44話ー➁ 極限の悪意







 私は、その苦痛の渦中で安らぎを得た。



 生まれて出でて初めて感じる幸福。

 意識体として存在して以来、初めての安らぎと平穏が私を包んだ。


 壊れた心が急速に癒されていく。

 それは決して快楽や低劣な感情などではなく……


 ましてや、ないもの欲しさなどといった欲望から生じる刺激でもない。



「これが......安堵......」



 もっと根本的で本質的な感覚だ。

 人が赤子の頃、母の抱擁から温もりと幸福を得るように。


 私は、他人の不幸に幸福を感じる。

 私にとって、人の幸福は耐え難い絶望であり、苦痛あったのた。


 なんという悍ましき絶望だろうか。

 この世界では、私の安寧と幸福は決して訪れない。


 私の見えぬ場所で、届かぬ誰かが幸福を得ている限り......

 私は永遠に不幸に苛まれるのだ。



 しかし、私はそんな自身を手放しに認めることは



「なんという下劣……なんという邪悪。なんと悍ましき存在なのだ、私は……」



 私は自らの本質と、世界が望む願望の狭間で思案した。

 それが悪しき真理だと理解するだけの良識を、私は持ち合わせていた。


 私は……理解しようと努力し、神に仕える神聖なる使徒に上り詰めた。

 想像を遥かに凌駕する苦痛と、地獄のような吐き気に耐えながら、人々の心を救い続けた。


 それを拭う日を夢見て、信仰を読みながら祈り続けた。


 私より遥か上位の神という存在が......

 この地獄から私に干渉する可能性をしていたのだ。                             



「シジルム神父。今日も私の悩みを聞いてくだされ……」


「どうぞ、おかけください。今日は、どのようなご用件で?」


「うちの農作物を、バッタが食べ尽くしてしまいまして……」


「そうですか。では、私の神聖術で……」



 来る日も来る日も、私は人々を救い続けた。

 神に代わって人々の信仰の対価を払い続けたのだ。



「シジルム神父。息子が最近言うことを聞きません……どうしたら良いでしょうか?」


「それは発育の過程で顕れる、世界の摂理です。」



『感謝』それを向けられる度に吐き気を催した。

 1日の終わりは、必ず嘔吐で締めくくられる。


 人に救いを与えた分だけ、私の安らぎと幸福は奪われていくのだ。



「シジルム神父!! 子供が生まれました! 名前を付けてください!」


「それはめでたいことですな。一晩考えますので、明日またお越しください。」


「ありがとうございます!」



 感謝の言葉が向けられるたび、私の中の悪意は虐げられていく。

 人を救うたびに、自分は壊されていく。


 そしてその事実に私自身が絶望している。

 もはや自己犠牲でさえない、ではないか。



「シジルム神父! 先日はありがとうございました。お礼にこれを持ってきました。」


「これはどうも。後でいただきます。」



 裏で捨てることもなく、無言で食した。

 必死に吐き気を押さえ込みながら、喉を通した。


 それを拭う日を夢見て、信仰を読みながら祈り続けた。



「シジルム神父!! 遊んで~」


「祈りが終わったらでいいかね? 少女よ。」


「うん! ママがいつもありがとうって言ってた!」


「私は信仰に殉じているのみ。感謝は神に。」



 子供など……最も悍ましい存在だ。

 彼らの笑顔を見ると、大人の笑みとは比べ物にならないほどの悪寒が沸き上がる。


 私にとって彼ら子供は苦痛の象徴。



「シジルム神父様。婚姻の義に立ち会ってください。」


「いいでしょう。承ります。」

                                                   



 ありがとうございます。

 感謝します。

 神父様大好き!

 お優しい方だ。

 あなたこそ救世主で

 かたじけない。

 ありがとう!

 ありがとうございました。




 ああ……なんと劣悪で凄惨な世界だろう。

 それでも、理解できないものをただ投げ出すだけでは、浅はかだ。


 私は己の本質に逆らいながらも、人々を救い続けた。

 生まれつき強大な力を持っていた私は、より多くの者を救った。


 この小さな星だけでなく、どこへ行っても無類の力を誇るだろう。

 しかし、自身が頂と考えることは些か早計。


 そして、ついに私は上り詰めた。

 信仰の頂点、神聖大教皇に。



「神よ。どうか私を願いをお聞きください。ここまで己を貶めて、人々に救いをもたらしてきたのです。」



 神は答えなかった。



「私の願いは一つ。神たるあなたを、この手で……絶望させることです。」



 神は答えなかった。



「やはり、神などいないか……」



 そして、ついにあの日がやってきた。








 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆★★★☆☆☆☆☆☆☆☆☆★★★


 どうもこんにちわ。G.なぎさです!

 ここまで読んでくださりありがとうございます!


 燻る絶対的な他者への害意......

 封じられるべくして肉体に押し込まれた悪意そのもの。


 そしてあの日とは?


 もし面白い、続きが気になる!と思った方は

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 更新は明日の『『21時過ぎ』』です!


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