君とまた、あの日のように

おいしいキャベツ(甘藍)

いつものように

「ふぁ〜あ、眠い」

 俺はあくびをしながら、学校へと登校する。

 時刻は朝の8時15分。だんだんと他の生徒達や会社員の人達も、各々の向かう場所に行く時間帯。俗に言う、ラッシュである。

 行き交う車の音を聞きながら、俺は歩道を歩いていく。朝一番というのもあって、車の音がとても耳に響いた。

 鳥の鳴く声、雲1つない青空。どれをとっても、いつも通りの光景。ありきたりな、毎日の様子。

 今日もまた、1日長くなりそうだ。

 内心でぼやきながら、俺は遠くに見える学校の校舎を確認して、憂鬱な気分になる。

 今日もまた、変わらない1日の幕開けだ。



「よう、山田。元気か?」

「元気すぎて自分が心配だ」

 登校して早々、友人の森岡が話しかけてくる。相変わらずの天然パーマに赤ネクタイ。まさに、THE 個性の塊である。……ちなみに、この学校指定のネクタイは青色だ。

「お前はいつも変わらないなぁ〜」

 森岡は呆れながら椅子に座る。俺の前に位置する席の椅子だ。本来は森岡の席ではなく、森本という奴の席である。

「んで、だ」

「で?」

「あの件についてだ」

 森岡が話の話題を変えてくる。

 あの件。俺にはさっぱり見当がつかん。なんだ、あの件って。

「おま……忘れんなっての。昨日のやつだ」

「昨日………ああ、あれか」

 俺はカバンを開け、ある物を取り出す。

 四角い正方形の箱。その内の一面には青色背景で『おいしいクッキー』と書いてあり、その字の下にはクッキーの画像が載っている。

 思い出せた昨日の出来事。それはこのクッキーを渡すことである。帰る方向的に森岡家の真反対にある地元で有名なクッキー屋『クッキーファクトリー』。そこのクッキーをどうしても食べたいからと森岡にねだられ、昨日わざわざ買いに行かされたのだ。

「すげー美味そう」

 森岡が手を伸ばしてきたので、取られないように箱を俺側にずらす。簡単にやるものか。

 すっ、とまた伸びてくる手。それを避け、また伸ばしてきて、また避けて、それでまた………。と数回してから

「料金は七百円となっております。お客さん」

「………抜かりねぇ」

 そう言いながらポケットから森岡は七百円を出し、机の上に置く。どうでもいいが、七百円分の五百円玉と百円玉2枚がとんでもなく輝いていた。今年の硬貨だろうと思ったが、よく見たらそんなことなかった。

「毎度」

 するするっと机の上を滑らせ、クッキーを森岡の手元に収める。

「サンキュー。ありがたいぜ」

「次回からは送料込みな」

「…………なるほど、理解した」

 渋い顔をしながら了承する森岡。だがそれもそうだ。送料なぞ誰が嬉しくて払うものか。いるとしたらそれはただの変わり者か富豪くらいだ。

「あ、そうだ。なぁ山田」

 早速クッキーの箱を開け、ひとつつまんでいる森岡が次の話題を振りにくる。

「昨日発売のグッズ、予約出来たか?」

 昨日発売のグッズ。おそらくはぬいぐるみのことだろう。ちょうど昨日の19時、俺等2人の推しのぬいぐるみがネット販売されていたのだ。

「ダメだった。てかそもそもサイトに入れなかった」

「だよな。俺もだ」

 どうやら森岡も同じ結果だったようだ。あのサイト、やはりサーバーがカスい。

「でもあれだってよ。あっ〜と……3分たった時点で完売」

「もういっそのこと抽選販売にしてくれよ」

「本当だよな」

 パクッと一口、またクッキーを咀嚼する森岡。昼までには中身なくなってそうだな……。

 若干森岡に呆れながら、俺は時計を確認する。

 と、その瞬間にチャイムが鳴る。時間的にHRスタートの合図だ。

「やべっ。もうこんな時間か。んじゃ、ありがとな」

「おう」

 そう言って森岡は自分の席に帰っていく。といっても席一つ分前に移動するだけだ。もしかすると帰るという表現は少し違うかもしれないな。

 なんて思いつつ俺はカバンから筆箱を取り出す。淡い桜色の筆箱。俺の推しのメインカラーだ。ちなみに底面は擦れるなどして灰色っぽくなっているが、そこは御愛嬌。

 1時間目の授業は何だっけなと。

 カバンから授業表を取り出し、確認する。

 1時間目、歴史。

 だるっ。歴史なんてやらんでいいから早く帰らせて欲しいもんだ。

「皆さん、おはようございまーす」

 と、そんなことを思っていると担任が入ってきた。

 いつも通りの面倒くさそうな感じ。変わらんな、あの人は。



「よっしゃ! 飯だ!」

 4時間目終了の合図と同時にクラスの陽キャ達は皆一斉に教室を飛び出す。彼らは今日も今日とて学食の争奪戦をしているようだ。

 一体、あいつらがそこまでして食べる理由はなんなんだか。

 ここの学食は悲しいことに、特別変わったメニューがあるわけではない。味だって一般的な学食と一緒だ。森岡にいやいや付き合わされたオープンスクールの学食巡りで、それは証明されている。強いて言えば、懐かしいおばちゃん家の味がする。ただそれだけだ。

