第1節 虚構と欺瞞の物語

第1節 虚構と欺瞞の物語

【〜深淵の詩〜虚構と欺瞞の物語-作者不明-】

『彷徨うと言うのは罪なのかとは生きると言うのは罰なのか。我々は外来者によって突如として罪人となった。それは幾度目かの輪廻。

 この輪廻が終わる事が無い。我らの罪が罰が消える事も永遠に無い。ただ、偽りの罪を抱き抱え我らは深淵を彷徨う他ないのだ。地上を彷徨う事を我らは許可されて居ないのだから……』


――――――――――――


 とある事象により世界が終わった。それはとても呆気無かった。あそこまで繁栄していた世界はたった1つの火種によって焼き尽くされてしまったのだ。誰かの信憑性の薄い話によれば少女が世界樹を燃やしそれの影響で世界が崩れ始めそうして世界は終わったそうだ。あの時誰も世界が終わるとは思いはしなかっただろう。

 世界が終わった後の世界。と言う矛盾したような場所を我々は彷徨って居た。我々は元々何者だったのか。ある者は自分は名誉と権力を持った支配者。っと自称した。ある者は神にも匹敵する力を手に入れた実力者だと自称した。しかし、そう言った過去の栄光も全て砂塵と共に散り、徐々に我々の記憶からは抜け落ちていった。そして、徐々に我々は皆同一の存在となり隣人であり自分自身になった。


 しかし、ある少女のみは我々と違った。その《少女》は誰よりも美しくあった。しかし誰よりも底の見えない黒い瞳。漆黒より黒い髪の毛を靡かせて居た。我々は皆、《少女》の先導の下世界を彷徨う。


 世界には何も残っておらず生命何一つ咲かぬ荒野だった。かつて見たあの煌めく水面、絶えぬそよ風。燃え盛る栄光の炎。繁栄を約束された砂漠は皆姿を消して居た。あの時我々が見たものを夢だと嗤うように荒野は痛々しく冷たい雨を降らす。


 この広すぎて狭い終わった世界にはそれぞれの地域に生き残った我々が居た。我々がその近くを通ると我々はこの葬列に参列する。


 葬列が動き出す時。《少女》は無邪気にも哀しい歌を歌う。その旋律はどこか懐かしく我々の心を少々癒す。何処で聞いたのかも本当に過去に聞いた事があるのかどうかさえも覚えて居ない。しかし、《少女》の歌のおかげで我々はまた歩き出す事ができる。


 そうして我々は荒野を彷徨い続けた。いつか来るかも知れない祝福の時を目指して。救済の時の存在を疑いながらも歩み続ける。空は冷たい緋色で我々を嘲笑い続けるが我々はどうにか歩み続けた。歩み続け我々は巨大な何かになった。巨大になった我々を見て少女は言う。

「この荒野を彷徨いし者達に私から偽物の祝福を与えましょう」

 そう言うと我々は元の自分自身になった。そう同一の存在から解放されたのだ。ある者は無邪気な少年に。ある者は理知的な少女に。ある者は力強い男に。ある者は美しい女に。ある者は知識を得た老人へと姿を変えて行った。


 

 私は……あの時の詩人となった。終末世界にただ1人として取り残されてしまった彷徨える詩人に。自分はただ神話の時代に存在した。と言う彷徨える詩人・ティーヘェーアに憧れを抱いてその真似事をしていただけなのに、それだけなのに遂に最後まで生きた生命の1つとなってしまった。


 

「嗚呼、これを悲劇と呼ぶのか喜劇と呼ぶのかさえ判断つかなくなってしまった。」


 自分は我々であった時代と同様に1つ息を置いてしまえばまた我々に戻ってしまう感覚があった。それに、他の者達は《少女》の祝福虚しくまた我々に戻ろうとして居た。それが良い事か悪い事か我々にはもう判断付かなかった。



――――――――――――


 とある事象により世界が終わった。呆気なく終わった。しかし、また生命の息吹きが吹き返されそうになった。そう、創造神が宙から降臨なされたのだ。


「遂に、我々の本当の祝福が来たのだ!」


 そう我々は《創造神》の降臨を歓迎した。しかし、《創造神》は我らが少女に何度か会った。その度、少女の顔色が悪くなっているのが分かった。しかし、少女に我々が何を聴こうとも少女は答えてくれなかった。



