58話ー④ 壊れぬシャボン玉
――ここは、どこだっけ?
廃墟となったビルの一室で……私は何かを抱きしめ、壁にもたれかかっていた。
荒んだ空が広がり、人の気配はまるで感じられない。
遠くで不気味に響くのは化け物の鳴き声と、空を覆い隠す巨大な星霊龍の影......
そこは重く冷たい静寂だった。
影が地面に落とす暗がりは、まるで大河のように地面に横たわっている。
「あぁ……アァ……」
「お、にぃ?」
そうだ、私は現世にいた……もう助からないと言われたおにぃを救うために。
遺跡調査から帰ってきたおにぃとおねぇの姿は無残だった。
存在が希薄になり、滴る血液は二人の身体から地面に落ちる前に消えていた。
おねぇはまだわずかな回復の見込みがあったが、問題はおにぃだ。
アファルティア様の時間操作さえ効かず、現状維持すらできないほどの状態。
誰もが二人を救うことを絶望的だと判断した。
――でも私だけは諦めない......おにぃが、お兄ちゃんが何度私を助けてくれたと思ってるの?
もっともっともっと絶望的な状況だったはずだ......しかもお兄ちゃんは一人だった。
ここでお兄ちゃんを守れなかったら、私の存在価値なんてない。
「おにぃ......あの果実、ありがと。」
私は自身の細胞を分子レベルまで分解し、おにぃの体内に入り込んだ。
おにぃの存在そのものを再生するため、分子レベルで一体化していく。
私は一度存在そのものを破壊され、そして復活した経験がある。
しかし失敗すればもう私は戻れない。そして封じている深層にいるという事は......
事態はあまり良くない......私の意識と細胞が、おにぃと同化しそうな事を意味している。
「私が封じてる、記憶。なら、この後……」
「どうした?こんな所でお昼寝かい?」
気配を感じ、顔を上げるとそこには......かつて選択肢を提示した、謎の老人が立っていた。
過去と同じあの老人.......ここは記憶の中、できるだけ過去の反応に近づけた方が多分いい。
「……誰?」
「私かい?――――――だよ。まぁ、おじいちゃんとでも呼びたまえ。」
「それで、何……?」
「見たところ、今代の光は壊れてしまっているようだ。だが、予定調和は超えた。本来、絶対死の運命であった君は生きている。」
おにぃは世界軸を移動し、何度も私を救おうと試みた。
そして最後に元いた世界軸に戻った。つまり、彼は実際に最初にいた世界軸の過去に帰還したのだ。
「おにぃを……知ってるの?」
「もちろん。それは未来も含めて歴代最強と歌われる光……『輝光』だ。」
「輝光?」
「彼は二つの奇跡を起こした。一つは最初の回帰だ。この奇跡がなければ、彼が様々な世界軸を経てオリジナルの世界軸に戻ってくるとはなかっただろう」
そう……実は私たちは本当の意味で「時間移動」をしているわけではない。
世界軸の移動をする際には、時間という軸を縦には移動できず、基本的に横移動になる。
問題はここから......数多ある世界軸は、時間の流れる速さが異なっている。
例えば、ある世界軸①が西暦1900年を示しいても、隣の並行している世界軸②では西暦2000年だったりするのだ。
世界軸のルールは奇怪で、自動車とは違い同じ速度で走っていない車も、隣に並走できるのだ。
重要なのは、この差がランダムなものではなく、特定の法則に従っているという点……
本体軸となる【オリジナル軸】が最もゆっくり時間が進み、そこから遠くなるほど、時間が早く流れる。
理論上、オリジナルから離れた末端の世界軸ほど、未来へと進んでいることになるのだ。
おにぃは一度目の回帰で奇跡を起こした......末端軸の過去、つまり縦移動をしたのだ。
「もう一つは君を助けたことだ。本来、君が死ぬことによって『輝光』が完成する予定だったのだがね?」
「いい……もう放っておいて……」
私は壊れたおにぃを抱きしめた。
今回の回帰で星龍に出会った際......絶対に超えられない壁を感じ、壊れてしまったのだ。
本来のお兄ちゃんなら、そんなこと如きで壊れないだろう......
でも度重なる世界軸移動には代償があった。
通常、世界軸を移動すれば移動先の自分と統合される。しかし、おにぃはそれを精神力で拒んだ。
移動前の自我と記憶を保ち続けるために、どれほどの負担があったのかは想像を絶する。
「予定調和を大きく外れた君に、何か望むものを与えよう。」
「……何でも?」
「何でもではないなぁ。君が予定調和を超えた分だけの褒美だ。子供がテストで100点取っても、ご褒美にベンツは買わないだろう?」
「ベンツ?」
「まぁ知らんか。シャボン玉の歌と同郷なのだがなぁ。」
私の願いは一つだけ......
「返して……私のおにぃ……返して……」
「よかろう。そこで君に二つの選択肢をやろう。」
「選択肢?」
「壊れた原因の記憶を維持したまま心を戻すか、壊れた原因を忘却させ心を戻すか……」
一体何を言っているんだろう?
壊れた原因を維持したら、戻した瞬間また壊れてしまう。
――少なくとも、この時の私はそう考えた。
「忘れさせて。」
「面白い。いいんだな?もう兄と思い出は分かち合えぬぞ?」
「……それが、私の罰。私の贖罪。」
「二度と、シャボン玉の歌は聞けないな?」
「別にいい、だって……いっぱい歌ってもらったもん......!」
私はそう言いつつも涙が溢れた.......
かつては「それは大丈夫」と答えた。でも失ってその虚しさに初めて気付いた。
ダメ......今はそんな悲しみに浸る場合じゃない。
おにぃの存在の輪郭が捉えられない現状は芳しくない......でも無策じゃない。
この記憶を再封印して、その輪郭を足掛かりにおにぃの存在を感知できれば............
アファルティア様の時間操作もきっと有効になるはず。
「ほう?あの時は即答したのにな?随分と濁した答えになったものだ。」
「え?」
「どうした?私が記憶の中の幻だと思ってたのか?」
「え……?」
何で......何がどうなっているの?
ここはお兄ちゃんの最も深い場所にはずなのに?
そもそも記憶のはず......
久しく忘れていた恐怖と焦りが......私の心を覆い隠した。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆★★★☆☆☆☆☆☆☆☆☆★★★
どうもこんにちわ。G.なぎさです!
ここまで読んでくださりありがとうございます!
登場する謎の老人は?そして明かされる世界軸の法則??
エリーの選択は果たして、ルークから何を奪ってしまったのか?
不穏すぎる最後の会話の結末は??
次回、ルークの深層意識の最終回です!!
もし面白い、続きが気になる!と思った方は
【応援】や【レビュー】をしてくれると超嬉しいです!!
更新は明日の『『20時過ぎ』』です!
※前話で『ダメェ!』などと叫んでいたのはエリーの幻ではなく、入り込んでいた妹本人です。
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