第5話
同窓会で小笠原に事情を聴かされた後、俺は彼女のお見舞いに行きたいとお願いした。
突然のことだった上に、小笠原のあの時の反応を見るに、あまりよくない状態なのかもと推察し、断られるかもしれないと一瞬考えたが、小笠原は短く『分かった』とだけ言って、俺のもとから離れていった。
一言だけ言われて別れたものだから、どうなるのか分からなかったけれども、同窓会の後日、小笠原が面会の件についてお願いしてくれたようで、待ち合わせについての連絡が来た。
ただ、小笠原と一緒に行くのかと思っていたのだが、そうではなかった。
同窓会から二週間後。日曜日のお昼時、伝えられた時間に松山高校最寄り駅のロータリーに着いた。
見慣れた景色の中に所々に卒業後にできたであろう見慣れない店が鎮座している様子が、数年ではあるが時の流れを感じさせる。
この日は一日中日差しが強いため、今も肌がじんわりと焦げるように感じる。なんせ、八月の上旬である。照り付ける太陽を誰もが恨んでいることだろう。現に、駅から松山高校へと向かう見慣れた制服を着こなす女子高生たちは誰もが日傘を差している。
小笠原からは駅に彼女の家族がいると聞いていたが、それらしき人は見つからなかった。
俺はスマホを取り出し、少し待つことにした。とはいえ、誰が来るのか分からないものだから、時々周りをチラチラ見てはスマホに目を戻すという挙動不審な動きを繰り返していた。
その数分後、行き交うバスやタクシーをかき分けた一台の車がロータリーに止まり、そこから降りてきた女性が俺のもとにやってきた。
短く切りそろえられた茶髪にスラっとした長身の彼女は、俺の顔と服装を確認してから、声をかけてきた。どちらかというと顔の方を見る時間が長かったというか、もはや凝視していたレベルだったように感じた。
「君が、飯田くん……かな?」
「あっ、はい、そうです」
こっちからは相手が誰か皆目分からないが、俺を迎えに来てくれた人だろうと踏み、表情を整えて答えた。
小笠原に連絡をもらった時に、俺の体の特徴から当日に来ていく服までも聞かれていたことを思い出し、このためだったのかと勝手に心の中で納得した。
別に、初見で俺だと判別できるような身体的特徴があるわけでもないので、服装しか伝えていなかったはずだが、なぜ顔を凝視していたのかという疑問だけは俺の心の中に残っていたが…………。
「あいつとは違ってかなりのイケメ……、いや好青年だね。実にタイ……、いやなんでもない」
『いや、なんでもないわけないし、ほとんど口から出ているじゃないか』と心の中でツッコむ。
彼女が一人で盛り上がっている様子に俺は会話のテンポをずらされ、状況がつかめなくなっていた。
そんな困っているのが顔に出ていたのか、彼女は俺の表情を見てふっと笑ってから口を開いた。
「名乗ってなかったね。私は
そうか、姉だったか。確かに、母親というには若いだろうとは思っていた。そういえば、彼女も度々口にしていた名前だったことも思い出す。
とりあえず、相手に名乗られたから、こちらからもしっかり誠意を見せていく。
「飯田悠悟といいます。こちらこそ機会を作っていただきありがとうございます。高校時代、舞菜さんから話を聞いていました」
お互いの軽い自己紹介がやっと行われた後、彼女はロータリーに止めた車へ移動し、助手席に俺を乗せた後、エンジンをかけ直して車を走らせた。
車に乗ってから沈黙の時間が少し続いた。しかし、この時間がたまらなくなって、俺は彼女に話しかけ、その沈黙を破った。
「お姉さんは舞菜さんといくつ離れているんですか?」
俺は口に出してからハッとした。沈黙が嫌だからと言って、少し良くない質問をしてしまったように感じた。しかし、彼女は気前よく答えた。
「四歳差だね。あと、私のこと名前で呼んで。姉って呼ばれるのあまり好きじゃないんだ」
俺は突然名前で呼んでほしいと言われたことに、不思議と既視感を感じた。
ただ、その既視感はハードルを下げることには貢献しなかった。俺はいきなり下の名前で呼ぶことに抵抗を覚えながらも、そういうものなんだとなんとか割り切って話を続けてみる。
「すみません、由梨さんでいいですか」
「それがいいね。しっくりくる」
俺が放った呼び方を気に入ったのか、彼女改め由梨さんの顔が少し柔らかくなったように感じた。
そこで、早速俺が一番知りたい情報について、彼女に会う前に質問してみた。
「では、舞菜さんはどうして入院しているんですか」
その問いを聞いた由梨さんは申し訳なさそうな顔をした。
「それは舞菜に聞くといいよ。私が先に話すことじゃないさ」
由梨さんの答えに俺は疑問を持った。ちょっとした病気で入院していると思っていたが、そのはぐらかすような答え方によって否定されたように感じた。
ただ、はっきり言ってくれないのはプライバシーの問題なのか、それとも俺が初めて会った由梨さんに信用されてないからなのか、はたまたほかの理由があるのかは図りかねるところだった。
次第に福山を心配する気持ちが募っていき、俺は黙ってしまう。考えていたらあっという間に時間が過ぎ、病院に着いてしまった。
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