第28話


 夢を見ていた。


 懐かしい夢だ。


 私は珍しく学校の制服ではなく、秋物の私服を着て、駅の前にいる。誰かと待ち合わせでもしているのか? 私は今の情報量では現状を図りかねる。


「ごめ×、待った?」


 駅の方から彼が駆け足で私のもとに来て、そう言った。私は首を横に振る。


「ううん。今来たところだよ」

「そ×か。じゃあ、映画館行こ××」

「うん」


 私は促されるまま、映画館へと足を運ぶ。


 そうだ、これは彼との初めてのデートの日の夢だ。


 私は彼に誘われて映画を見に行くことになっていた。

 もちろん彼に誘われたのだから行かないなんて選択肢は私の中には無かった。それくらい彼のことが好きで好きで仕方なくて、誘われたのが嬉しくて嬉しくて仕方なかった。


 ただ、そんな私の気持ちを彼に漏らすことなくこの時までは何とか来ていた。

 つまり、好きだということは言ったことはなかったということ。


 今は夢の中だから言えるなら言いたいけど、夢の中だから上手く伝えることは出来ないのがもどかしい………………。


 話は夢の内容へと戻る。

 今回見る映画は、アニメ作品のようだ。彼のチョイスらしい。


 私の経験した話だったはずなのに、何だか他人事のように感じるのは夢のせいなのだろう。


 そして、いつの間にか座席に座っている。移動した記憶はないのだけど。


「こ×××はね、×××監督の××な×××作品なんだ。すごく××がよくて、一緒××××と思っ××××だ」


 そう言って、彼はスクリーンに目を向ける。本編が始まる。


 片思いをしていた女子高生が思い人振り向かせるために奮闘するラブコメ作品のようだ。

 コメディシーンを挟みながらも、細かい心情描写が巧みに言葉と作画に現れていて、恋愛の方の力の入りようがありありと感じられる。


 シーンは進む。彼女は彼との距離を近づけることに成功し、一緒に下校するようになる。


 しかし、そんなある日、彼女が思っていた人は本当は病魔に侵されて死ぬ直前だったということを、彼の口から告げられる。


 そしてその後、あれ………………私は? 何をしたんだっけ?


 周りを見ても誰もいない。何もない。


 私が今まで見ていた夢は、いつのまにか砂嵐に代わっていた


 私は確かに、さっきまで夢を見ていたのに………………。


 私は胸がぽっかりとあいたような気がした。


 何か、大事なものを失ったような気がした。


 言わなくちゃいけなかったことを忘れているような気がした。


 無くしてはいけないものを………………


 何かに反射した私の顔には一筋の涙がつたっていた。


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