59話ー② 凍える蓮子





 ――11日が過ぎた。


 静かに雪が降り積もり......思っていたよりも早く、冷たい死が近づいているのを感じた。

 少し離れた場所からフワフワ冬毛に生え変わった母狐が、子を抱えてこちらをじっと見ている。



「私も……誰かと……」



 思わず口にした言葉を、途中で飲み込んだ。これ以上、胸の奥の寂しさが膨れ上がるのが怖かった。

 これから死ぬのだから、そんな事を思っても意味がない。


 ......なのに狐の親子を見ていると、いつの間にか涙がこぼれてくる。


 私には叶わぬ光景がそこにはあった。自分が命を賭して守る相手.....愛する家族......

 子供を抱き寄せる狐の姿が、どうしようもなく羨ましかった。


 なんて弱いんだろう、私......まだ死にたくないと思っている。



「やっぱり……死にたくない……嫌だ……こんなの、嫌……」



 そんな思いとは裏腹に私の身体は冷たさに蝕まれ、重度の凍傷と絶食によって指ひとつ動かすこともできない。

 施設にいればよかった……助けようとしてくれた人たちを裏切って、逃げ出して、挙句の果てに……。

 死のうとしたのに、いざ死が目前に迫ると、怖くて仕方ないなんて……。


 私の人生は、ずっと逃げてばかりだった。



 ――そんな後悔が胸を締め付ける中、ふと声が聞こえた。



「見つけた......」


「え?」



 知らない声......なのに懐かしいような、優しい響きがそこにあった。

 彼は何も言わず、迷いも見せずに私を抱きかかえ、ゆっくりと歩き出す。

 その揺り籠のようなぬくもりに、気を失いそうになりながら、彼の顔をぼんやりと見つめた。



「もう大丈夫。......」


「ぁ......」


「もう何も......諦めなくていい......」


「......」



 暖かい......心が緩んでいく......温かさに包まれて、私の意識は少しづつ薄れていく。

 これがもしなら私は、今まで誰にも本当に慈しまれた事はないのかもしれない。


 きっと......今まで私に向けられたのは同情であって、温もりではなかった。



「おやすみ......ルシア。」



 深く、甘やかな闇の中に、私はゆっくりと沈んでいった。もしかしたらこれは死後の走馬灯なのかも。

 過去の記憶と共に、そんな思いも暗闇の中に溶けていった――。








 ――――目が覚めると、私はふわりとした暖かいベッドの上に横たわっていた。


 見上げると、知らない天井が広がっている。

 研究所の冷たさとは違う、やわらかな光が差し込む部屋……。


 ―――1つ分かるのは、まだ過去の中にいるということだ。



「おはよう。起きた?」


「ここは……」


「この星で仕事をするときに使っている家だよ」


「助けてくれて、ありがとうございます……」



 部屋には温かみのある家具や小物が並び、窓から差し込む朝日がぽかぽかと優しい。

 けれど、私の視線は、彼だけに釘づけになっていた。

 助けてもらったのに、失礼だとは思うけど......何もかも彼に惹きつけられている。


 目が離せない……ただそばにいたい……もっと近づきたい……。



「何か食べられそう?」


「はい……」


「よし、朝食とベッドテーブルを持ってくるよ」


「ありがとう……ございます」



 去っていく彼の背中に、私は無意識に手を伸ばした……。


 


――そして、朝食の時間。


「口に合う?」


「大丈夫です……ありがとうございます。」


「ゆっくり食べなよ。それと、もう敬語はいいよ。恩人の願いだと思って、受け入れてほしい」


「え?……うん……」



 気が付くと、夢中で食事を頬張っていた。

 ちゃんとした食べ方など知らないから、みっともない姿だったと思うけれど......


 彼は優しい微笑みを浮かべているだけだった。



「どうして私を?」


「さあ?偶然通りかかっただけさ」



 何とも濁した答えだった......何故か嘘だと感覚で分かったけど、悪意は感じない。

 ......むしろ遊び心さえ感じる。



「私はこれから……どうすれば……」


「ルシアはこの世界に未練がある?」


「え?どうして私のなまえを……ぅぐッ......」



 私の身体に異変が起こった、これは......暴走の兆し?


 嘘……つい二日前に魔力を抜き取ったばかりなのに!

 暴走が始まるなんて……どうして、どうしてなの?



「どうしたの?大丈夫?」


「わ、私から……離れて!お願い!!」



 薄紫のエネルギーが、私から一気に放出される。ここにはエネルギーを抑える装置はない。

 数秒もすれば、私の魔力は臨界点に達してしまう。ついに巨大なエネルギーの塊が形成され、これが弾ければ……。


 ......私は巨大な厄災を引き起こすのだ......



「なんだ、この魔力量!?僕を上回って……」


「お願い!!止まってぇぇぇぇぇ!!」



 私の必死の願いもむなしく、エネルギーは膨れ上がり、身体は崩壊し始めていた。

 痛みに目の前が歪んでいく。唯一温かさをくれた人を、私が……。


 どうか、どうか神様、私はどうなってもいいから……彼だけは……!



「ハハ......やってやる!根源接続......!」


「?」



 薄れゆく意識の中で、彼の声がはっきりと聞こえた。



「安心して。君じゃ僕を殺せない......」



 そして、私の視界は再び暗闇に包まれた。

 ただ今度の闇は、救いのないほどに深く......冷たい絶望に満ちていた。







 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆★★★☆☆☆☆☆☆☆☆☆★★★



 どうもこんにちわ。G.なぎさです!

 ここまで読んでくださりありがとうございます!


 今と同じく、決意してすぐに揺らいでしまうルシア。

 初めて温もりに包まれたのも束の間、起こらないはずの暴走が!?

 

 そしてルシアは冷たい世界に戻っていく??


 もし面白い、続きが気になる!と思った方は

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 更新は明日の『『20時過ぎ』』です!




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