第4話 ギルド

 冒険者ギルド『ラビット・ステップ』は新人冒険者から伝説級の冒険者に至るまで、幅広い人員が在籍している。

 ほんの十年前までは初心者育成専門の小規模ギルドであったのだが、今や本国随一の大規模ギルドへ成長していた。


 全ては十年前にやってきたオーリ・グロウのおかげであり、彼のせいでもある。

 『ラビット・ステップ』のギルドマスター、ケルビン・タナルスは胃痛に悩んでいた。


 ケルビンもかつては冒険者であった。

 しかし才能がなかったためにパーティを組んでもらえず、単身挑んだ迷宮一階層で死にかけ、冒険者でいることを諦めた。

 幸い商人としての才に恵まれていたケルビンは金を貯め、自分のような才能の無い冒険者を救済するギルドを立ち上げた。

 去る者は追わず、来る者は拒まず。そのようなコンセプトで始めた『ラビット・ステップ』は小規模ながらも多くの冒険者を巣立たせていった。


 そうして設立から十余年。オーリ・グロウというスキル持ちの少年がやってきた。

 農家なだけあって身体は引き締まっていたが、黒髪黒目の、まあ特筆すべき点がない少年だった。

 本国からの指令は農民出であるオーリを冒険者として育成しつつ、彼のスキル『成長加速』の効果を確かめるというものだった。


 来る者は拒まない。コンセプト通りにケルビンはオーリを受け入れ、彼の人生は変わってしまった。

 オーリのスキル『成長加速』の効果はすさまじかった。一月前まで初心者であった冒険者が、どんなに優秀な冒険者でも一年はかかる迷宮五層を踏破するに至り、人類誰もが成し得なかった迷宮十層への到達も『ラビット・ステップ』所属の冒険者が達成した。


 そうして一躍有名になった『ラビット・ステップ』には入団申請が殺到した。

 また『成長加速』の有用性を認めた本国の指示により、オーリを監督役とした冒険者の大規模育成が進められた。

 冒険者は凶悪な魔物と旧時代の遺物や財宝が眠る迷宮を探索する者たちの総称だ。彼らの半数は死ぬまで迷宮に挑むが、迷宮での成長を利用して、兵士や傭兵として名を立てる者もいる。

 本国の狙いは迷宮でオーリが育てた冒険者を優秀な兵士として確保し、また傭兵として輸出する産業の発展だった。


 数年が経ち、迷宮は十三階層まで踏破。本国の冒険者輸出産業は最大の収入源となり『ラビット・ステップ』も本国からの莫大な報酬を得て成長した。

 かくして本国の目論見通り、オーリ・グロウを活用した富国強兵作戦は大成功を収めたわけだ。


『オーリ・グロウの帰還を確認。戦闘の痕跡があるようです』


 受付嬢の帰還報告に安堵した束の間、ケルビンの腹はぎゅるりと音を立てた。

 オーリ・グロウには戦闘行為の一切を禁じる命令が本国から出されている。

 オーリが監督役がとしてパーティへ同行する際は、パーティメンバーにオーリの人命を何よりも優先するよう誓約してもらう。そしてオーリの人命を守るために彼の戦闘行為の一切を禁じた。


 実に矛盾した話だ。

 凶暴な魔物蔓延る迷宮で戦うなと言われても無理に決まっている。一方的な不可侵条約を掲げたとて、敵に守る義理はないのだ。そもそも魔物とは意思疎通などできないのだから。


 しかし本国はそのような見え透いた建前を掲げてまで、オーリのスキルを活用しながらも、彼自身の成長を抑えたかったのだ。

 オーリのスキル『成長加速』はスキル持ち以外の全ての生物を対象とする。従って彼自身はスキルの対象にはならない。しかし、それは彼自身が成長しないという意味ではない。


 通常、迷宮で魔物を倒すとその魂が倒した生物及び近くの生物に纏わりつく。そして生物が眠りにつくと魂は同化反応を起こし、変質した魂に引っ張られる形で特殊な成長が起こるのだ。