「いや〜ようやく終わったな。長かった、この戦い」

「そうだな、長かった」

 朝8時から始まり、現在昼1時。残すは2時間分の授業と掃除だけだ。時間的に言えば、ちょうど半分。あと4時間もすれば、家に帰れる。

「飯、オープン」

 森岡はそう言って弁当箱を開ける。真っ白に輝く白米にソーセージ、サラダ、ハンバーグなどなど、非常に彩り豊かな弁当だ。

 さて、一方変わって俺はどうだろう。せーの、ジャン。

 コンビニの冷やしうどん弁当。定価452円。

 ……差がすごいな、こりゃあ。

 森岡の母お手製の温かい気持ちのこもった弁当に対して俺は工場で大量生産されているコンビニの量産型うどん弁当。

 なんだか虚しくなった。

 中に入っている出汁の袋を開け、うどんにかける。程よく麺に絡ませて、完成。

 ちくしょう。この作業のせいで1段と虚しくなってきた。これも森岡のせいだぞ。

 恨めしげに森岡を見る。弁当がよっぽどおいしいのか、いい笑顔だ、あいつ。

 こっちだってな、美味いんだぞ。

 うどんを一口。安定のコンビニ飯。変わらぬ味。謎の安心感。やっぱこれだな、弁当は……。

「………」

 1人で何盛り上がってんだ、俺は。ただ羨ましいのを忘れ去りたいからって、何考えてんだ俺。

「はぁ」

「ん? おいおい、まだ月曜日だぞ。疲れるには早いぜ?」

「疲れてない。ただ、ふと思ってな」

「? 何だ?」

「ため息って、なんで出るんだろうな」

「お前、疲れてんだよ」



 午後4時

 ダルい掃除場所ランキング堂々1位の教室。その掃除を終え、俺は帰ろうとしていた。

 部活動に励んでもいいと思ったが、どうも今日は部活をする気になれない。それにあの部活、ただ適当に過ごしてたまに皆一緒に活動をするだけだ。最初の頃こそしっかりと部活動に励んでいたが、そのうちこの部活真面目やる必要なくね? となり、今に至る。

 実際問題、あの部活動の部員ほとんどが活動をせずに帰宅している現状がある。もう廃部でいいだろ、なんて言ってる奴もいた。

 名前だけなんだよな、あの部活。

 幽霊部員ならぬ、幽霊部活。そんなものがあっても、楽しいかもしれない。知る人ぞ知る隠れた部活動。その部活動は限られた生徒しか入部する事が出来ず、日々探求を続けている……。そんな部活動。

 実際、そんな部活動があれば面白そうだ。ただの空想なのは分かっているが、是非とも現実世界で一度くらい、そんな部活を見てみたい。

 夏だという事もあってか、まだまだ太陽が照りつけ暑い時間帯。今が10月だったら、下手すれば夕日が見えるレベルだぞ。やはり直射日光は暑いな。

 窓から日光の光が差し込む廊下。運動部は大変だな、こんな暑い中運動して。

 窓越しでも聞こえてくる運動部の掛け声。俺の歩いている廊下の位置と、運動部の活動場所である校庭は意外と遠いはずだ。ここまで聞こえるのは、生徒のやる気か教師の命令か。どっちにしろ、大変そうだな、としか感想が出てこない。

 今年の夏、大会で勝てるといいな。

 そう願ってやりながら、俺は階段をおりる。

 靴が床に当たる乾いた音が響く。ここにいるのは俺一人。静かで平和な時間だ。

 パタパタパタ。

 なんて考えた瞬間、嫌な音が聞こえた。後ろから迫る足音、微かに聞こえる息遣い。そう、こいつは……。

「よう、山田!」

「げっ、出たよ。面倒な奴」

「面倒言うな。本音が漏れてるぞ」

「すいません、厄介な奴でしたね」

「遠回しに言っただけじゃないか」

 低身長で謎に愛嬌のある顔をした部活の先輩、園部ちゃん。

 といっても、誰も先輩にちゃんづけで呼ぶ奴なんていない。流石に俺達後輩がそんな馴れ馴れしく先輩を呼ぶことなんて出来ないのだ。先輩と同年代の皆は揃ってちゃんづけだが。

「どんな顔だ、それは」

「別になんでもないですよ」

「そうか?」

 あてが外れて、あれ? というような表情をする先輩。非常に可愛らしかった。

「……まぁそんなことはいい。早く来い!」

 先輩は俺の手を掴みどこかに連れて行く。まずい、これはまずい。嫌な予感がするぞ。

 階段だということもあって下手に手を離させられない。俺は先輩の思うままにどんどんと階段を降りさせられる。1階、2階と降り、教室の並ぶ廊下を今度は歩く。やや速歩きだ。

 俺がこの学校で2番目に見慣れている景色。他の学年と遜色ない廊下の雰囲気。だが、この廊下の先にはある空き教室がある。そしてその空き教室は……。

「先輩」

「なんだ?」

「どこに行くんですか一体」

「何言ってるんだ。部室に決まってるだろ」

 おう、まい、がー。

 そう、その先には俺が所属している部活、アクティ部の部室が存在するのだ。

 どんどんと進んでいく先輩。その手を振りほどいて『全力疾走、逃亡する山田編!』でもやろうと思ったが、もう部室は目の前だ。ここまで来たら、もう逃げる気も失せた。

「あ〜あ、めんど」

「そんなこと言うんじゃない。みんなー、来たぞー!」

 先輩が建付けの悪い引き戸をガラガラと開け、部室に入る。もちろん俺も先輩に連れられ、入ることになる。

 アクティ部の部室。そこはいつもと変わらずの雰囲気だった。

 高校生のくせしてパチカスの松岡が家から持ってきたパチンコ台が部室の壁際に2、3台置かれ、黒板には超美麗イラストの落書きがされている。これは吉川先輩が描いたものだ。

