星をおとす

 ぴんぽーん。

「はい、サンタクロースです」

 頭がおかしくなったのかと思った。

 いろんな意味で。

「サンタ」

「はい」

「なんで」

「なんで、って」

 寒くないんだろうか、など、混乱のあまりどうでもいいことを思う。

 目の前の、これからAVの撮影ですか、みたいな安いサンタコス女が胸の谷間から一枚の紙を取り出す。

 なんだそのお色気要素は。

 ともかく、その、無駄なアクションのせいでくしゃっとなってしまった紙には見覚えがある。

 クリスマスに、わたしがサンタクロースに宛てて書いた手紙だ。

 子供っぽいとわかっている。今でもなんとなくというか、習慣のように続けてしまっている。

 その最新のものをわたしに見せてきた。

「呼んだでしょ」

「いや、別にそのつもりは」

「でもちょっと、剣呑だね」

 その手紙には、『サンタさんへ、いい感じに大きめの隕石が落ちて地球が滅びますように』と書いたのだった。

「剣呑だよ。検温じゃなくて」

 まあこんな世の中だし、似たようなもんだけどね、と笑うこのバカエロ女は、本当にサンタなんだろうか。

「帰ってもらっていいですか」

 こんな世の中なんで。

「え、隕石落としたくないの」

「ものの例えです。帰ってください」

「地球滅ぼしたいんじゃないの」

「サンタじゃなかったんですか」

「サンタだよ」

「じゃ、なんでそんな物騒な願い事を叶えようってんですか」

 あまりにも、と思って自分で突っ込んでしまった。

「だって、君はいい子じゃん」

 こういうことらしい。

 いい子にしていたらサンタクロースがプレゼントをくれる。いい子でさえあれば、プレゼントの中身は問わないらしい。

 詐欺か、お役所仕事か、どっちだ。

「いい子、ねえ」

「ゴッドサンタのお墨付きだから文句なし」

「誰」

 むしろこれでほんとにサンタの組織だったらいやだな。

「で、どうする。隕石じゃなくても、人工衛星とかでもいいよ」

 病原菌とかよりはおすすめ、って言われてもそれは流石に洒落にならない。

「いいの」

「まあね、わかるよ。きみはいい子だからさ、そりゃほんとに隕石ドーンつってさ、周りに迷惑かけたらどうしようの一番ひどいのが来るわけだからさ」

 目の前のバカ女が、まるで緊張感というものを感じさせず続ける。

「でもまあ、きみはいい子だから、それが許されてもいるわけ。ドーンといっちゃいなよ」

「いやですよ」

「素直になりなって」

 埒があかない。

「あなたは死にたいっていう人間にとどめを刺しますか」

「うん」

「行間、っていう日本語わかりますか」

「何それ」

「わたしの場合、地球を滅ぼしたいというのではありません」

「えっ」

 思わず英語を直訳したような変な敬語になってしまう。

「地球を滅ぼしたいくらい日々がつらい、という意味です」

「滅ぼせばいいじゃん」

「別に、地球が滅んでも原因は解決しないんですよ」

「でもスカッとはするじゃん」

「じゃん、て軽く言うような問題じゃないんですよ」

 もうなんか馬鹿馬鹿しくなってきた。

「わかった、さてはわたしのことを信じてないな」

 目の前の女がむむむ、と眉間にしわを寄せて足りない脳みそを集めるかのような仕草をすると、突然どん、と大きな音が響いた。

「何やったの」

「君の職場にいい感じの大きさの隕石をプレゼント」

「何てことしてくれたの」

 確かに、職場の方角が一気にざわつき始めた。

「スカッとしたでしょ」

「それどころじゃない」

 わたしは慌ててスマートフォンをチェックする。

 ツイッターのトレンドに入っている。『君の名は。』のポスターにコラージュした悪質な画像が半笑いでシェアされている。

 遠方の友人から『大丈夫?』とラインが来ている。

「ちなみに、お試しなので死傷者は出ていません」

「そういう問題じゃないでしょ」

「やっぱりたくさん殺した方がよかったかな」

「そうじゃなくて」

 ああもう、泣きそう。

「元に戻して」

「無理」

 あああ。

「なんで」

「遠慮しなくていいんですよ」

 違う。

 このままではわたしのせいで世界が滅ぶ。

「あれ」

 いま気づいたのだが、もう一件ラインが来ていた。差出人を確認する。

