17話ー➄ 荒れ狂う中性子星





「どうなったの……」


「ダメだ。ほらあそこ。」



 宇宙空間に舞い上がった粉塵の中から、大きく波打つ巨大な影が見える。


 ダメージは多少与えられたのだろうが……

この程度のダメージでは、まだ原初熽星王を倒しきるには程遠い。


 魔道神ソロモン……何てクエストを寄こしてくれたんだ。二度と様なんてつけてやるもんか……



「ここまでして、この程度のダメージとはね……」


「ルーク……あれは」



 そして僕らは見た。

全ての眼球を真っ赤に染め上げ、怒りを露わにする熾天使の姿を。


 熾星王の体から放たれる怒りの波動が宇宙空間にまで伝わり、その圧倒的な存在感に息を呑んだ。


 そしてその周囲には、無数の中性子星が生み出され、視界の端から端まで埋め尽くされていた。


 その数と規模は圧倒的で、星々が僕らを取り囲むように配置されていた。



「……嘘だろ……」


「そんな……」



......中性子星......ご存知だろうか?

簡単に言えば、直径数十キロ程度のブラックホールだ。


 大量の中性子星が吹き荒れ、空間そのものを歪み始めている。

空間自体が歪んでいるため、転移魔法での回避は全く意味を成さない。


 僕たちは持ちうる限りの最大の防御を張り巡らせながら、複数の中性子星の間を縫うように進み、重力磁場圏外まで脱出しなければならない。


 迫り狂う中性子星を前にかつてないほどの緊張感が押し寄せてくる。


 中性子星を無尽蔵に生み出し、消耗品のように無駄打ちしてくるなんて……

本当にデタラメみたいな敵だ。



「ルシア!僕の演算で脱出ルートを計算する!一分耐えてくれ!」


「無茶言わないで!今にも防御結界が引き剥がされそうよ!もって数十秒だわ!」



 僕は脳内に埋め込まれたCPUと演算魔法、並列思考を駆使し、強引に脱出経路を算出した。


 まずはルシアの位置からのルートを導き出し、彼女に共有する。


 彼女のいる場所の方が僅かに中性子星の数が多いため、彼女を先に安全な位置へと導く必要があった。



「ルシア!!これで生き残ってくれ!!」


「大丈夫よ!ルークも早く!」



 中性子星一つ一つの規模には微妙な差があり、その軌道も不規則だ。今回は短時間で強引に導き出した計算のため、正確性に欠ける。


 計算通りにはいかない場合も多々あるだろう。

しかし今はこれ以上時間を掛けられない。


 そして僕も自分の脱出ルートの演算を終え、すぐに退避行動に移った。



「くっ……あんなの物理法則そのものじゃないか!」



 そんな小言を漏らしながら僕はひたすら飛び続けた。


 皮膚が剥がれ、筋肉も過剰な動きと中性子星の重力によって破壊される。

全身が完全に壊れる刹那、ギリギリの速度で回復魔法を重ね続ける。


 何重にも重ねた神術の防御も何度も突破され、その度に再構築する。

残留魔力や体の負荷も全て無視して、ただひたすら逃げ続ける。


 新たな中性子星が打ち出され、計算が狂うことも多々あったが、感覚で対処するしかなかった。


 次第に中性子星は合体を始め、少しずつ数が減っていく。

そして、ついに重力磁場が及ばない範囲まで脱出することができた。



「ハァ…ハァ……ルシア?僕のいる位置へ。」



 そうするとルシアが転移魔術で現れた。



「ッ……ルーク。魔力……今の転移で、空っぽ……」


「僕はまだ二割くらい残ってる。回復の神術をかけるね。」



 ルシアの状態は甚だしく酷かった。右手は肘から下が欠損し、左足は太ももの辺りから失われている。


 片方の眼球は潰れ、全身の骨と筋肉は激しく損傷していた。

腹部は内臓が一部見えるほど抉れている。


 神族でなければ、既に命を失っていたことだろう。僕はルシアを抱きかかえ、回復神術をかけた。



「ごめん……今回ばっかりは想定が甘かった。」


「珍しい……気にしないで。ほら集中。ここだってそろそろ安全でなくなるわ。」



 顔や肋骨付近の損傷は他と比べると、比較的軽い。

おそらく、魔力が底を尽きかけた際に、腕や足などの末端の防御を捨てたのだろう。


 回復神術を、生存に不可欠な、体の中心部分にだけ集中させる事で、何とか生き残ったのだ。



「ハハ……髪の毛や胸は直してるなんてバカだな……」


「いいでしょ?好きな人の前では綺麗でいたいの。安心して?ほんとに無理なら命優先するわ。」



 こんな状況で見た目に気を使うは……

彼女にとってそれは本当に大切なことなのだろう。



「もし僕に魔力が残ってなかったら、どうするつもりだったの?」


「ルークを信じただけ。」



 さらっと凄いことを言ってのけるな僕の奥さんは。

そして僕はルシアの回復を終えた。


 アファルティア様は中性子星の嵐の中に立ち続けていた。


 どうやら、ルシアが回復するまでの間、彼女は熽星王の注意を引き、中性子星がこちらに向かないようにしてくれていたのだ。


 その姿からはまだまだ余裕が感じられ、まるで小さな子供と戯れるかのように、穏やかな顔をしている。



「アファルティア様は……まだ僕らにまだ期待してるみたいだね。」


「期待されてるというより……何もかもお見通しなのでしょう?」



 僕らにはまだ、最後の切り札が残されている。

最強にして状況を一瞬でひっくり返せるほどの最終手段を。



「そうだね。このままでは終われない……」


「久しぶりね。いつ以来かしら?本気を出すの。」



 それは僕達が二人の時にしか使えない切り札。

片割れという存在の最終奥義にして切り札。僕達は向かい合って手を重ねる。


......そして



『我、誕生より繋がりし光に問う。共に時を超え、根源たる輝冠を重ね合わせんことを願う。』


 続いてルシアが応える。


『誕生の時より繋がりし光に応える。我、汝と根源たる摂理を共にすることを誓わん。』



根源共鳴 レゾナンス



 その瞬間、僕らは眩い光に包まれた。

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