 本棚にはゲームソフトにカセット、攻略本がすらり。壁際に置かれた机の机上には19インチのモニター。そのモニターに接続されている線を辿ると、その先にはレトロゲームハードがあった。日焼けした色に角のなくなったゲームハード。ずいぶんと昔から現役を全うしているようだった。

 おいおい、3日前にはなかっただろこのゲーム機。

 他にも色々変わっていたものがあったが、数え切れない程の量だったので無視した。この部活、色んな意味で回転率がいいんだよな。

「よいしょ。さーて、始めるかな」

 先輩は座布団に座り、ゲーム機の電源を入れる。

「もうゲームすか? 変わらないっすね園部先輩は」

 そう言ったのはパチカス松岡。部屋の隅で今度はまた別のパチンコ台を組み立てていた。

「お前はいつもパチンコだな」

 俺はそう言いながら松岡の元に行く。松岡とは同級生だ。敬語なんてものは必要ない。

「そうだよ。昨日届いたばっかりだ。見ろ山田、この釘を」

 松岡はパチンコ台の釘ばかりが刺された部分を指差す。

「………何が言いたい」

「新品だから釘が全くし………」

 俺は松岡から離れていく。釘がなんだの言われても俺にもさっぱり分からん。分かるのは釘が大量に刺さってることくらいだ。素人にそんな難しい会話をしないで欲しい。

「ちっとは聞いてけよ!」

 そんな声を背に俺は背負っていたカバンを適当な机の上に置き、ロッカーからパズルを取り出す。部活で作る用として部活をしに来るたびちまちま作っていたトータル1645ピースのパズル。ピースは小さい数が多い単色のみのピースは見分けがつかない。そんな頭のおかしいパズルを取り出す。

 何を思ってなのか、先輩は俺を部室に連れ込んだ。部室に入ってすぐ退出というのも考えたが、何分それには罪悪感がある。というわけで、流れ的に俺はしばしの間、部活動に励むことになったのだ。

「山田くーん。久しぶりだねー。紅茶どうぞー」

「おう、久々。紅茶ありがとな」

 紅茶を差し出してくれたのはこれまた同級生の将来はメイドさん希望である入野。何かが極端にでかいせいで先輩にいつもいじめられてる可哀想な奴。念の為もう1度言おう、もう1度言っておこう。この入野という女は『なにかが』でかい。そう、なにかが…

 ガララララ!!

「ちくしょう! この老害ジジィ!」

「まあそう怒んなっての。怒ると血流が悪くなるっていうよ?」

「うるせぇやい! 元はといえばあのジジィがな!」

 そんな荒々しい会話をしながら入ってきたのは2人の先輩達。怒っている方が新川、怒ってない方が多田。男と女の先輩だ。

「おっ、山田くん。久しぶりだねぇい」

「まだ3日しか経ってませんよ、多田先輩」

「私の中じゃ、3日は久しぶりなのだよ」

 はえー。そのセリフ、7日前に聞いた覚えがあるな。

「悔しい! このボスあとちょっとだったのに!」

「変わらず美味いな、この紅茶」

「吊り革のレバー!? なんだこの台おもしれー!」

「また攻略本増えてない?」

 今日のアクティ部は、変わらず騒がしかった。



 午後7時

 日が落ちたといいたい所だったが、まだ空は夕暮れ模様。綺麗なオレンジ色の空だった。

 いつも登下校は歩きだ。日頃の運動も兼ねてな。

 アスファルトの地面を1歩1歩しっかりと踏みしめながら、俺は家に向かう。

 カラスが複数匹、カーカーと鳴きながら空を飛び、3人組のガキがサッカーボールを持って横断歩道を走っていた。

 公園の帰りか、あいつらは。

 そんなガキ3人組の様子を見て、ふいに俺も公園に行きたくなった。

 ……帰り道にあるし、寄ってから帰るか。

 帰り道から1本道を外れるだけで、小さな公園がある。俺はそこに寄ってから帰ることにした。別に特別な理由はない。ただただ、公園に行きたいと思っただけだ。

 本来なら真っ直ぐの道を左折し、公園に向かう。公園に立っている桜の木がここからでも見えた。まだまだ元気そうだな、あの木。

 公園の周りをぐるっと1周囲むように植えられている桜の木。今は葉っぱ1枚も生えていなかった。

 公園内に入る。古びた遊具に使い古されたベンチ。変わらないあの頃の光景が、そこにはあった。

 ん? 誰だあいつ。

 公園の真ん中で俺に背を向けるようにしてただ突っ立っている人が1人。明らかに怪しい。ゲームで例えると、話しかけたら勝手に戦闘開始! になる敵くらい怪しい。そもそも、公園は遊ぶ所であって立っている所じゃない。