 中身は読まなくていい。そのままポケットにしまう。

 そっか。

 なんでこの子がわたしのところに着たか、少しだけわかった気がする。

「あのさ、もう少し時間ある」

「お付き合いしましょう」

 目の前のサンタコスバカ女はいっこうに寒いと言わないが、さすがにそろそろわたしの方が冷えてきた。

「コーヒー、いる」

「紅茶の方が」

 まじでなんだこいつ。

 仕方ないのでティーバッグで淹れた。

「砂糖とミルクは」

「がんがんに入れるんでください」

 ふとまな板の上に置きっぱなしの包丁に目が行く。

 まじでこいつ殺してやろうか。

 殺したとして死ぬんだろうか。

 やだなあ、サンタ殺し。

「お、そろそろブラタモリ始まるじゃん」

「わたしの話を聞いてくれるんじゃなかったの」

 まるで自分の家かのようにくつろぎ始めたので、あらためて目的を説く。

「はい、はい。忘れてないですよ」

「いいけど」

 もう、なんなの。

 サンタの前にシュガースティックとミルクポーション、そして紅茶を置く。

「もっとなんかいいカップとか無かったわけ」

「殴るよ」

 わたしの瞳に確かな殺気を感じたのか、おとなしくなった。

 冷蔵庫からペットボトルコーヒーを取り出して開ける。職場でもらった、量が少ない分少しだけ味のいいやつ。

「サンタはさ、ボードゲームってやったことある」

「人生ゲームなら負けなしです」

「なるほどね。ボードゲームにさ、協力型っていう、参加者全員でひとつの目的を達成するために努力するタイプのものがあるの」

 病原菌の繁殖を食い止めたり、花火を打ち上げたり。

「わたしはなんか、そういうのが苦手で。全然いい子じゃなかった。だからあんたみたいなのが隕石落としに来るのかもしれないけど」

 エロサンタコスの女が興味深そうにこちらを見ている。

「どうやったら、場の空気を壊さずに失敗させられるか、ってことばかり考えてた。できるだけ、できるだけ自然に。怪しまれないように」

 手元のコーヒーは無糖で、ケミカルな苦さがする。

「そういうことだけ上手かったから見破られずにやってたんだけど、ついに気づく人間が出て」

 目の前の女は話が長くなりそうだと思ったのか、いかにも退屈そうに、けれどいちおう話は聞いている風を崩さない。

 意外と律儀だ。

「もうちょっとだから聴いて。その子とね、少し前まで付き合ってたんだけどさ」

 テレビの隣の棚に、彼女のボードゲームが箱ごと置きっ放しだ。

「別れちゃった」

 と、それまで興味なさげにしていた女がぐっ、と乗り出してきた。

 現金な女。

「たぶん、コロナのせい。だけどそれはきっと言い訳で、同じような環境で上手くやってる人たちなんてたくさん居て、だからなんていうか」

「まあまあ、落ち着いて。コーヒー飲みなよ」

 ずずず。

「わたし、いい子なんかじゃなかった」

「いい子はみんなそう言うんだよ」

 犯罪者じゃあるまいし。

「だからなんか、あんたみたいなのが来るのは」

「なんか失礼なことを言われてる気がする」

 少しだけ、沈黙が場を支配する。天使が通る、なんて言い方があるけど、目の前に居るのはサンタだし、どちらかというと悪魔に近い。

「なんか、なんか。ウイルスぐらいじゃ世界は滅んだりしないんだなって」

「そうだよ。こう、いい感じの隕石が落ちてくるぐらいじゃないと」

 なんか上手いことでも言った風に得意げな顔をする目の前の女。

「ねえ、サンタ」

「なんでしょ」

「やっぱプレゼントいらないよ」

「そうですか」

 手元のペットボトルはもう空になっていた。

「なんていうのかな、話聞いてもらったから、それがプレゼントみたいな」

 いきなり、スマートフォンがけたたましく鳴る。

 緊急速報だ。

「いい話みたいになってますけど、受け取りの拒否ってできないんですよね」

「えっ」

「メリークリスマース」

 どん。

 地球は滅んだ。

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文学賞応募作品集etc. 黒岡衛星 @crouka

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