったから由梨は俺の携帯の番号を知っていた。


 まあ、それがなかったら、由梨から連絡が来ることもなかっただろうから、悠悟を助けようがなかったかもしれない。結果オーライと言えるのかもしれない。


 とはいえ、わざわざ電話越しでも面倒に絡んでくるのは鬱陶うっとうしいにもほどがある。


「うるせ。いきなり連絡よこしてきて、嫌味を言うな」

「ユーヤが同窓会こないのが悪いんだから」

「俺がそういう興業イベントに行きたがらないのは知ってるだろ」

「まぁねぇ~」


 由梨はどんどん横道にそれていく。これは由梨の癖と言えるだろう。

 俺は仕方なく軌道修正を試みる。


「で、話はそれだけじゃないんだろ」

「さすがユーヤだね。良く分かってる」

「いいから早く話せ」


 意地悪に話をもったいぶる由梨に嫌悪感ヘイトが溜まり始める。


 そんな俺を見越してなのか、やっと本題に入りそうだった。


「はいはい。弟くんを少しばかり借りたいの。とりあえずこっちの方から少し話をしたい。で、その後にユーヤの方で話をして欲しい」

「それなら、そっちのターンで悠悟のあれこれは解決するんじゃないのか?」

「そんなに簡単な話じゃないよ。こっちで話しても上手くいかないだろうから、そっちで最後は何とかして」

「ちょっと雑過ぎる要求オーダーじゃないか。まあ、俺の方からうちの事情を話したんだから仕方ないか」


 俺がぽろっと言った言葉がすぐに利用してくるあたり、高校時代の由梨のままだなぁと感じる。


 昔から戦略を立てるのは由梨の得意とするところだったからな………。

 それに対して俺はそこのあたりはからっきしだったけれど………。


 それから、具体的な計画を電話越しに聞く。その計画について、由梨は少し不安そうな素振りを見せた。


「でも、どう転ぶか分からないんだよねえ」

「まあ、何だ……。きっと悠悟もお前の妹も上手くやるさ」

「そうだね。だって、ユーヤの弟だし、私の妹だからね」


 由梨が珍しく否定的ネガティブ思考だったから、俺の方からフォローしてやる。ただ、そんなこと必要ないと言わんばかりの態度をすぐさま見せた。


「相変わらず、自信に満ち溢れているな」

「そんなことないよ。強がってるだけ…………。私だって妹の扱いで色々困ってたんだから。だから、悠悟くんには感謝してる」

「それは面と向かって言ってやれ。お前の方こそ本人のいないところでものを言う癖、そのまんまじゃねぇか」

「はいはーい。そうですねー。そうしまーす。それじゃつつがなくよろしくぅ~」

「ああ。つつがなくな。連絡ありがとう」

「うん。じゃあね」


 最後はあの頃から変わらないいつもの語句フレーズを互いに使って、電話は切れらた。


 何だかんだで高校時代やり取りと全く変わらなかった気がした。少しは年を重ねて大人らしくなったかと思ったら、ほとんど変わっていなかった。高校時代から何かとあいつに絡まれてばかりだ。本当に扱いに困る。

 まあ、退屈しないから、嫌いではないけれども。


 俺はリビングのソファに座り、明日どうやって悠悟を誘導するかを考えた。


 こうやって、じっくりと物事を考えるのは久しぶりな気がした。




 足早に悠悟が家から出ていった後、いつものように一人残された悠也はテーブルの上に置かれた家族写真を眺める。


「………父さん。言うなと散々言われていたけど、言ってしまったよ」


「……………でも、悠悟にはいい影響を与えたみたいだ。きっと上手くいくさ」

 そうして、その写真を手に取り、真ん中にいる弟をなでる。


「………………頑張れよ。………悠悟」


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