第18話


 俺が通っていたころに補修工事をしていた松高の校舎は六年経った今も建て替えることもなく、相も変わらず古いままだった。


 校舎が汚いため、倍率は俺が入った頃から下降しており、どんどん縮小しているらしく、生徒数も減ってきているようだ。


 昔から散々建て替えた方がいいと言われていたのにもかかわらず、補修だけにとどまっているところを見ると、学校自体が消滅するのも時間の問題かもしれないと考えてしまった。


 思い入れが詰まっているだけあって、あまり消えてほしくないのだが。

 まぁ、俺にできることは何もないけれど……


 俺たちは校舎に入ってすぐのところに人だかりができていることに気がついた。


「悠悟くん! 何か人が集まっているよ! 何してるのかな!」


 舞菜は少し興奮して俺に言ってきた。文化祭の熱気というか、雰囲気にあてられてしまったのかもしれない。早速テンションが上がっているようだ。


「あれはフォトスポットかな?」


 舞菜は直ぐ答えを見つけたようだった。俺には全く分からなかったけれど……。


 人が集まっていた先には映えを意識したフォトスポットがあるようで、女子高生たちがこぞって写真撮影をしていたらしい。


「私も撮りたい!」


 そう目を輝かせて言い、舞菜は人だかりに入ろうとした。


 そのフォトスポットはまだ列ができていない状態で女子生徒たちでごった返していた。

 俺は舞菜が年下の女子たちに負けじとフォトスポットに行こうと孤軍奮闘している姿を眺めていたが、舞菜は俺にまた言ってきた。


「一緒に撮ろうよ!悠悟くんも一緒に!」

「え?俺も?」


 そんなことまったく考えもしなかった。それだけあって、少し変な声が出てしまった。


 確かに、映えスポットとやらでとられている写真のほとんどが複数人のものだった気がする。そんな写真少ししか見たことがないけど。


 だからこそ、俺と舞菜で一緒に撮ることは不自然ではない。そう、不自然じゃないんだ。じゃあ、いいのか?


「ほらほら、行くよ~」

「お、おう」


 舞菜に連れられ、俺は少し照れてしまう。舞菜は気にしていないようだけれども。


 人だかりが出来ていたその場所には、いつの間にかそのフォトスポットの順番を待つ列が出来ていた。実行委員か何かが整列を促していたようだった。


 そうして少しすると、俺たちが撮る順番が回ってきた。


 人だかりでまともに見ることが出来なかった女子高生たちが好む映えスポットが俺たちの前に現れる。


 そして、そのフォトスポットを前にした俺は絶句した。


 風船がたくさん敷き詰められており、真ん中に開いた貝殻の形をした人二人くらいが座れる大きさの風船が配置されている、不可解な光景が俺の目に映った。


「マジか。これが映えってやつなのか?」

「いいね~いいね~こういうのだよ、映えっていうのは」


 驚きを隠せない俺をよそに、舞菜は一人でさらにテンションが上がっていた。

 そこで、舞菜さんに俺の疑問を再びぶつける。


「舞菜さん。これが映えなのか?」

「そうだよ。悠悟くんには分からないかもしれないけど、こういうのを言うんだよ」


 舞菜は自信満々に俺に映えというものを教えてきた。元々あまり理解していなかった映えという概念が俺の中でさらに複雑かつ理解困難なものになった。

 まあ、舞菜が喜んでいるようなので俺もそれに乗ってあげよう。


「じゃあ、これどうやって撮るんだ?」


 乗ってあげようにも、どうしたらいいか分からない俺はどうやって撮るのか、舞菜に聞いてみた。

 そうしたら、舞菜はカメラを次の人に託した後、風船をかき分け、例の貝殻風船の上に乗った。


「こうするんだよ。悠悟くんも来て来て」


 舞菜は貝殻風船の上で寝転び、俺を呼ぶ。


「お、おう」


 少し困惑しながら、俺は舞菜の隣で横並びになるように寝ころんだ。

 この状態が客観的に見ると、どんな風に見えるのかが気になって仕方なかった。


「悠悟くん……」

「?!」


 俺は名前を呼ばれて舞菜の方を向いたが、あまりの近さに少し、いやかなり驚いた。


 こんな至近距離で舞菜を見ることはなかったからだろうか。

 きれいな肌、鼻立ち、目元、唇、舞菜のあらゆるところが綺麗で美しく、俺の頭がおかしくなりそうになった。


「悠悟くん?」

「!!」


 俺は舞菜に見とれてボーっとしていたことに気づいた。

 そのことが恥ずかしくなって舞菜から目をそらす。


「どしたの? ずっと見て。早く撮ろ」

「ああ。そうだな」


 俺は舞菜を見ることが出来なくなってしまい、早くこの場所から離脱したいと考えた。


 だって、こんなにかわいい舞菜がこんなに至近距離にいて、一緒に寝転がっているのだ。まるで添い寝しているみたいだ。


 たくさんの人に見られているし、こんなの耐えられるわけがない。


 もう頭がパンクしそうだ。早く撮ってくれぇぇぇ。

 俺は頭の中で狂ったように思考を巡らせていた。


 そんな俺にカメラを構えた次の順番を待つ女子高生が最後の一撃を与えた。


「いいですよ!最高のカップルですね!!」


 俺は隣で照れている舞菜をよそに、頭がショートして思考が完全に止まってしまった。

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