 パーティを組んで魔物を倒すと、倒した本人五割、残りを周囲で分配すると見積もられている。

 オーリのスキルは魂の吸収量と効率を強化するのだが、彼自身にそれらの強化効果は及ばずとも通常量の成長は発生している――はずである。


 そう、オーリは他の冒険者とは比にならない頻度で迷宮へ潜り、魔物を倒す監督役を行ってきた。

 いったい彼に如何程の魂が蓄積され、成長が起こっているのか。考えるだけでも恐ろしい。

 本人に自覚がないのが救いだが、まあ本国が戦闘を禁じている理由には成長の自覚を防ぐためというのもあるだろう。戦闘すれば否応なく己が実力はわかってしまう。


 もはや『ラビット・ステップ』はオーリなくして成り立たない。

 看板を畳もうにも『ラビット・ステップ』は大きくなり過ぎたし、オーリを除籍したところで第二の『ラビット・ステップ』が生まれるだけだ。そこが悪意あるギルドならオーリを囲い込み、本国を脅すことだって――下手すればクーデターまで起こせるだろう。


 オーリは豊穣をもたらす存在であると同時に、国一つ沈められる影響力がある。

 本国はどこまで事態を把握しているのだろうか。

 商人上がりのギルドマスター風情が危惧する事態など取り越し苦労か。国という単位からみれば些末な問題なのだろうか。

 

 わからない。考えるだけで腹が痛い。


「降りるから引き留めておいてくれ。少し、話がしたい」


 受付嬢に指示を出し、ケルビンはギルドマスターの私室を後にした。



※※※



「ギルドマスターが? 了解、その辺で座って待つよ」


 受付嬢に告げて、僕はロビーの椅子に腰かけた。

 ――いつの間にか良い椅子になったな。

 尻を乗せた椅子の柔らかさに、思わず笑ってしまう。

 昔、僕が『ラビット・ステップ』に来た当時は、椅子といえば酒樽をひっくり返しただけのものだったし、施設自体も今の半分の間取りしかなかった。それが今では本国でも最大規模のギルドになっている。


 僕、というよりはスキルのおかげなので誇れることではないのだが、感慨深いものがある。ギルドへ入る前はただの農家であった僕を指定された以上の待遇で迎えてくれた『ラビット・ステップ』には感謝している。

