第21話
そうしてやってきたのは甘味処をテーマとしたクラスだった。
和風で落ち着いた雰囲気で統一された教室、和装の生徒たちに舞菜は目が惹かれたようで、一目見てここだと決まった。
「結構混んでるね。みんな忙しそうだし」
この甘味処は盛況で、俺たちは数分廊下に並べられた椅子で待ち、それから教室の中の席へと案内された。
舞菜は想像以上に混雑した教室に驚いたようだ。
「こちらのメニューからお選びください。お決まりになったらお呼びください」
そう言って、あじさいの模様の浴衣を着た女子生徒はメニュー表と水を机に置いていった。
仕事がたまっていて大変なのか、その子は急いだ様子でバックヤードへ入っていった。
タスクが増えるときついだろうな。ホールに出ている人数が少ないのを見るかぎり、かなりカツカツになっているんだろうしなあ。
本当にお疲れ様です。
俺が生徒たちに同情しているうちに、舞菜はメニュー表をじっくりと見始めた。
真剣に考える彼女に俺は問いかけた。
「メニュー何にする? 飲み物だけにする?」
「私、かき氷食べたい。抹茶味のやつ」
舞菜は即決でかき氷を選んだ。
かき氷というチョイスをする舞菜に、俺はお化け屋敷の後にあんなに参っていたやつが大丈夫なのか心配になり、さらに問いかけた。
「本当かよ。さっきダメになってたやつがかき氷食べて大丈夫なのか? 刺激強そうだしやめた方がいいんじゃないか?」
「いいのいいの。私、入院してからもかき氷、頻繫に食べてるから。大丈夫大丈夫」
舞菜はドヤ顔をして俺に言い放ってきたが、回答になってない気がした。
今は入院している時の話じゃなくて、さっきまで弱っていたやつが刺激があるものを食べていいのかという話だった。
確かに、脳の病にかき氷が影響するのかについて気にならなかったと言えば嘘になるけれど、そっちの問題ではなかった。
しかし、舞菜の意志は固いようなので、俺は諦めた。
「いいならいいけどよ。すみませーん」
忙しそうな男子生徒を俺は呼び止めた。
呼び止められて俺たちのテーブルのもとにやってきた彼は、両手に食べ終えた皿を何人分も抱えていた。
ごめんな、呼ぶタイミングが悪くてな。
「抹茶アイスとかき氷の抹茶味を一つずつ」
「ありがとうございますー!」
そう注文をとって、その男子生徒はバランスを崩さないようにゆっくりと戻っていった。
数分すると、最初にやってきた女子生徒が俺たちの注文した品々を運んできた。
「お待たせいたしました。抹茶アイスとかき氷の抹茶味になります。ごゆっくりどうぞ。」
そういった彼女は、会計待ちをしている客のもとへ駆けていった。本当に忙しそうだな。
「じゃあ、食べよっ」
待ちきれない様子な舞菜は、注文した後ずっとうずうずしていた。
それほど食べたかったのだろう。
「そうだな。それじゃあ」
俺は舞菜に目配せして、二人とも手を合わせた。
「「いただきます」」
俺が頼んだのは抹茶アイス……。舞菜が頼んだのは抹茶シロップがかかったかき氷……。
二人で同時にスプーンですくって、口の中に入れた。味は特段特別なわけじゃないけれども、冷たさがとても体にしみるような心地を感じさせてくれている。
文化祭の日はまだ厳しい暑さが残っていると踏んで、アイスやかき氷などの冷たいものをメインに据える作戦はとても好評のようだが、ほんとに今日にぴったりだと俺も食べながら感じた。
「——っ!!!」
俺がおいしいアイスに舌鼓をうつ中、舞菜は頭がキーンとしているようだった。
俺は少し焦った。なんせ、舞菜は脳の病にかかっているのに、余計に刺激を与えているようなものだ。
「おい、大丈夫か?」
「少し頭がキーンってなっちゃった」
そういって舞菜は頭をさする。
「だからやめとけって言ったのに」
「これくらい平気だよ」
大丈夫とまた言い張る舞菜。ホントに心配になる。
そんな俺の気も知らず、舞菜は話題を変える。
「そういえばさ、高校時代は悠悟くんと一緒に文化祭回っていたよね」
そう言って舞菜は俺たちの昔の話をしだした。
その頃の記憶はまだ消えていないと確認済みだったのだが、実際に舞菜が言いだすとまた頭痛が起きてしまうのではないかとヒヤッとしてしまう。
ただ、舞菜は何ともなさそうな顔をしていたので、焦った心を落ち着かせて答えた。
「そうだな。一年の頃からずっとだな」
俺の言葉に舞菜は口の中にかき氷を入れながら、うなずく素振りを見せた。
舞菜に一年生の頃の記憶がまだ残っていることを目の前で確認出来て、俺は内心ホッとしていた。
「最初の頃の舞菜は……なんというか、すごくお淑やかだったよね」
「今ほど二人で話をしていたわけじゃなかったから……あと、少し距離があったしね」
そりゃあ同じクラスでお互い学級委員をやった時期もあったのだから、あの頃から距離はかなり近づいた。
「それでも、とても楽しかったの……。悠悟くんと一緒に回れてさ」
「それは俺もさ。今日だってここまですごく楽しかったよ」
「何もう、終わっちゃうみたいじゃん。それじゃ解散の流れだよ~~やめやめ」
舞菜は照れ笑いをしながら話を強引に終わらせようとした。かくいう俺も、言ってから恥ずかしくなって、話を逸らそうとする。
「そうだな。あ! ほら、舞菜さんのかき氷溶けてきてるよ」
「あっ、早く食べないと」
「んっっっー!」
急いでかき氷をかき込む舞菜は再び頭がキーンとして悶絶していた。
少し心配になるけれども………………。
「ははっ。同じことまたやるなよー」
悶絶しながらもかき氷を必死に口に運ぶ舞菜を見て、俺は笑ってしまう。
こんな楽しい日々が続いていけばいいとそう思いながら、溶けていく舞菜のかき氷を見ていた。
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