「荒野を彷徨えるモノ達よ。お主達は新しき時代の世界の闇。闇が在れば何れ伝染し新たな時代は闇に包まれてしまう。そうなってしまうのは避けたい。よってお主達を《深淵》へと送る」


 《創造神》はそう宣言した。すると我々の居た場所ごと地下に沈んでいきそして扉が閉ざされた。暗い暗い闇の中だった。何も見えず恐怖しかない。我々はこうなった事実に泣き、嘆き、《創造神》を憾んだ。《創造神》の欺瞞により我々は苦しみに揺蕩う事となった。


「《創造神》《デミウルゴス》に罰を!裏切りの代償を支払わせろ!!」


 そう我々は団結した。《少女》は我々をそっと包み込み我々の神になる。と言う事だけを約束した。そして、少女は《深淵の女神・シーナ》へと変容した。そして我々はまた自分自身に戻り《深淵》で暮らし始めた。


 けれども《深淵》はとても住み難い場所だった。見えるのは永遠に続く偽りの緋い空。少し足を踏み外して仕舞えば《奈落》へと墜ちて行く。何人か《奈落》へと墜ちて行き2度と帰らなかった者達をこの目で見た。それは《深淵の民我々》にとって恐怖心を煽るような事だった。

 それに《深淵》で起きる出来事は不条理に他ならなかった。

 不条理にも肉親を失う。不条理にも友人が病床に伏す。不条理にも隣人が刺される。不条理にも息子が殺人を犯す……。誰一人としてこの状況を幸せと呼ぶ者は居なかった。それは深淵の女神少女も同じだった。《少女》はこの状況をどうにか変えたいと思い自身の力を使った。しかし自身の力を使っても使っても結局は《奈落》に力を吸われるだけで特に何も成せず何も出来なかった。それを《深淵の民我々》は責める事も出来なかった。


 私は《深淵》を彷徨っていた。そこで緋い街に訪れた。そこは他のどこの街よりも緋かった。

 物珍しさから私を案内してくれる少年が居た。少年は何かを抱えていた。それは少女の首だった。少年は少女の首と会話をする事も多々あった。私がそれを聞くと少年は義妹だ。と答えた。また、その緋い街には内臓を宝飾品としている女性が居たり、明らかに2人だった者が1人になっていたりと混沌としていた。私は足早に離れまた違う街へと放浪した。


 誰かが叫ぶ。『こんな生活は嫌だ』っとそれを聞いて誰かがまた叫ぶ。『ならばどうすればいいのだ』っと。

 《深淵の民我ら》の頼みの綱でもある女神少女でさえどうしようも出来ないのだ。《深淵の民我々》のような無力な者達にはそれこそ何も成せずそれどころか事態を悪い方向へと進めてしまうだろう。

 現状維持か事態を好転させる為に賭けに出るか。《深淵の民我々》の議論は元々朝も夜も無かった深淵の中で時間を問わず行われた。


 結局結論は出なかった。ただ、この広大な《深淵》を《探索》する事にはなった。希望者のみとなっていたが私は参加する事にした。何せ終末の荒野を永遠と1人で彷徨い続けた詩人だ。もう怖い事などあまり無い。


 希望者は50人以上に及んだ。老若男女様々な人々が集まり隊列を組んだ。こんなにも人が居ると怖いと感じる事もあまり無かった。例え《奈落》からの恐怖の叫び声が聞こえて来ても皆で談笑し合えば怖いとは思わずただの環境音のようにさえ思えた。


 探索隊は道を踏み外さぬように進んだが、勿論踏み外して《奈落》へと墜ちて行った者も居た。それでも探索隊は臆する事なくただただ進み続けた。


 

「最後に残ったのは……私とあなただけでしたか……」


《深淵》の奥底。《奈落》と変わらぬその場所に辿り着いた頃には自分と老人1人のみだった。老人は地面に座り込み私をその焦点の合わぬ瞳で見上げて居た。

 

「若者よ……お主は……深淵ここをどう思うかの?」

「……やはり私は地上に戻りたいです……。深淵ここはあまりにも……人……いや、生物が住むべき場所では無い」


 そう言うと老人の瞳の焦点が合い自分をじっと真っ直ぐと見つめ直した。


「では、《深淵の民我々》は不条理をも飼い慣らし進まなければならない。進み続けそして得なければならないのだ……。弱者は強者に屈する。しかし、弱者は強者に噛み付く。その牙はまだ《深淵の民我々》の中に残っている筈じゃ……!」

