16話ー➂ 絶対純悪の邪悪
家に戻ると、ルークとルシアはさっそく借りてきた『植物学入門57』を開いた。
ページをめくると突然、本が自らの意思を持つかのように動き出し、357ページで止まった。
そこには、巨大樹木と進化についての記載がされていたのだが……
瞬く間にその内容はヴァラルに関する情報へと書き換えられていった。
信じられない光景に、二人はただ見入るしかなかった。
本が自動的にページをめくり、記述がまるで生きているかのように変化する。
その様子は神界の技術を持ってしても、説明が不可能と感じる程に圧倒的な不可解だった。
この一連の現象は、あらかじめ彼らがこの本を開くことを知っていたようであり、二人の運命をも操っているかのようだった。
「またこの手法……前回はデータ上だったけれども。今度は私達がこれを借りることを分かっていたかのようね。」
「細工が仕込まれたのが、最近じゃないならそうなるね。でもこの本を借りろと指定したのは向こうだから、今回は前回に比べて、不可能という程ではないよ。」
本に浮かび上がった内容を、二人で整理し始めた。
彼らの息の合い方は、まさに長年連れ添ってきた夫婦のそれであった。
「えーと、本の内容は……」
【ヴァラルはこの世界のすべての悪意の化身であり、その存在は生命というよりも概念に近い。ヴァラルはこの世に悪意が存在する限り、何度でも蘇り、オリジナル世界に不幸と混沌で埋め尽くそうとする。】
この一節はヴァラルの存在の特性を明らかにしていた。
ヴァラルは単なる存在ではなく、悪意そのものである。
それ故に生命のように、物理的な消滅はあまり意味を成さない。
その恐るべき力は、世界が抱える悪意によって無限に蘇ることができ、常に不幸と混沌の渦の中心に居続けるのだ。
「つまり……悪意がこの世にあり続ける限り、不滅ってこと?しかも生命より概念に近いって……」
「この世全ての悪意の化身か……とんでもないものを神界は相手にしてるんだね。」
ルークとルシアは再び、時間差で浮かび上がってくる文字に目を通す。
本に浮かび上がった内容はさらに続いていた。
二人はその一節を読み進め、驚愕と共に理解を深めた。
【初代全神王は、ヴァラルの脅威に立ち向かうため、分断されていた世界を統一し、それが現在の天上神界の起源となった。】
【ヴァラルは唯一の目的は、この世界に混沌をもたらし、全ての生命を不幸に陥れることである。】
【これまでヴァラルは、あらゆる手段で幾度となく世界に戦いを挑み、知性体を恐怖と絶望に陥れ続けてきた。】
「なるほど。天上神界は元々ヴァラルに対抗するために建界されたのか。初代全神王様は、次元も文明も何もかもバラバラだった宇宙を全て統一した。そして全盛期の天上神界という超巨大な複合文明を一代で作った。」
「そ、それはとんでもないことよ?もしこの話が本当だとしたら……初代全神王様はそれこそ神様みたいな存在じゃない……そしてヴァラルがそんな初代様でも、倒しきれなかったんだとしたら……」
「または……何か別の意図があって倒さなかったのか……どちらにせよ……」
「えぇ。今の天上神界では対抗しきれないわ。」
ルークとルシアの間に、重苦しい緊張が走った。
この世の因果律さえも超克し、神のごとき力を持った初代全神王でさえ倒さなかった存在が、未だに脅威として残っているのだ。
その事実は、これからの未来が絶望的であることを示唆している。
文明の技術レベルや神術の衰退を見るに、天上神界の力は確実に衰えている。
文明のピークを過ぎ、ゆっくりと終焉に向かっているのだ。
それにも関わらず、ヴァラルという脅威だけは今もなお健在......
未だ虎視眈々と天上神界を狙っているのだ。
恐怖と不安が二人の間に広がり、未来への希望が薄れていくのを感じた。
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