 変な奴がいるし、今日は大人しく帰ろ。

「こんにちは」

 げっ。

 帰ろうとしたその瞬間に、俺は話しかけられる。突っ立っていた、あの変な奴に。

「……こんにちは」

「! ……やっぱり、分かってくれた」

 うわーお。

 振り向いた変な奴は、少女だった。

 腰元まである長い髪に特徴的な栗色の瞳でとんでもなくチビなガキ。容姿は小学4年生ほど。さっきのガキ共よりも大人びているが、全体的に幼さのある容姿だ。

「あの時も、こんな天気だったね」

 そう言って彼女は微笑む。

 何故だろうか。彼女からはどことなく懐かしいような、久しいような、運命のようなものを、俺は感じた。




 なんだったんだ、昨日のガキ……。

 昨日、公園で出会った1人の少女。そいつは結局あの後、急に黙り込んで、顔を伏せた後にあたふたして『まっ、またね!』とか言って帰って行った。

 本当になんだったんだ、あいつ。ちょっと涙声だったし。

 疑問を残しながら、俺は再び登校する。24時間前とまったく同じ風景。代わり映えのないいつも通りの道だ。

 そういえば、今日の朝も不思議な事があったな。

 起きたばかりで気にしていなかったことを、今になって思い出す。

 それは今日の朝、目覚まし時計として利用している子供用ケータイに1件の通知が来ていたのだ。

『おぼえてるよな、あとすこしだぞ』

 ケータイの機能を使ったあの頃の自分が送る未来の自分へのメール。

 正直、意味がさっぱり分からない。何があと少しだ。あと少しで来るイベントは資格試験だ。ふざけやがって。

 結局疑問は文句に変わり、嫌な気分で学校に到着することとなった。



「この時のxを求める式は……」

 あ〜、気分悪い。

 午前授業が終わり、飯も食い、現在は5時間目。数学なんてものをやっている関係上、爆睡タイムをしている奴が多々いた。

 かくいう俺は、授業を真面目に受けず窓の外を眺めていた。

 なんかこう、モヤモヤするんだよな。あのメールの事で。

 あのメール、よく見れば送信したのは7年前だった。7年前といえば俺が小4の時だ。それか小5。あの頃は特に深く考えて生活をしていたわけじゃなかったし、そもそも俺はわざわざメールを書いておくような性格じゃない。

 何か大切な事だからなんだろうが、思い出せない。何の為に、何を思ってあんなメールを書いたのかが、思い出せない。

 本当になんなんだ、あのメール。

「おい」

 いや、ただ単に妹のイタズラだって可能性もある。でもあいつあの頃は小1でだったし。

「山田」

 いや待てよ、あのケータイは元々子供用だから極端に操作が簡単だし、あいつならやっていても……

「山田!」

「なんすか!」

「授業を聞け! ボケっとしてるんじゃない!」

「数学より大事な考え事ですよ! ボケっとさせて下さい!」

「何の為に学校に来ているんだ! 初心を忘れるな!」



 ちくしょう。あのジジィめ。

 結局言い訳は通用せず、こっぴどく叱られた俺は、1人下校していた。

 ずっと考え事してると1日って結構すぐに過ぎるもんなんだな。

 授業も比較的早く(体感)終わったし、これから学校は毎日考え事して過ごそうかな。

 真っ昼間のように外。これは夏のせいかそれとも温暖化か。

 てか、温暖化って最近聞かないな。同じニュースばかり作っても、儲けがないってことかもな。それとも皆温暖化に慣れたか。

 今日の最高気温は35度。実はもっと高いだろと言いたいほど暑い。おかしいだろ、この暑さは普通に。

 ………。

 と、道を歩いていて俺は突然立ち止まる。

 視線の先、30mもしない所に見覚えのある人影があった。

 ここからでも分かるほど長い髪にチビな体型。よく見えば目は栗色。完全に何時ぞやのあいつだった。

 店に入ろうとして、やっぱりやめて、また入ろうとして、やっぱりやめて、というのを繰り返している。なにやってんだ、あいつ。

 折角の機会だと思い、俺はあいつに話しかけに行く。

 あいつのいる場所は老舗の駄菓子屋。老舗のくせして意外とでかいあの店の前で、あいつはそわそわしていた。

「なにやってんだ、お前」

「……!」

 ビクッとこいつは震え、俺の姿を見て驚いた様に目を見開いていた。

「えっ、ちょっ……え?」

 見るからに困惑した様子の少女。驚きすぎだろ、こいつ。

「ま、暑いから中入ろうぜ」

 俺はドアを開け、先にこいつを入れてやる。

「いらっしゃい、ゆっくりしてきな」

「おう、そうさせてもらうよ」

 流石に涼しいな。最高だ、この店。

 と、気づけばあいつはととと、と小走りでアイスケースの元に駆け、ケースの中を指差す。

 駄菓子屋なのにアイスかよ。

「買うなら最後だろ。今出したら溶ける」

 俺はそう言って駄菓子を見る。懐かしいやつばっかりだ。

 今じゃスーパーに行っても買えない、ある種レアな駄菓子もある。安いし多く買っても大丈夫だろ。

 同じ駄菓子を4つ5つと多めにカゴの長いに入れていく。これだけ買ってようやく100円。駄菓子、安すぎる。

「これ欲しいな」

 視界に入り、気になった駄菓子をバスバスとカゴに入れていると、あいつがまた何かを指差していた。

「ん? それか、懐かしいな」

 彼女の指差していたのは、かの有名な『五十円チョコ』。1時期この五十円チョコの造形が本物の五十円に似すぎていて、販売停止されたことのある伝説のチョコだ。今は裏側の造形を象にして再び販売を再開している。

 一つ手に取り、眺める。

 本当に懐かしい駄菓子だ。俺がガキの頃はよくこれを食って友人とパッケージ裏側に記載されている当たり、はずれを運試ししていた。

 俺はも買ってくか。

 カゴに2つ入れ、最後にアイスを見る。こいつはアイス食いたそうにそわそわしてるし、とっとと買ってやるか。………なんで俺、ここまでこいつに優しくしてるんだ? 別になくないか、こいつに優しくする理由。初めて会ったのは昨日だし、ほとんど喋ってないし……。

