第2話 テレポーターと、閑話休題 ~終章~

「あはは! 私、海なんて久しぶりに入ったけど……なんだかんだで楽しいね!」

「……なぁ、貴様」

「ほら、みてみて! ヒトデー!」

「今、ちょっと考えてみたんだが……」

「うわっ! ヒトデの裏側ってこんななんだ~! うへぇ~、気持ち悪いね!」

「僕……いや、我らはどうして、こうなったんだろうな……」


 少しだけ時間は飛んで、現在。

 ドンキで買ったゴスロリ衣装を脱ぎ、なぜか水着に着替えてシュノーケルをめた私――冤枉えんおうと、同じくなぜか水着に着替えて浮き輪で海に浮かぶ彼――レンと名乗ったその少年は。

 よりにもよってこんな状況で――真夏の海を、満喫していた。

 

「本当にどうして……どうしてこうなったんだ!!」


 レンが浮き輪の上に仰向けになった状態で、頭を抱えて叫ぶ。


「……だって、しょうがないでしょ? あのままじゃ君、犯罪者になってたし」

「だからってあんな、あんな……う、うわぁあああああ!!」

「うるさいなぁ……もう諦めなって。過ぎたことだよ?」


 羞恥で再び叫んだレンを私は、たしなめるようにしてそう言った。


 ……さて。では、ここに至ったまでの経緯を、私が手短に説明するとしよう。


 あの状況からの脱出は、私が思っていたより何倍も簡単だったのだ。

 そう、簡単な話だった。

 ここが海水浴場の女子更衣室だということを、海の匂いと水着の柄や形で確信した私はまず、なり。

 そして、レンに私のことを

 さらに、気弱な弟を装わせるために、私に

 仕上げに、レンに「ふえぇん! おねぇちゃん怖いよぉ~!」と

 見事、私は気弱な弟を無理やり女子更衣室に連れてきた強引な姉と思われて。

 レンは姉に逆らえなかった可哀そうな弟だと思われて。

 つまるところ、私たちは微笑ましい兄弟だと思われて。

 そして脱出できたのでした。

 めでたしめでたし。

 

「いやいやいや、なんッにもめでたくないけど!?」


 両手をワキワキとさせながら、火を吐く勢いで怒っているレン。

 私は再び呆れながら、


「でも、犯罪者になるか尊厳を捨てるかで、後者を選んだのは君の方でしょ?」

「そもそも、その二択しか選択がなかったのがおかしいんだってば!」


 彼の怒りはどうやら、収まるところを知らないらしかった。


「……でもさ、なんだかんだ言って、君も乗り気だったじゃない」


 私はそんな彼の怒りに、水を差すようなことを言う。


「水着レンタルできる場所を探して、そこで水着を借りてきてって、私はそう言っただけなのに、どうして君はシュノーケルと浮き輪まで借りてきたの?」

「う。そ、それは……」

「まぁ確かに、君のあのアドリブで助かった部分もあったけどさ。でもあれは、乗り気だったとしか思えないような行動だよ?」

「……海に来るのは、久しぶりだったし……」

「え? なんて?」

「あー! もういいもういいもういいッ! さっきからうるさいんだよお前!!」


 ……これは水じゃなくて、うっかり油を差してしまったみたいだ。

 彼の怒りのメーターが、ぐんぐんと上がっていくのが分かる。

 喋り方もなんとなく、どんどん素の状態が出てきてる感じがするし。


「それにもう少し考えたら、もっと良い案が浮かぶ可能性だって……」

「でもあの状況には、考えるための時間なんて少しも無かったからなぁ」

「僕にあんなことをさせなくても済むくらいのことは考えられたでしょ!?」

「それは結果論だよ。その場で思いついた作戦で成功したんだから、あれが最善策だったと思うけどな」

「でも! でも、でも、でもでも!!」

「まぁまぁ、そんなに怒らないで。せっかく犯罪者にならなくて済んだっていうのにさ。……というか結局、君を助けたのは私なんだし、少しは感謝くらいしたてもいいんじゃない?」

「できるか!!」


 私は彼を落ち着かせるために、そのおでこにヒトデを貼って、


「まぁまぁ、ちょっと落ち着いて」

「う、うわぁ! 気持ち悪い! 貴様、いきなり何をするんだ!!」


 そのまま、ずっと不思議に思っていた質問をぶつける。


「……で、なんで私はこんなところに――真夏のビーチに転移させられたわけ?」


 彼は唐突に、真剣な表情に戻って――さっきまであんなに怒ってたのに。しかもおでこにヒトデを乗せたままだ。器用なことができるんだなぁ。……いや、これはツッコミ待ちなのか?――私に顔を向け、


