11話ー➅ 奇跡と再生の果実






「被検体056番。何言ってやがる?狂っちまったか?妹はとっくに実験で死んだじゃねぇか。」



 何を……言っているんだこいつは。

エリーは生きている。未来で生きている。


 錯覚でもクローンでも記憶のコピーでもない。

それは兄弟だから分かる。兄妹......兄妹?



「嘘をつけ!エリーには再生能力がある。そんな簡単に死ぬはずがない!」


「はぁ?なんだそりゃ。アイツにあんのは毒物耐性だろ?超再生新薬の発現前に死んじまっただろ。」



 何を言っているんだ。

エリーの再生能力は施設に来る前から神族レベルだったはずだ……。


あれ?


なぜ……僕は施設に来る前のエリーに、再生能力があることを知っているんだ?



「勿体ねぇ。お前の妹なら再生の新薬に耐えられただろうに。どうせ奇跡的に手に入れた薬なんだ。」



 意味が分からない……再生の新薬なんて存在しないはずだ。

文明の頂点を極めた神界でさえ、そんな薬を簡単に作れるわけがない。


 人体の細胞レベルで変質させる薬がこの世界で作られるなんて......

奇跡が起こってもありえない。



「奇跡的に……だと?ふざけるなよ。」


「あぁ?よく知らねぇけどよ。粒子加速器の誤作動でな。小型のブラックホールができちまったんだとよ。」


「な、何の関係があるんだ新薬とブラックホールに!そんな不安定なものすぐ消えて終わりだろ。」



 加速器?こいつらは一体何を考えているんだ。

時間や物質の研究でもしているのか?


僕の記憶では、ここはただの人体改造施設だったはずなのに。


 そもそも僕が記憶している監獄とは細かい部分が違う……

さらに言えば僕の被検体番号は079のはずだ。



「ま、最後まで聞けや。こっからが面白いんだからよ。そん時のブラックホールは中々消えなかったらしい。だが問題はその後だよ!ブラックホールの中から液体の水が流れ出したんだ。その水と流れてきたんだよ!二つの奇跡が!!再生の果実が!!」


「はぁ?桃太郎でももっとマシだぞ?光さえも閉じ込めるブラックホールの中から水?果実?ついに幻覚でも見始めたか?」



 桃太郎?そうか、神界に昇天した後に読んだからか……

どうやら過去と未来の記憶が混ざっているようだ。


 そうなるとブラックホールではなく特異点?......奇跡的に別の世界に繋がった?だけど現時点の天界だってそんな薬……いったいどこに繋がった?



「これはマジだぜ?それにあのイカレた老害の1人が、流れ出てきた水を飲んだんだよ。そしたら若返っちまったんだ!」


「は?そもそもあのクソ野郎共が、加速器の中の水なんて飲む訳ないだろ?僕らの実験だって強化ガラス越しなのに。」



 何を言ってるんだこいつ……

僕の事をからかってるのか?荒唐無稽すぎて到底信じられない。



「んなもん。知るかよ。次の改造実験の時に見てみろ。全員若返ってんぞ?話を戻すぜ。それでそのうちの1人が……」


「そのうちの1人が欲を出して、果実にも手を出して死んだんだろ?それでもう1つの果実は手を付けずに保管してるんだな?何が薬だ。自分達が作ったみたいに。全然別物じゃないか。」


「死んだわけじゃないぞ?生きたまま植物の温床になっちまったんだ。恐ろしい話だよな。おまけに生えてきた植物の毒性がやべぇ。10メートル県内に1分いるだけで、ほぼ確実に死んじまう。」


「ふざ……けるな。そんなものを妹に飲ませるつもりだったのか!!耐えられたとしてどんな副作用があるかも分からない!!」



 腸が煮えくり返る思いだ……

こいつらはエリーがどんな目に遭おうと、最強の兵器になればいいと思っている。


 きっと隣にいる肉塊も、どこかから拾われてきた子供だったのだろう。

 ……僕らと同じように。



「お前はよくやってるよ。妹のような毒物耐性があるわけでもない。エデックのような生まれ持った身体能力もない。それなのに誰よりも長く、そして多くの実験に耐えている。なんだっけか?肉体じゃなく、魂に物理干渉できるんだっけか?」


「……それだけだ。新薬投与の時はいつも死にかける。僕はたまたまそういう体質だっただけだ。心臓の中に触れる状態の魂が内蔵されている。直接魂に新薬を注射する苦しみが分かるか?」



 そうだ……そうだった……

あの頃の僕は、本来物理法則で干渉できないはずの魂が、触れる状態で心臓の中に格納されていた。


 神界に昇天し、肉体が作り替えられてから、そのことをすっかり忘れていた……。



「知るかボケ。そろそろいくぜ?怒られちまうからよ。明日も実験だ。気を抜いたら妹みたいに死ぬぜ?」


「エリーは死んでなんて……」


「わーっかたわーかった。じゃーな。」



 どうして……ここで言葉が詰まるのだろう……

「エリーは死んでいない」と言ってしまえばいいものを……



未来ではエリーは間違いなく生きているのに……



「ったく。言葉を話せる奴がお前だけになっちまったな。キメラに肉塊に。他の被検体は全員お」


 ルーク。


 ルーク!


 起きて……


 お願い……


 目を覚まして……



 今にも泣き出しそうな......

そんな苦しそうなルシアの声が聞こえて僕は目を覚ました。



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