 まあいいか。細かい事は後でいい。今が楽しければ、それでいい。

「アイス、どれがいいんだ?」

「これ」

 彼女の指差したのはチョコアイス。超シンプルで1番スタンダードなチョコアイス。

「チョコ好きだな、お前。じゃあ俺はバニラだな」

 俺はこいつの指差したチョコアイスと俺の食うバニラアイスを取り出し、レジに持って行く。

「370円だよ」

 俺は財布から300円と70円を出し、おばちゃんに手渡す。

「と、言いたいけれど、兄ちゃん人が良さそうだからオマケしちゃうよ」

 と、俺の手に50円を返してきた。

「サンキューおばちゃ……ってこれ五十円チョコじゃねーかよ!」

「ははっ! 期待を裏切らないねぇ、兄ちゃん」

「ちくしょう、美味いな!」

「だろう? 私も好きなんだよ、そのチョコ」



「ほらよ」

「ありがと」

 公園のベンチに座りながら、2人でアイスを食べる。

 味わいながらなるべく急いで。じゃないとアイスが溶ける。

「美味いか?」

「うん。変わらない美味しさ。やっぱりこれだね」

「そりゃあよかったな」

 美味しそうにアイスを頬張る彼女。幸せそうで何より。

「てか、お前昨日は何だったんだよ。急に話しかけて来たくせに急にいなくなって」

「えっ、え〜っと……」

 目をそらし、なんとか誤魔化そうとする少女。…って、こいつ右上見てやがる。

「言い訳はいらん。正直に言ってみろ」

「うぐっ。流石、するどいね」

 観念したように一呼吸し、こいつは話し始める。流石って言われても、ちゃんと話すのは今が初めてだぞ。

「えっとね、実は……」

「実は?」

 言葉を区切り、再び一呼吸置く。

 口を開き、言葉の続きを聞けると思ったら口を閉じ、徐々に顔を赤らめていく少女。しばらくその状態が続き、俺が声を掛けようとすると、彼女の口が小さく動いた。何かを呟くような声。やべ、ちゃんと聞いてなかった。

「悪い、よく聞こえなかった」

「〜〜! 恥ずかしかった、そう言ったの!」

 そう言って立ち上がり、どこかに歩いて行く。

「ちょっ、おまっ」

「帰る!」

 怒った様子の彼女。例え相手がガキでも、ああいう時は深追いしちゃいけないんだよな。

 過去の苦い経験を思い出し、あいつを追いかけるのはやめておいた。

 公園に俺は1人残され、買ってやったアイスと駄菓子だけは、ものの見事に持って行かれたのだった。




「山田、勝負だ!」

「ええ〜」

 部室のドアを開けて早々、入口で仁王立ちしている部長にそんな宣戦布告をされた。

 こちとら、また来てた子供用ケータイのメールやら公園にいるあのガキのことやらで色んな考察してんだぞ。やめてくれよ、そういう冗談は。

「……分かりました。受けて立ちます」

「そう言うと思っていた! さあ来い、こっちだ」

 なんていいつつ、息抜きに来たから遊ぶんだけどな。



「お前、ちょっとは手加減出来なかったのか」

「逆に、なんでする必要があるんです?」

「うぐっ」

 場所は変わって街中。散々俺が先輩をボコボコにした後、一緒に帰る相手がいないと言う先輩と一緒に帰っている最中だ。

 オセロにチェス、さらには先輩の好きな格闘ゲームで勝負した結果、全て俺の圧勝だった。

 まさか、先輩がこれほど弱いとは。

 行動力の化身である先輩に、心理戦は難しいのだろうか。いや、こう見えても先輩は将棋の全国大会3位だ。心理戦が下手なはずがない。

 ん? でも待てよ。部活中に盗み見した先輩のテスト結果には確か174人中152位って書いてあったな。

 だとしたら学力と思考力は比例しないってことか? というかそもそも、将棋だけあんなに強くて、それ以外がこんなに弱いわけ……

「ぼけっとしてないで早くこーい」

 やべっ。

 気づけば先輩は横断歩道をまたいだ位置に立っていた。こっちに向かって手を振っている様子は非常に可愛らしい。

「すいません、今行きます」

 青信号であることを確認し、走って渡る。

 と、その時、不意に見たことのある後ろ姿を見つけた。

 白いワンピースに腰元まで伸びた長い髪。公園のあいつだ。

 服屋のガラス越しに置かれている服を、あいつは興味深そうに見ていた。

 話し掛けに行こうとしたが、やめておいた。なんか面倒事になりそうだし、何より先輩を待たせているんだ。

「遅いぞ。てか、何見てたんだ?」

「そこの服屋の前に知ってるガキがいまして」

「ん? 誰もいないじゃないか」

「は?」

 言われて振り返る。視界内の右側に位置する服屋。そこにはしっかりとあのガキの姿がある。もし、仮にあのガキじゃなかったとしても、そこには確実に人がいる。

認識出来ないはずがない。

 俺の目がおかしいのか?