 相応に帰属意識もあるので辞めるつもりはないが、果たしていつまで監督役は続けられるのだろうか。さすがに魔物に食われて殉職は勘弁願いたい。


「よう、待たせたな」


 岩を引きずるような重低音の声がして、僕は振り向く。

 ――相変わらず怖い顔だ。

 ギルドマスターのケルビンを一言で表すなら『裏稼業の人間』だろう。

 後ろでに撫でつけた金髪に浅黒い肌と彫りの深い顔立ち。この十年でシワも増えたが返って凄みが増し、泣く子も黙るどころか喚く大人もひと睨みで黙らせる強面だ。

 服装がガラ物のリネンシャツとステテコというのも良くない。そんなのだから入団面接で女子供を泣かすのだ。


「お久しぶりですマスター。お元気ですか」


「ぼちぼちだ。少し外へ行こう。断ってくれるなよ?」


 ギルドマスターが誘ってくるだなんて珍しいこともあるものだ。

 ――ん。さてはビッグローチの件がばれてるか。

 断るわけにもいかず、僕が首肯するとギルドマスターも頷いて出口へと足を進めた。


 外に出ると涼やかな風が頬を撫でた。

 本国の夜は長いが日も変わる時刻になるとさすがに静かだ。

 無言で歩き続けるギルドマスターの背を追い続け、着いたのは冒険者向けの酒場だった。

 冒険者は腕っぷしの強さに比例して気性が荒くなる傾向がある。そのせいか迷宮産業が盛んな本国でも冒険者お断りを掲げる飲食店は多い。

 冒険者向けの酒場は値段が高く、そのくせ味もイマイチなのだが、よそにいけない冒険者にとっては憩いの場となっていた。


 ギルドマスターが冒険者向けの酒場を選ぶのは、正味この時間に開いている場所ならどこでも良いからだ。ついでに味音痴なので食えれば何でも良いという考えもあるだろう。


 ギルドマスターに続いて酒場へ入ると、喧騒が出迎えた。

 夜更けであることを忘れるほどに数十人の冒険者がひしめき、酒樽を流用したテーブルと椅子の間を忙しなく給仕が駆け回っている。


 何の気なしに見まわしていると今日監督した魔法戦士と聖職者のふたりが見えた。

 案の定、聖職者は熱心に勧誘しているようで魔法戦士はげんなり顔だ。

 魔法戦士がこちらに気づいて救援を求めようとするが、前に立つギルドマスターの顔を見て目を逸らした。


 しばらくすると給仕がやってきて、

「これはこれは『ラビット・ステップ』のお二方。席はですか?」


 上、とは言葉の意味通り酒場の二階だ。

 二階は特別席という扱いで席料が徴収される。割高な酒場でさらに一人分の飯代くらいの金額を追加で請求されるので、一般の冒険者はまず利用しない。


「ああ。頼む」


「ではどうぞ上がってください。誰もいませんからお好きなように。あ、先に飲み物のオーダー受けましょうか。あと、今日は芋のフリットがお勧めですよ」


「わかった。飲み物はエール二つで。芋も持って来てくれ」


「かしこまりましたー」


 間延びした声を残して給仕は店の奥へ消え、ギルドマスターと僕は二階へ向かう。

 二階席は薄暗く、席数も格段に少ない。そもそも利用者がいないので当然か。

 ギルドマスターは階段に近い席に座り、僕もその正面に腰かけた。

 テーブルも椅子も一階とは異なり、もちろん上等なものではないが座ってもケツが痛くはならない。


「さて、今日は……アスノとシレナ、あとはレリックだったか」


 ぽつぽつと個人名が上がり、そういえば今日監督した魔法戦士と聖職者、盗賊がそんな名前だったなと思い当たる。


「よく覚えていますね」


「それも仕事だからな。いや、違うか。冒険者ってのは名前より役職で呼ばれちまう。せっかく覚えても数時間後には死体になっているのもザラだからな。覚える手間をかけても徒労になりやすい」


「徒労になるとわかっているのに覚えるんですか?」


「死んだ時に誰も覚えていないのでは寂しいだろう。んん、らしくない話をしたな」


 咳払いしてギルドマスターは頭を掻く。

 ――らしくないのは見た目だけだろうに。

 思っていると給仕が階段を上がってきた。

 妙な空気感に給仕は一瞬足を止めるが、ぽいぽいと木樽のエールジョッキとフリットの盛られた皿を置いていく。


「とりあえず飲むか」


「そうですね。いただきます」


 ジョッキを静かにぶつけて、僕はエールを呷る。

 独特な匂いに僅かに眉が歪む。付き合いで何度も飲んだが、未だに味と匂いが好きになれない。

 口直しにとフリットを摘んで口に放り、なんとも言えない気分になった。

 ――味がない。

 たぶん塩も何も味付けをしていないのだろう。海が遠い本国では塩が高いのでケチりたくなる気持ちはわかるが、これでオススメとは。

 いや、誰も頼まないからオススメとして出したのか。であれば給仕の手腕を褒める他ない。


 ちら、とギルドマスターを見やる。

 喉を鳴らしてエールを呷り、フリットを摘むと僅かに口角を上げた。


「うん、いけるじゃないか」


「……そうですね」


 嫌いな僕にはエールの味と匂いを増長させるので最悪だが、エールが好きなら合うのかもしれない。

 逃げるように僕は話を切り出す。


「それで、今日は戦闘行為への釘刺しですか」


「わかっているなら必要ないな」


「必要ないって……お咎めなしなら僕は嬉しい限りですけど」


「レリックが負傷したと聞いたし、迷宮の詰所からもビッグローチが数匹飛び出してきたとも聞いたからな。おおかたトラブルを起こした新人を庇うためだろう」


「ご明察です。ビッグローチの件は魔法戦士の、アスノの勉強不足ですから折を見て注意して貰えると助かります」


「構わんが、さっき下にいたよな。呼んで来い、忘れないうちに済ませよう」


「僕としては嬉しいですけど、ギルドマスターから他に話があるなら先に聞きますよ」


 するとギルドマスターは口元に手を添える。


「実を言うと話したいことは戦闘行為の件だけなんだ。単にオーリと顔を合わせたかっただけだから、話すことは特に……ああ、いやあったな。マオがお前に会いたいと言っていたぞ」


「マオが……? レグルスの件ですかね」


 マオはついこの間監督したばかりの魔法使いだ。レグルスを刺したとうわさで聞いたので会いたくないのだけれど。


「いや、レグルスは関係ない。あいつはヒナカミと一緒にギルドを抜けたよ。ふたりでレグルスの故郷へ行くそうだ」


「マオに刺されたからですか?」


「……ん? 違うぞ。レグルスを刺したのはヒナカミだ」


「??? まあいいか。わかりました。とりあえず明日の朝、ギルドに顔を出しますよ」


 正確な話は当事者であるマオから聞けるだろう。

 今はアスノだ。注意してもらう前に帰られては困る。


「ではアスノを呼んできます。ついでに何か注文しますか?」


 問うとギルドマスターはフリットを口へ放る。


「これのおかわりを。あとエールもな」


 相変わらず、味音痴だ。

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スキル『成長加速』のせいで駆け出しから頂点パーティまで引きずりまわされています 雪兎 @raven5102

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