第59話 『ルシア』の原点

59話ー① 泥の中の蓮子

 




 うす暗い地下空間に、無数の配管が張り巡らされている。

 白衣を纏った男たちが、機器が集中する最奥で忙しなく手を動かしていた。


 ガラス越しに見えるのは、広がる巨大な空間。

 その中央に拘束された一人の少女――

 

 無数の管で全身を縛られた姿が、異様な光景を醸し出している。

 少女の髪が淡い紫色に輝くたび、絹を裂くような絶叫が響き渡った。



 ――あれは、かつての私だ......



「数値が上昇!過去最高87万5214!許容限度まで残り13万です!」


「まずいの!このままのペースじゃと、あと80秒も持たん!万が一自壊爆発が起きた場合、推定被害は!!」


「試算出ました!TNT換算で推定300トンです!影響範囲は半径200キロ、全てが気化します!」


「ギガトン......じゃと?」



 彼らは常に選択を迫られていた。


 私を壊して安全にエネルギーを抽出するか、それとも生かし、収束を試みるか。

 見た目は怪しげな集団だが、彼らは最大限に私を「人」として扱おうと努力してくれていた。



 ――それこそ、種の存続をも天秤にかけてまで......



「やり方を変えるしか……ないのか?こんな心優しい少女に?これだけのことをされても、まだワシらに微笑みかけてくれる少女に?そんな惨い方法を?」


「……教授ですが。一人の苦痛を種の滅亡は変えられません!!」


「できるものか!機器の許容限界を増やすのがワシら学者の仕事だ!後のことなど考えるな、とにかくエネルギーを吸い上げろ!」


「は、はい!」」」



 60秒……戦い続け、ようやく事態は収束した。でも、私の身体は既にボロボロだった。

 血管には正常な血液が流れず、全身の細胞は悲鳴を上げ、一部では壊死が始まっていた。


 痛みが全身を襲う。息をするだけで激痛が走る。それでも死ねない。

 これが生きているということなのだろうか?こんな生に意味はあるのだろうか……。



「ぁ……ぅぁ……」


「すまない……本当にすまない。私の先祖が助けると約束してから、1500年も経ってしまった……」


「ぃ……ぃよ。はかせ、ぁり……が」


「……なぜだ、なぜこんな少女が1500年も苦しみ続けなければならないんだ……」



 1500年……もうそんなに経ったのか?では、私の父も母も――


 昏睡状態にする薬剤のせいで、私の体感時間はスキップされている。体感ではせいぜい20年程度に過ぎない。

 外にはもう......友達も家族もいないの?


 ......もう戻れないの?



「……ぅぅ。」






 ――――それから一年が過ぎ、状況はさらに悪化した――――



 昏睡状態にする薬すら効かなくなり、眠れずにただ流れる時間が私の心を蝕んでいった。

 そして私は遂に......最も臆病で短絡的な決断を下した。



「教授!緊急事態です!」


「どうした!」


「ルシア・フェリウスが……逃亡しました!」


「なに!?」



 身体に残ったわずかなエネルギーを無造作に放出し、拘束具を外し、周辺機器を破壊……。

 生まれて初めて自らの意思で魔力を全身に巡らせたことで、私は一時的に全能感に酔いしれた。

 きっと地上にはまだ家族がいる、そう信じていた。


 だから捕獲に当たった警備員に軽傷を負わせ、地上への脱出を目指したのだ。



「嘘……きっと全部教授の勘違い。パパもママも生きてる、絶対に……」明るい光が見えた。外に出られる……やっと外に出られるんだ......もう一度、当たり前の日常が戻ってくる。そう信じて、いや必死で信じようとして――。


「……あ、れ?」



 目の前に広がっていたのは、見知らぬ田舎町だった。


 ひっそりと静まり返り、どこか冷えた空気に包まれている。


 その空気に触れると、どうしようもない違和感が胸に迫った……。

 何かが根本的に変わってしまっているような気がする。



 1500年という時の隔たり。まるで手で触れられるかのような......

 その冷たいまでの距離が、魔力で極限まで研ぎ澄まされた感覚に鋭く突き刺さる。



「嘘……嘘嘘嘘!きっと、きっと私の勘違いだもん!」



 私は走り出した。森を抜け、足早に見知らぬ町を駆け抜ける。

 しかし、目に映るもの全てが、変わり果てた現実を否応なく突きつけてくる。


 建物の形、機械の音、人々の言葉、そしてこの時代の空気……。

 どれもが、私の知っていた世界からは遠く離れていた。



「なんで……なんで私がこんな目に!どうして......」



 誰も私のことを知らない......


 傷だらけで、みすぼらしい実験着を纏った少女に......人々はただ冷ややかな視線を送るだけ。私はそんな世界から、逃げるように人気のない森の奥へと入り込む......


 そこにも居場所はないと知っていながら......



「神様......私は何で生まれてきたの?」



 一度魔力を抜き取れば、三か月は暴走の危険性がない。

 いくら私でもこの状態で三ヶ月もあれば餓死できるはず......


 それまで誰にも見つからないように、ここで......休むのだ。



「死のう……私の心が残っているうちに……」



 森の静寂に抱かれながら、心にぽつりと意思を落とし.......そっと目を閉じた。







 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆★★★☆☆☆☆☆☆☆☆☆★★★



 どうもこんにちわ。G.なぎさです!

 ここまで読んでくださりありがとうございます!


 うす暗い実験施設の中にいたのは......かつてのルシア。

 始まりから死を迎えようとする彼女に、降りかかる定めとは?

 ルシアの原点.....ルークとの出会いが今明かされる。


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 更新は明日の『『20時過ぎ』』です!

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