 目をこすって確認するが、そこにはしっかりとあのガキがいる。確実にいる。

「何を言っ……」

「いいから早く行くぞ。電車が行ってしまう」

 先輩に手を引かれ、俺は疑問を残したままその場を去る。

 もしかしたら俺、森岡の言う通り疲れてるのかもしれないな。




 今日もまた、子供用ケータイにメールが来ていた。昨日のメールが『ゆうひのきれいなとき』で今日のメールは『ちょこあいす』だった。

 もう何がなんだかさっぱり分からない。分かる人がいるならそいつにこのメールの謎を全て教わりたい。そんな状況だ。

 はぁ。ここ最近、何が起こってんだか。

 パジャマを脱ぎ、制服に着替える。

 ふと、その時に俺は空を見た。さんさんと輝く太陽の隣には、大きな7色の架け橋、虹が存在していた。

 そういえば夜中、雨が降ってたんだったな。




「山田くん」

「なんです?」

「私が今から、占いをしてあげよう」

「占い?」

 時刻は放課後。教室付近の廊下掃除をしていたところ、俺は多田先輩に声を掛けられた。しかも今日の多田先輩は、どうもオカルトじみたことを言っている。先週まではツチノコの話題で、今週の今日からは占いか……。

「特別にタダで占ってあげよう。好きな数字を言ってごらん」

「11」

「ほう、11」

 多田先輩はよく分からない小冊子を開き、ペラペラとページをめくる。

「おい、山田! 早く終わりにするぞ! 理論値取らなきゃ意味がねぇ!」

 松岡が教室内から叫ぶ。どうやら組み立て終わったパチンコで遊びたくてうずうずしているらしい。

 あいつ、まじで将来が心配だな。頼むから借金とかはしないでくれよ。

 ほとんど集まらなかった床のゴミを廊下の隅に追いやり、箒を片付けに行こうとした時、多田先輩に呼び止められる。

「山田くん。結果発表」

「そうですか。良かったですね」

「ほら、聞いていきなよ。占いって案外当たるもんだよ」

 それらしいこと書いてあるだけですよ、と言いそうになったのを、ギリギリで堪える。流石に失礼か。ここまで多田先輩は本気なんだし、真っ向から否定するのは流石に悪い。

「……それで、結果の方は」

「11は直感を表す数字。これから直近の生活、直感を頼りにしてはどうかな」

「分かりました。そうしてみます」

「山田くん」

「なんです?」

 多田先輩は俺の肩に手を置き、耳打ちしてくる。

「オカルトも、たまには信用出来るよ」

「げっ」

「じゃあ、また今度ね」

 さ、流石に分かりやすく反応しすぎちまったな。まさかあんな、どストレートに言ってくるとは……。

 多田先輩、恐るべし。

「おい! もう理論値取れねぇか!」




「山田くん」

「ん?」

 公園のベンチに俺は座ってる。俺の隣には友達の舞がいる。ショートカット? っていう髪型で、綺麗な茶色の目をした女の子。

 なぜかいつも舞は俺の所に来る。ヒマな時でも忙しい時でも眠い時でも。いつも来る。

 だから俺はいつも喋ってる。いつもは学校だけど、今日は公園。

「アイス、おいしいね」

「そうだな」

「………ぶあいそう」

 舞は頬を膨らませて俺を睨む。

「そんなこと言うなって」

「言う。言うったら言う」

「あ、アイス溶ける」

「やばい! …………うそ」

 舞は急いでチョコアイスの溶けている部分を探す。だけど溶けている部分なんてない、俺がウソついたから。

「いじわる」

「そうと分かったら、とっとと帰れ」

「やだ、塾行きたくない」

「もう4時だ。塾始まってるぞ?」

「そう言われても、行きたくない」

 悪い奴だ、舞。そんなことしてたらクリスマスが嫌いになる。なんとかして行かせないと……。

 俺は考える。なんとかして舞を塾に行かせる方法。う〜ん…。

「こら、舞!そこで何やってるの!」

「ママ!」

「塾に早く行きなさい! ダメでしょ!」

「私は、行きたくない!」

 そう言って舞は逃げる為に走り出す。

「こら、舞!」

 舞の母さんはそれを見て舞を追いかける。

「あいつ、まじかよ」

 結局、心配になった俺も追いかける。

 相変わらず舞は、わがままで、自分勝手で、はた迷惑な奴だった。



「ねぇ、山田くん」

「………なんだ?」

「私、お引越しするの。ここより遠い、海の見える所」

「昨日も聞いたよ」

 それで会話が終わる。

 午後5時。燦々と輝いていた太陽が沈み始める頃、俺は舞との最後の時間を過ごしていた。

「山田くん」

「なんだ?」

「いってらっしゃいのチューは?」

「ないよ、流石に」

「じゃあ接吻は……」

「ないって! てかどこで知ったんだよ、そんな言葉」

「チラシみたいに薄いマンガに書いてあった」

「なんだよそのマンガ」

 と、雑談をしていると見覚えのある車が道路脇に停まる。青い車。ナンバーは87-87、舞の親が乗っている車だ。

「来ちゃった」

「本当に、もうお別れか」

「………」

 少しの間、お互い静かになる。

 これで舞が車に乗れば、もう舞には会えない。だけど、なんでだろう。もう会えないなんて気がしない。実感がないし、明日も会えそうな気さえする。

 もう、会えなくなるはずなのに。

「山田くん、はい」

「ん?」

 舞は俺の手を握って、何かを渡してくる。丸くて薄い小物。なんだろうと見てみると、それは5円だった。真ん中の穴にチェーンがついている、キーホルダー仕様。

「ご縁がある5円だよ」

「………」

「私とお揃い。神社で買ったの」

 そう言ってポケットの中からもう一つ同じキーホルダーを取り出し、俺に見せてくる。

 ちゃんとお揃いだった。

「ありがとな」

 なんでこれなんだという疑問は捨て、感謝を告げる。俺なんて何も用意してないし、ちゃんと遊んだ事もないのに……。

「最後に、大切な事」

 舞はそう言って前置きをする。一拍置いて、俺の目を見る。まるで、何か決心をしたような目。俺には、そんな風に見えた。

「高校生になったら絶対ここに戻って来る! 7月の……」



「……ん?」

 目が覚めた。

 辺りを確認するが、俺はベッドの中だ。公園でもなければガキの頃のような容姿でもない。

 ……夢か。

 夢。ただその一言で終わらせていいのか? 俺は今、忘れちゃいけない何かこう……大切な約束が、あるじゃないのか?

