ハイパー・オカルト・サイエンスー三流ゴシップ誌の女記者と無精ひげのプー男が挑む超常科学事件簿ー

泡沫の変幻自在的悪夢 後日談

※　　※　　※

　一か月後。月刊オカルト・サイエンスの事務所にて――――。

「ぼ、ぼ、ぼ、ボツぅ！？　え、ボツなんですか私の原稿！」

「ああ、ボツだ」

「なんでなんでなんでぇ！？　入院中だったのに一生懸命書いたんですよ！？　なのに、退院後の初出社でこんなこといわれるなんて！　ええ、なにこれ！　現実って厳しすぎないですか！？」

「現実の厳しさに嫌気がさしたならさっさと降りてもいいんだぞ？　この世はゲームだ」

「嫌です！　おりません！　ですが納得の行く説明をお願いします！」

　風香は編集長の机を両手で叩きつけて詰め寄った。

　編集長はふいーっと煙草をふかして、風香を睨み返す。

「お前が関わった事件は、いわば裏だ。この世界の裏側の事件だ。表にはだせん」

「どーいうことですかそれ！」

「だが、あの手の記事は専門の買い取り屋がいる。そこで高値で買ってもらえたから、評価はしてやろう。いい子だ」

　編集長はまるで犬に言い聞かせるように風香に告げた。

　風香は自分の記事が世界を激震させるのではないかと期待に胸をふくらましていただけあり、あの事件が世間に公表されないと知ると一気に気分が落ち込んできた。

　そこで彼女は、午後の仕事を放棄することにしたのだった。

「でしたらその評価をもとのフラットな状態にしていただいて構いませんので、午後の仕事はボイコットさせていただきます。では」

「勝手にしろい。あ、そうだ、北原」

「なんでしょう。引き留めても無駄ですよ」

「次も期待しているぞ」

「…………」

　風香はなにも答えず、バッグを肩にかけて事務所を出ていった。

　街はすでに春の様相となっていた。公園の近くに来ると、桜の良い香りがした。

　誘われるように公園に入って、ベンチで一休みする風香。

　深いため息をついてうなだれた。

「もう、ほんっとうに最悪」

「ああ、畜生。なんて最悪なんだ」

「「ん？」」　

　風香が顔を上げると、隣には陽斗がいた。

　彼は皺だらけのリクルートスーツに身を包み、煙草をふかしていた。

「あんた！　なんでこんあんところにいるのよ！」

「それはこっちの台詞だこの野郎！　いまは仕事中じゃないのかよ！」

「ああん！　うるっさいわね！　この間の事件が公表できないって言われてバックレてやったのよ！」

「だーはははは！　ざまあないな！　なーにがピューリッツァー賞だ馬鹿め！」

　腹を抱えて笑いだす陽斗に、風香は血圧がぐんと上昇するのを感じた。

「あんたこそなんでこんなところにいるのよ！　だいたい禁煙したんじゃないの！？」

「禁煙なんてできるわけねーだろこんな世知辛い世の中で！　酒と煙草がなきゃなーんもできませしぇーん！」

「それで？　なんでいるの？」

　風香が頬杖をついて冷静に問いただすと、陽斗はしおしおと肩をすぼめ、視線をきょろきょろとさまよわせながら口を開いた。

「俺はあれだ……面接中なんだ……今回で五社目の……」

「ふーん、あの、太田さんは？」

「あいつは即採用された。もともとシステムエンジニアだったから、就職先はいくらでもあった。でも俺は……」

　二人そろってため息をついた。

　陽斗が、風香の隣に缶ビールを置いた。

「飲むか？」

「もらうわ」

　季節は春。

　泡沫の悪夢も覚め、生命が芽吹く始まりの季節がやってきた。