「……本来はな、あそこにぼ――我の所属している、組織の隠れ家があったはずなんだ」

「本来はって……じゃあ、なんで無くなっちゃったの?」

「それは……」


 と、彼は何を迷っているのか、しばらく悩んでからポツリと、


「……極東異能力者管理機構F・E・E・M・Oの内部には、派閥ってのがあるんだよ」


 ……私にはそもそも、その極東異能力者管理機構F・E・E・M・Oってのが何なのか分からないんだけど……まぁ、それは質問しなくても良いか。

 名前だけでもどんな組織なのか、大体の予想はつくし。

 それにその組織も、どうせ数百年後には無くなっているだろうし。

 わざわざ、話の腰を折ってまで、説明させるほどの事でもないだろう。


「……派閥?」


 私は話の腰を折らずに、レンに説明をうながした。


「ああ。例えば、誰に師事しているか、誰の思想に基づいて行動しているか……みたいな。多分そういうやつだろう」

「なんか、適当な説明だなぁ……」


 私がジト目で見つめていると、レンはゴホンと、ワザとらしく咳払いをしてから、


極東異能力者管理機構F・E・E・M・Oは長年、妖異ようい――君のような生き物を、時には駆除、時には管理して、この社会の秩序を守ってきた。……でも、そんなことをしている内に、次第に職員の妖異に対する考え方の違いが原因で、争いが起きるようになってしまってね。それで、派閥というものが生まれてきたんだ」


 私の疑問を見透かしたように、レンが根本から説明してくれる。

 ……なるほど、そんな仕事もしているのか

 どうやら、極東の異能力者を管理しているだけではないらしい。 


「現在存在している派閥は、大きく分けて四つ。

一つ目は、妖異との相互理解と共生を望む、調和派の大仏おさらぎ派閥。

二つ目は、妖異と人類が関わることを禁じ、人類は人類だけで生きていくべきだと主張している、保守派の鹿籠こごもり派閥。

三つめは、妖異の力を研究し、自らの体に取り込むことで人類を進化させようとしている、急進派の八十島やそしま派閥。そして――……」


 と、それから彼は少しだけ、悲しそうにうつむいてから。


「――そして、最後。妖異を世界から排除することでしか人類に進歩は訪れないとする、過激派の神崎かんざき派閥。……これで四つだ」


 私は眉をひそめた。


「ねぇ、君。私の勘違いじゃなければ、君の苗字は確か……」

「――そう。僕は神崎派閥の現会長、神崎タダミチの一人息子だ」


 そんな、恐ろしいことを。

 排除に対する抵抗もできないほど、ただただ無力な私に対して。

 気遣いも配慮も遠慮もなく、彼は冷たく告げた。


「……安心しろ。貴様を駆除するつもりはない。最初に言っただろ? 『連行する』と。僕には最初から、お前を駆除するつもりはないんだ」


 それにそもそも、僕ごときの力でお前を駆除なんて、できるわけがないからな。

 吹っ切れたような笑顔でそう告げるレンに、私はなおもいぶかしげな表情を崩さない。


「……で、結局どうして私は、こんな海岸に飛ばされたの?」

「言っただろう? あそこには我の所属する組織の隠れ家がと。おそらく僕が君を探している内に、その隠れ家を舞台にして派閥争いの小規模な戦闘が起きて……その影響で潰れたんだろうね。まぁ、といってもあの基地は、10日前にはまだ残ってたんけどさ」


 と。

 そこまでよどみなく言った彼は、頭を掻きながらも続ける。


「……でも、そこから先は流石に想定外だった。我の能力――転移テレポートには、様々な制約があるんだよ。例えば、自分以外を転移させる場合は、その対象に自分の手が触れているか、もしくは10秒以上を対象を目視し続けなければならない……みたいな」

「なるほど。なんでもかんでも自由に転移させられるわけではないんだね」

「まぁ、そういうことだ。……そして、その数ある制約の中の一つに、転移する場所は、自分が完全に記憶している場所と、目印になるような目立つ物体が存在する場所のみに限定されるというものがあるんだ。だから本来の計画では、その隠れ家の中にたった一つだけ設置されていた、やけに恐ろしい外観をした牢屋を目印にして、そこの中にお前を転移させる予定だったのに……なぜか、元々牢があった場所が、女子更衣室になっていて……」

「……いや、そんなことってある……?」


 私は思わずツッコミを入れた。

 牢屋が女子更衣室って……そんなピンポイントに建て変わることあるか?

 しかもその隠れ家が潰されてから、女子更衣室が建てられるまでのスピードが速すぎるし。

 ……いや、今はそんなことよりも。


「でもさ、神崎派閥って過激派なんでしょ? そんな派閥が戦闘で、他の派閥に負けるなんてことは、ないと私は思うんだけど……」


 私は少しだけ気になっている事を、再びレンに投げかける。


 そう。彼の説明を聞く限り、その神崎派閥というのは過激派――つまり、どう考えても戦闘特化の集団のはずだ。

 なのに、他の派閥との抗争に敗れて、所有していた隠れ家を破壊されるなんて。

 ……そんなことが、果たして有り得るのだろうか?


「ああ、その通りだよ。神崎派閥がこと戦闘で、他の派閥に負けるなんて……そんなことは、有り得ない」


 へらへらと、相変わらずの吹っ切れたような笑顔で、そんなことを言ったレンは。

 ……しかし。


「じゃあ、隠れ家はどうして――」


 ――無くなったの?