 なんだ、それはなんなんだ一体。それは………。

 カタカタカタ。

 音がした方を見る。よく見れば、窓が空いていてカーテンが風になびかれていた。

 なんか寒いと思ったら、そういうことかよ。

 俺は窓を閉める。その時にコンクリートになにかをぶつけたような音がしたが、まぁ大したことじゃないだろう。

 夏だってのに、夜はこんな寒いのか。

 そんなことを思いながら、再び布団に入る。

 ………舞、か。



『あの事件から、今日で7年』

『今日、7月20日は高速道路で………』

 そんなTVのニュースを見ながら、俺はトーストをかじる。

 TVなんて偽善のお手本だから、ネットニュースの方が遥かに信頼性がある。けれど、TVのニュースも見るだけ見ておこう、それが俺のスタンスだ。

 今流れているのは事故のニュース。古い映像が流れ、そこには正面衝突したであろう車を中心に6台ほどを絡む大事故の様子が放映されていた。

 白い車に赤い車、さらには青い……青い車?

 TV画面を注視する。ナンバープレートは……見えない。流石はTV、こういう所の優秀さは群を抜いてトップだ。

 くそっ、なんとか見えないのかよっ。

 様々な映像が流れていき、ナレーターの解説が過ぎていく。

 結局、最後には花瓶に入った花と5円が置いてある画像が表示され、次のニュースに切り替わる。

 ………。

 なんでこんな必死になって見てんだよ、俺。

 たかが夢で見た車だ。偶然似ていただけで、それ以上でもそれ以下でもない。そう、きっとこれは、ただの偶然。

 でも、だ。そのはずなのに、やっぱり妙に納得がいかない。夢で見た車も、5円も、少女も。やっぱり俺は、何かを忘れてるんじゃないだろうか。

 ………そうだ、直感。折角の機会だ、オカルトじみた多田先輩の占い、信じてみるか。



 俺は学校が終わり、最速で校門を出てきた。

 その後、歩いて曲がってを繰り返し、今に至る。

 俺のいる場所は小さな神社だ。特に御守りが売ってるわけでもない、本当にただ必要なものがあるだけの神社。

 そんな神社に、俺は直感を信じて来た。

 ただただほんのりと残る記憶のかけら。そのかけらがここに来いと、ここに来れば何かがあると、訴えているような、気がする。

 所々コケの生えた石の柱に、黄金の鐘。その物々を見ながら、俺は歩いて行く。ヒントなんてないし、ここで合っているのかも分からないのに何故だろうか、迷いはなかった。

 小さな本殿? というのかは分からないが、おそらく本殿という建物の裏に回り、ある物を発見する。

 本殿の小さな段差の上に置かれた、これまた小さな箱。形は宝箱とまったく同じ。不審な点があるとすれば、この箱がやたら綺麗な事だろうか。

 とりあえず、開けてみるか。

 手に取り、開ける。

 そこには1枚の紙と写真が入っていた。四つ折りにされたまぁまぁサイズのある紙。

 俺はその紙を広げる。

『ちょうど7ねんごの7/20! わたしはロングヘアーになって、あのこうえんで山田をまつ! まい』

 写真の方も手に取り、見る。幼い頃の俺と、隣には………。

 俺は、深呼吸する。

 全てが分かった。繋がった。今までのもやもやが解消された。

「行ってやらねぇとな」

 宝箱を元の場所に戻し、神社を出る。オカルトも、捨てたもんじゃないな。

 もし神がいるんだったら言いたい。今度はちゃんと、参拝しに行くと。

 そして、俺は走り出す。平然を装ってなどいられない。思い出した。俺は、全て思い出した!

 そうだ、まい。いや、舞。

 俺がガキの時、いつも俺のそばにいて遊んでくれた少女。迷惑だと思っていたのに、いつの間にかあいつがそばにいてくれることを嬉しく感じていた時もあった。

 小さい頃の記憶だ。忘れたって仕方ない。………なんて、言えないッ!

「はぁ……はぁ」

 俺にとって、何の彩りもなかったあの頃を鮮やかにしてくれたのは、間違いなく舞だ。俺にとっての『つまらない』を『楽しい』に変えてくれた舞。

 くそっ、なんで、なんで忘れてたんだ。

 7/20。ちょうど舞と別れて7年。高校生になって、また会おうって、約束したのにッ!!!

 心臓が痛い。初めてだ、こんなに全力で走ったのは。視界が大きく上下に揺れる。息が上手く出来ない。地に足をつくたびに、振動で足が痛くなる。

 だけど、止まれない。

 あの公園。それは5日前、俺が折角だと思って寄り道した公園で合ってる。そして、その時に会った少女がきっと………舞!

 そうだ、言われてみれば分かる話だ。初めての面識だったってのに、あいつは俺を知っているような口振りだった。急に『またねっ』と言って帰ったのは、きっと俺が舞だと気づかなかったから。だからあいつは、涙声で急に去っていったんだ。

 くそっ……ちくしょう!

 なんで分からなかったんだ! あんなに、あんなに一緒だったのに! なんで、俺はあいつを忘れていた! なんで俺は!