 老人は私の外套を掴み強引に立ち上がった。老人を支えようと手を出したが老人は随分と早い速度でその《深淵》の奥底の壁に手を付けた。


「不条理よ……!運命の落とし子よ!!お前が目覚める時じゃ!!地上にも古の時代に織られた糸を紡ぐ時が来たのじゃ!!」


 老人がそう宣言すると壁は怪しく光輝いた。それは目が潰される程の明るさの光だった。私はそれを何色と言うのかは知らなかったが、確かにその光は救いの光に見えた。



『哀れなる荒野を彷徨う仔らよ……我はお主らの願いを受けよう。そうして、《深淵の民》の葬列パレードはいつの日か地上を覆い尽くすであろう。その時が今である!!』


 

 姿形の見えぬ影がそう宣言する。そしてその影は老人の身体へと入り込んで行った。


「行こう。若者よ。《深淵の民》の葬列パレードの開始じゃ……!」



――――――――――――


 個で会った自分自身は老人が先導する葬列パレードに加わる事でまた我々へと戻って行った。けれども今度こそはいい結果になると根拠は無いが誰もが信じて居た。

 

 我々は願った。ただただ平和を享受出来る世の中を。

 我々は願った。いつの日か見たあの青空をまた見る事を。

 我々は願った。あの頃の栄光を。あの頃の繁栄を。

 我々はそれら全てが願うと信じて居た。信じた者は我々になった。信じなかった者は居なかった。列の先頭に立つ老人はただならぬ雰囲気オーラを感じた。それがなんなのか我々は言語化は出来なかったが、その雰囲気オーラのおかげで葬列パレードに加わる事が最善だと信じれた。


 

 深淵の女神はただ我々の行進を黙って見送るのみだった。彼女に着く者も居たがあまりにも少数だった。少女の表情は我々が察せるような簡単なモノでは無いが、少女は憂いてるように思えた。それでも我々は進み続ける。もう進み続ける他に道は無くなっていた。



「この門は《深淵の民》であれば誰一人として開けれぬ門。しかしながら救いの手は我々に味方する。三日三晩程待ってみようではないか!道は何れ必ず開かれる!」

 閉ざされた深淵の門前に辿り着いた時。肥大化した我々に老人は宣言した。我々は少々の困惑と大きな期待感を噛み締めながら過ごす事となった。


 けれども開かぬ門。我々は徐々に不安に襲われる事となった。ここまで来てしまってもう退路は無い。我々はかつてのように無力にも、ただか細い希望を信じる他、何も無かった。


 三日目の晩。自体は急変した。門がゆっくりと開かれたのだ。それは我々にとっての解放。それは我々にとっての救済。我々は泣いて喜んだ。


 救済者は幼い少女だった。両目を布で覆っており少女が語るにそれが原因で人々から疎まれたそう。そして、誰かは知らぬ声に導かれるままにこの門を開いたっと。少女はそこまで言うと地面に倒れ込み死に伏した。我々はそれを弔った。

 弔った直後、葬列パレードを先導して居た老人までも倒れ逝った。我々は一気に二人の救済者を失い悲しみに暮れ三日三晩その場に留まった。


 

 救済者は死に絶えても我々の歩みは止まる事は無い。我々は我々の為に生きるのだ。もう不条理に振り回されたりはしない。地上で楽園で健やかに暮らす。我々は救われたのだ。



――――――――――――


「そうして世界は……地上は不条理に飲み込まれ非情な運命が空を駆け巡った。神も、人も、龍も、精霊もそれぞれ悲惨な運命の糸に縛られ操られるように生きる。争いは幾度と無く起こる。人々は憎しみ合い、恨み合い殺し合う。それを永遠に続ける。それを永遠に輪廻する。悲しみの輪廻。それを打ち砕けるのは誰一人として居らず……。」

 運命は残酷そのもの。されど運命に抗う心は忘れてはならない。戦わなければなら無い。運命は捩じ伏せる事も……もしかしたら出来るかもしれないのだから……。

 嗚呼、運命の女神ソフィアよ。今は無力な傍観者よ。貴柱あなたはこの世界にどんな物語を望むのか……?」

 

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楽園と深淵の詩物語 ねじまき式観測隊 @Utotsuki

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