第8話
あれから一週間が経ち、再び日曜日になった。舞菜との病室での再会から、仕事に勤しむ平日と兄がやりたがらない家事を片付ける土曜を過ごし、また舞菜と会いに行った。
早く日曜になってくれと思いながら仕事をして、ミスを連発して毎日残業していたことは舞菜には内緒のことだ。
今日は駅からバスを使って病院へと向かった。由梨さんから今日は仕事で来れないという連絡があったので、俺一人でやってきたのだ。
一人となると、前回と同じように緊張してしまう。相変わらず緊張しいところが改善される兆しは見えない。
社会人になって場数を踏めばそれなりに克服できると思っていたのだが、たった数年程度で直るものではないのか、それとも俺のその性格は完全に変えることが出来ないのか、現状ではわかりかねるところだ………………。
「ふぅぅぅぅ————」
俺はドアの前に立って深呼吸をした。
深呼吸。深呼吸。深呼吸。落ち着け俺。落ち着くんだ………………。
そんなこんなで時間を費やしていく中、俺がドアの前で仁王立ちしているのに舞菜が気付いたのか、部屋の中から声がした。
「誰かそこにいるんですか?」
気づかれてしまえば、もう同じところに立ち続けるわけにはいかない。
そう思ってドアを開けて病室へと入った。
「ごめんね舞菜さん。こんにちは」
「悠悟くん、なにしてたの? 十二、三分くらいずっとドアの前で立ってたじゃん」
始めからしっかり気づかれていたようだ。
観念して、舞菜に会うのに緊張していて深呼吸を何度も繰り返していたことを打ち明ける。
「何それ、悠悟くんバカみたいだね。私、そんなに緊張する相手じゃないでしょ。高校時代なんて毎日のように会っていたのに」
舞菜は面白がって俺のことを笑う。
全くもってその通りなのだ。しかし、それは高校時代は舞菜をそれほど意識していなかったからだ。今とは状況が違うのだ。まあ、そんなこと言えるわけがないけど。
「まあいいや。この間来てくれたのは………一週間前くらいだよね。こんなにすぐにまた来てくれるとは思っていなかったよ」
「また来るって言っただろ。そんな遅くなるわけにはいかないって思ってな」
俺の遅くなるわけにはいかないという言葉は嘘だった。本当は早く舞菜にまた会いたかっただけだ。
早くまた会いたかったのに会う前は緊張してしまったのは矛盾しているように思えるけれど、これは噓偽りない本音だ。
ただ、その本音を舞菜に正直に伝えることは出来なかった。一歩踏み出すことが出来ないというのは俺の悪い所だ。
言ったことを守るという義務感を嘘の理由としたことには触れることないまま、舞菜はまた少し笑った。
「ふふっ…………ありがとうね。来てくれる人が少ないから、やっぱり会話する相手が欲しくなるんだよね」
ふと舞菜のベットの横に置かれた花瓶に目が付いた。その花瓶の花が前に来た一週間前と変わっていないことに気づく。
もしかしたらお見舞いに来る人があまりいないのかもしれない。だから、俺がそんなにすぐに来るとは思っていなかったのかもしれない。
「そうなのか……。まあ、定期的に来るようにするつもりだから、その時は相手になるから」
「そう……。でも最近は特に何もなかったから、話せることは大してないけどね」
舞菜は少し寂しそうな顔をして話した。
確かに、ずっと入院して病院の中で過ごした一週間のうちに特別な話のネタは生まれにくいだろう。
なんとなく俺のことに置き換えてみる。すると頻繁に連絡をよこしてくる母親に今週は特になかったよ、と何度も言ったことが思い浮かんだ。舞菜はずっと病室にいるのだろうからなおさらだろう。
しかし、舞菜はあんなことを言っておきながら、いろんな話題で会話は弾んだ。
舞菜が出した話題は高校時代のことに限られていた。確かに、俺と共有できる唯一の接点だったから当たり前かもしれないけれども……。
それでも、いろんな話のたねを持っていた。改めてコミュニケーション能力の高さを実感した。
そうして話が進むうちに、舞菜の顔が段々と柔らかくなってきたように感じた。
それは舞菜のテンションが上がっていることを表す。テンションが上がると口調が明るくなっていくのが舞菜の特徴だ。ただ、そのことは舞菜の中のブレーキを狂わせることになる。
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