 そう言おうとした私の声を、さえぎるような大声で、


「――動くな!!」


 そんな緊張感を与える声が、目の前の浮き輪に乗った少年から……ではなく。

 発せられる。

 海が荒れる。髪が揺れる。

 異能の力の残滓が――青白い光が、海の上へと降り注ぐ。

 ……しかし、浮き輪に乗った少年は、その笑みを全く崩さずに――。


「……レン。お前――私をハメたな?」


 私は不気味な威圧感を――何百年も練習して、ようやく出せるようになったその威圧感を、練習通りに周囲に発する。

 ヘリから身を乗り出した、全身黒ずくめ、片目に眼帯、血まみれの包帯を両手に巻いて、銃をずらりとこちらに向けた男達が、想像通りに顔をしかめる。


 ――しかし、だが。

 神崎ノアは笑っている。

 まるで全て分かっている――私が弱いということを、分かっているかのように。


 ……いや、そうだ。そもそも。神崎派閥の転移使いテレポーターがコイツだけなんて、そんなご都合主義なわけがなかったんだ。

 なら、今まで私としていた会話は全て、この状況に持っていくための時間稼ぎだったのか……?


「今すぐ両手を挙げて投降しろ! 10秒以内にその動作が確認できない場合、武力を行使する! 繰り返す――……」


 ……いや、でも。

 でも、何かがおかしい。

 私に引っかかっているこの、謎の違和感の正体はなんだろうか。

 何か、とても大切なことを見落としているような……。


 私はなおも威圧を解かず、今までの記憶に沈んでいく。

 全身全霊を思考回路にして、その小さな違和感の正体を探る。

 

 ――『妖異を世界から排除することでしか人類に進歩は訪れないとする、過激派』


 ……そうだ、彼らは過激派。

 本来私を見つけたら、即座に戦闘になってもおかしくないような集団のはずだ。

 もし、万が一に備えて私を警戒していたのだとしても、のはなぜ……?


 ――『安心しろ。貴様を駆除するつもりはない。言っただろ? 連行すると。僕には最初から、お前を駆除するつもりはないんだ』


 そもそも最初のあの発言も、よくよく考えてみればおかしい。

 なぜ『妖異を世界から排除すること』を目的とする神崎派閥に属しているはずなのに、私に『』と伝えた?


 ……確かに、この状況に持っていくためのブラフだったと考えれば、この発言も筋が通っているように見える。

 だが、それはこの発言を考えた場合の話だ。

 そもそも彼は最初から、はずじゃないか。

 そう、私がパフェを食べようとしていた――私が、それで済んだ話じゃないか。

 ……なのに。

 なのになぜ、彼はわざわざ名乗るなんて、そんな自ら不利になるようなことをしたんだ……?


 ――『神崎派閥がこと戦闘で、他の派閥に負けるなんて有り得ない』


 ……そうか。そういうことだったのか。

 だから彼は、こんな真似を……。

 私は、違和感の正体を確信する。


 つまり、彼は――神崎派閥の会長の、一人息子である神崎レンは、――……


「貴様……いや、もう気取る必要はないのかな」


 彼は頭上へと顔を向けて、独り言のようにつぶやく。


「そう。君の思っている通り、これは時間稼ぎだった。僕の能力――転移テレポートには、さっき話した制約ともう一つ、直近使用した際の移動距離に応じて、再び発動するまでに制限がかかるという制約があるんだ。だから、その制限が解かれるまでの時間を、僕はこうして――冤枉という伝説上の存在を脇に置くことで保険を掛けながら、稼いでいたんだよ」

「……念のために聞いておくけれど、それは……どうして?」


 私が答え合わせをするように、彼に質問をした、その瞬間。

 彼は、おでこに乗ったままだったヒトデを――とても目立つ派手な赤色をしたそのヒトデを、私に向かって力いっぱいに投げつけながら。

 そして、やけに格好つけた顔をして――大胆不敵に笑いながら、言った。


「こいつらを――裏切り者の僕を始末するために、父さんが送ってきたこの軍勢から逃げ切るために……だ!」


 黒服のカウントダウンが、0を数えた。

 瞬間、レンが浮いている場所に、銃弾の雨が降り注ぐ。

 ――しかし、彼はもうその場にいない。


「クソッ! あそこだ!」


 その言葉を合図に、黒服達が私に――いや、先ほど私に投げつけたヒトデの場所に銃口を向ける。

 そう。レンはのだ。

 

「――僕に捕まれ、冤枉!」


 レンが私に手を伸ばす。

 彼は、伸ばされた手を反射的につかんだ私を確認してから、掴まれていない方の手を、空中に高くかかげると――。


「能力制限解除! 長距離転移ロングテレポート――ッ!!」

「……ねぇ。さっき銃弾から逃げた時は、そんなこと言わずに転移できてたよね。もしかしてだけどそのセリフ、本当は言わなくていいんじゃ――……」


 ――例の青白い超常の光が、私たち、そして私の冷静なツッコミをも飲み込む。


 そして私たちは、すっかり空気の抜けてしまった、穴だらけの浮き輪だけをその場に残して。

 見事、転移に成功したのだった。

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異能バトルの閑話休題を、私と少しだけドラマチックに 樟阿木夫 @kusuaki0

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