第25話
「服の季節感がおかしいな。ほんの数日前までは長袖で腕まくりしていたはずなのに…………」
暑さが残っていた9月とは一転、今年の10月はやけに寒い。秋物をすっ飛ばして、クローゼットの中から引っ張り出してきた冬物のジャンパーで寒さに対峙する。
そんな俺とは対照的に、舞菜は秋物のコーディネートのようで、防寒性能に優れた服装とは言えないだろう。しかし、舞菜は寒さに負けず、快活だ。
「ほらほらー。悠悟くん遅いよ~~」
俺の横を舞菜が歩いていたつもりが、いつの間にか距離がついている。舞菜の歩く速さが異様に早い。
「舞菜さん、速くない?」
そう言いながら、舞菜に追いつこうと人を避けながら足を速めた。
「だってだってだってー。久々に映画館で映画が見れるんだよ!! そりゃテンションあがるでしょ」
舞菜は追いついた俺に笑顔を向けながら、そう楽しそうに答えた。
俺たちは映画館に来ていた。一度舞菜と来たことがある場所だ。
ビルの上の階にある映画館だったため、エレベーターに乗り上の階を目指した。
そして、エレベーターから出ると、映画館独特の匂いが漂ってくる。この匂いを嗅ぐと不思議と気分が高揚する。だから、舞菜の言うことはよく分かる。
しかし、今の舞菜はそれを加味してもはしゃぎ過ぎだ。まるでやんちゃな小学生のようなテンションの上がりようだ。
俺はさすがに周りの目が気になって、舞菜を落ち着かせようと試みる。
「そうだとしても、テンション高すぎるように感じるけど」
「いいもん。悠悟くんには分からなくても」
言葉選びを誤ったようで、何だか機嫌を損ねてしまったみたいだ。
そこで、俺の方から舞菜の気分を上げるために手札をきる。
「舞菜さん。ポップコーンとか飲み物とかいる? 俺、買ってくるよ」
「ホント!! いる!!」
想像通り、舞菜のテンションが回復した。単純すぎて怖くなるくらいだ。何か怪しい勧誘とかにコロッと引っ掛かりそうだ。まあ、舞菜が外に出るときは俺か由梨さんがいるだろうから心配ないけれども……
とりあえず、買ってくるために舞菜から希望を聞いてみる。
「何が欲しいとかある?」
「キャラメルポップコーンとコーラ氷マシマシで!」
「いや、氷の量の注文は出来ないだろ。ラーメン屋のトッピングかよ」
舞菜が即答したツッコミどころある希望に俺は突っ込まずにはいられなかった。
「ツッコミ鋭いねぇ~」
「俺のツッコミを楽しまないでくれよ。ツッコミは疲れるんだよ」
「そう? 私には楽しそうに見えるけど」
そう言って、舞菜はニヤニヤする。
なんだか馬鹿にされてるような気がして癪だな……
「舞菜さんには俺がどう見えてるのかが気になるな」
「見てみる?」
「え??」
舞菜の唐突な言葉に俺は変な声を出してしまう。
どういうことだ? 舞菜の目線ってこと? それとも? え??
難解な問いに困っている俺のことを面白そうに見ている舞菜は、口に人差し指を当てた。
「ウ・ソ」
「っ!!」
俺は不意打ちを食らい、とっさにこの場から逃げるために言葉を探す。
「ポ、ポップコーンと飲み物買ってくる」
「お願いねー」
舞菜はしてやったりと言わんばかりの表情を見せている。
こういう言葉の駆け引きは舞菜の方が上手だ。ただ単にボケているだけかもしれないけれども。
舞菜がこんな一面を見せるようになるまでかなり時間がかかった。
同じクラスで同じ委員会をやって一年半ほどかかってやっと見せるこの表情は、普段の落ち着いた雰囲気からは想像できないものだった。そのギャップの破壊力は凄まじかった。
当時の俺は文字通りドギマギしていたのを覚えている。
ただ、時間の経過とともに徐々に扱いになれてくる。そして、それに呼応するかのように舞菜も多彩な攻撃を見せるようになっていき、今のやり取りが繰り広げられるようになったというわけだ。
ただ、俺はどれだけ回数を重ねても、舞菜のその破壊力に相変わらず悶絶している。ここだけはあの頃からずっと変わっていない。あくまで、慣れることで比較的顔に出なくなっただけだった。
きっと、これからもそれは変わらないのだろう。
いや、変わらないままがいい。
そう俺は願った。
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