第26話
「公開からそれなりの時間経ってるのに、随分と人が多いね」
舞菜は入場するや否や、驚きの声を上げた。静かな空間だったからか、少し小さめのリアクションだったけれど。
舞菜の希望のキャラメルポップコーンとコーラ、俺の麦茶を持って、映画館の席に座った。
周りを見渡すと、映画が始まる頃には座席は満席で、俺も舞菜と同じ様に驚いた。
今日見る映画は舞菜が選んだ作品だ。
舞菜曰く、『私、映画見に行きたい。映画館の音響を浴びたいの。それで、見たい作品がね、アメリカのアクション映画なんだけどさ…………』だそうだ。
舞菜とアクション映画という組み合わせにも中々驚いたが、それ以上に見せられた予告映像で度肝を抜かれた。イケおじという言葉がぴったりな俳優が主演の映画というチョイスだったからだ。
再び舞菜曰く、『かなり前の名作の続編なんだけどさ、少しマニアックなんだよね』だそうだ。マニアックな作品をデートに選ぶか? と思わなかったわけではないが。この前二人で来た時にアニメーション映画を選んだ俺がそんなに偉そうに言えるのかという話だが。
ただ、舞菜の話を聞く限り、かなり見ごたえがあって面白そうな作品だと感じていた。
色々と回想しているうちに本編が始まっていた。隣の舞菜は静かに、そして真剣にスクリーンを眺めていた。そんな表情にスクリーンそっちのけで見惚れてしまう。
俺は目をスクリーンに戻した。
シーンは進んでいく。
主人公はさらわれた恋人を助けるためにあらゆる困難もはねのけていく。
複数人の敵に囲まれても、ピストルを持った敵に素手で対峙したとしても、足を滑らせて落ちたら即死の危険な場所でラスボスとの戦闘になっても、彼は何とかしてしまう。
どんな場面でも超人的な動きで切り抜ける姿は、男なら誰もが幼いころに夢見るヒーローを連想させる。
俺もいつの間にか、映画の世界に引き込まれていた。
飲み物に手を付けることも忘れて、スクリーンに釘付けになる。カップの中の氷は溶け始めているだろう。
主人公は見事恋人を助けることに成功する。そして、彼と彼女は日常に戻っていく。
しかし、ある日主人公が散歩していると突然現れた男にピストルで撃たれてしまう。その男はかつて主人公に敗北したラスボスの子分の奴だった。
あんなに超人的な動きを見せていた主人公は、何気ない日常の中、不意打ちという形で致命傷を受けてしまう。
駆け寄る恋人をよそに、彼は走馬灯を見て『救うことが………出来て、………良かった』とだけつぶやき、息を引き取る。
そんな彼を見て恋人が彼の名前を叫ぶシーンで映画は終わり、エンドクレジットが流れる。
ハッピーエンドにさせてくれない残酷な終わり方だと言う人もいるかもしれないが、それ以上に深い作品だと俺は感じ取った。
ただただ、強いやつが無双して終わる作品じゃない。なかなかいい作品だ。俺の中では良作の部類に入る映画だった。
そして、エンドクレジットとともに流れる場面写を見て涙腺が崩壊する。
主人公のポケットには全てのシーンにおいて何かが入ったままだったが、それが何だったのかは本編では明かされていなかった。
しかし、最後に指輪のケースが現れる。
そのケースの形は彼のポケットの膨らみと同じ形をしていた。ずっと肌身離さず持っていたのである。それは、彼が撃たれたときもそうだった。
この主人公の思いの強さに当てられて、俺は自然と涙があふれてきた。
俺は頬を伝う涙をハンカチで拭きながら、隣の舞菜を見る。
すると、俺以上に涙を流す舞菜がいた。
あまりにも号泣しているため、俺はかえって冷静になる。
「お、おい舞菜さん? 大丈夫か? 周りの人にも見られてるぞ~」
「……う、うん。だ、だいじょうび」
最後が噛んでしまったようだ。
どうやら大丈夫じゃなさそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます