第14話

 あの後、小笠原から舞菜の昔話を時間の許す限り聞いた。


 やんちゃだった小学校低学年の頃のエピソードから、女の子らしさを目指すも迷走していた小学校高学年の頃の話題や、真面目に勉学に取り組んだ中学時代の話まで、舞菜が失った思い出を小笠原は大切に、時に言葉に詰まりながら教えてくれた。


 その話の節々から、小笠原にとっての舞菜という存在の大きさや、舞菜がとことん小笠原のことを大事に思っていたことが伺えた。そのことを感じてしまったからこそ、現状の残酷さが鮮明になり、俺の方が泣きそうになることもあった。


 小笠原が大学院の研究室に戻らなくちゃいけない時間まで、とても密な時間を過ごした。

 別れ際、また二人で会って、舞菜の昔話や近況を話そうと約束した。誰かとこんな約束をするのはいつぶりだろうと言って小笠原はいたずらに笑った。


 小笠原と別れて帰路に就いた俺は、小笠原に言われた言葉について考えていた。


『きっと、飯田にしかできないことがあるよ』


「俺にできること………………か」


 舞菜は過去の記憶を古いものから忘れていく。ということは、直近の記憶は直ぐには消えないということだ。


 記憶が何もない状態でいることがどんなに苦痛なのかは、俺には想像できない。


 記憶が消えることを止めることは出来ない………………、失う記憶を選別することも出来ない………………、それなら何が出来るのか………………。


「!」


 俺は一つ出来ることがあるかもしれないことに気づいた。


「それなら、これから新しい記憶を増やせば………………」


 記憶を少しづつ失って心が空虚になっていったとしても、残っている記憶があれば、少しは辛さを紛らわすことが出来るかもしれない。


「それでも、病室の中では作れる思い出も限られてくる……」


 俺は少し思案する。


「それなら、外に出れる様にすればいいのか」


 家に着く前に、自分の中で話がまとまった。


 俺は、舞菜が既に失った記憶を考慮しつつ場所を選び、俺は舞菜との外出のチャンスがある日にちを探そうと考えた。


 ただ、過去の記憶に関わらない場所は選びたくなかった。その理由は自分本位のものだった。


 とはいえ、目的は舞菜のためだ。

 舞菜が一緒に外出すれば、新たな記憶として定着していくはずだ。消えていく記憶以上の最高の記憶を、たくさん舞菜に作ってあげたい。それこそ、俺が舞菜にできる一番のことだと感じた。


 そして俺も、舞菜と少しでも長く一緒にいたい。どうにかして二人で笑って話す日々を維持したい。

 そんな気持ちを支えに、俺は動き出した。

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