 こんな自分が、嫌になった。今の俺がいるのは、舞のおかげだってのに。気づけば今の状況が当たり前になって、今をくれた舞の事なんて考えなくなった。

 初心を忘れずに。ようやくその意味が分かった。こんな事、考えれば分かる事なのに!

 数分走り、ようやくあの公園が見えてくる。いてくれ、舞ッ!

 公園に入り、辺りを見渡す。周りには人1人いない。木の下にも、遊具にも、ベンチに………。

 いた。たった一人、ベンチに座る1人の少女。あの頃と何も変わらない外見に、栗色の瞳。もしあの頃と変わりがあるとすれば、ショートヘアーからロングヘアーに変わっている点のみ。

 良かった、いてくれた。

 俺は息を整えながら、舞の元に行く。うつむいて砂を眺めている舞。どうやら俺には気づいていないようだ。

 ………。

 1度、深呼吸する。この少女が舞で間違いない。けれど、いざこのような場面になると、どうしても緊張してしまう。何故だろうか、息はもう整っていた。

「よう、何見てんだ? 舞」

 ベンチに座っていた舞は俺を見上げ、1瞬ボケっとした顔をし、やがて状況を理解して

「ううっ……山田くん…っ」

 泣き出してしまった。



「急に驚かせて悪かった。まぁ涙拭けって」

「うん」

 俺はハンカチを舞に手渡す。

 舞はそれで涙を拭き、鼻も噛んだ。

 後でちゃんと洗濯しておこ。

「ありがとう」

「はいよ」

 ハンカチが戻って来る。うおっ、めっちゃ濡れてる。……ってのは今はどうでもよくて。

「改めて。久しぶりだな、舞」

「うん。久しぶり、山田くん。それにしても、よく気づけたね。私、もう忘れられちゃったかと思ったよ」

「色んな奇跡のおかげで、思い出せた」

「奇跡には感謝だね」

「感謝してもしきれない。本当に、奇跡が起こりすぎだ」

 俺の様子を見て舞がくすくすと笑う。

「変わらないね、山田くんは」

「そりゃお互いだ」

「確かに、それもそうだね」

 本当に、あの頃から何も変わらないな、舞は。

 しばし、俺と舞は静かになる。ベンチで隣同士。なんか懐かしいな、この感じ。ベンチに座って、駄弁って。確か2人で夜に家を抜け出して、花火をやった時もこんな感じだったな。アリの観察をした時も、舞が塾をサボった時も、隠れて学校の給食で出たデザートを持ち帰ってきて、公園で食べた時も。

 懐かしい。何もかもが、懐かしい。そうだった、舞といる時だけは、俺も舞のようにすごいヤンチャだった。それで何回だったかな、バレて先生に怒られたのは。確か回数は……。

「山田くん、好きだよ」

「え?」

 思わず、舞を見る。

 だが、そこにいるはずの舞の姿はもうなくなっていた。

「………やっぱりか」

 俺は呟き、自然と天を仰いだ。

 そこには夕日の沈みゆく空の景色が見えた。まるで、優しく皆に微笑むかのような暖色の空。

 夕暮れ時、カラスの鳴く時。それは家に帰る時だ。

 俺も、帰るか。



 ………なんとなく、気づいていた俺もどこかにはいた。けれど、そんなこと気にも止めず、ただ、舞ともう1度会うことにだけ、俺の気は向いていた。

 喜びは1瞬だ。けれど、虚しさや悲しさは、長い間、心の中に残り続ける。

 ………。

 俺の見た舞は、もしかすると幻覚だったのかもしれない。俺がどうしても会いたいと願い、俺の前に現れてくれた、幻覚の舞。

 いや、そんなことないな。

 今日この日の為に、わざわざ舞は俺の所に来てくれた。きっとそうだ。きっと……。

 目が潤んだ。感情が、抑えられなかった。

 もう俺は、舞に会えない。この事に変わりはないし、間違いもない。

 今日のニュース、あれで分かった。舞はもう、死んだんだ。もうこの世に、舞は……っ。

 ボロボロと、涙が溢れた。

 自室の机に涙がこぼれ落ち、濡れていく。

「っ……くそ……」

 今の俺には、こんなことしか出来なかった。

 その時、突然通知音が鳴る。

 ラッパの吹く音。子供用ケータイの通知音だ。

 ………。

 俺は子供用ケータイを手に取り、通知を確認する。

 今日の朝に1件。

『こうえんにいけ。すべてがわかる』

 そしてついさっきの通知

『まいにあったか?こうかいしてないな?おれ』

 読んでいる最中に、もう1件通知が来る。

 そっちも俺は開く。

『でもなおれ、いまおれのちかくにいてくれている、ともだちのことだけはぜったいにわすれるなよ。むかしのたいせつも、いまのたいせつも、ぜったいにわすれるなよ』

 ………俺のくせに、いい事言いやがって……。

 でも、そうだな。今俺と一緒にいてくれる友人、それに先輩が、俺にはいる。

 大切にしなきゃいけない人が、俺にはまだいっぱいいる。

 俺は涙を拭き、子供用ケータイを机の上に置く。

 立ち上がり、窓から空を見上げる。

「お前の事はもう、絶対に忘れねぇよ舞」

 舞との思い出と共に、俺は今日を、そして明日、毎日を生きていく。

 大切で、楽しくて、何にも代えがたい、たった1人の、自分の為に。

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君とまた、あの日のように おいしいキャベツ(甘藍) @oisiikyabetu-kanran

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