変態クソレズ公女

「少々席を外していただいてよろしいでしょうか」


「いえ、しかし」


「おかしなことはしませんから心配ご無用ですわ、おほほほほほほほほほほ」


控室に着いた私は侍女二人を強引に追い出し、扉の内鍵をかけセレナに向き合う。

しかし、何を考えているのか、セレナは躊躇いなくドレスを脱いでいた。


「セレナ、少し話を―――」


彼女との距離を縮めた途端、セレナの身を包んでいるドレスがすとん、と地面に落ち下着姿が露わになる。

彼女の瞳は潤み、表情に艶を帯びている。


「お姉様、私、大人になりました」


「え、えぇ、そうね」


嫌な予感がする。


「もう、子供ではありません」


接近した彼女は、あろうことが私に抱きついた。


「セレナ、何をしているのですか!」


「お姉様、愛しています。私のつまらない世界を否定し壊してくれたあなたを、生き方は一つではないと教えてくれたあなたを、どうしようもなく愛しています。ずっと、初めて出会った時から今まで、お姉様のことを考えなかった日はありません」


どうしてこうなってしまったのかしら。

私はただ、セレナを可愛い妹のように思って接していただけなのに。


「で、でも、どうして急に結婚なんて……」


「もう間もなく、私は顔も知らない男と政略結婚することになるでしょう。そんなの、耐えられません。でも、お姉様と共に生きていけるのなら、どんな場所だって怖くない。例え、籠の中で一生を過ごすことになっても、お姉様がいれば、そこは楽園に変わります」


彼女が私だけに見せる心の内。

それは、普段は見せることのない彼女の純粋な感情。


私だってセレナのことを愛している。

しかし、だからこそ、それを受け入れるわけにはいかない。


「あなたが好きになったのは、他者の庇護下で安穏と暮らす女なの?違うでしょう?私は自分の力で名を上げ、いつか、ここからあなたを連れ出してみせる。それまで、待っていてほしいの」


「ああ、お姉様、そのような目で見つめないでくださいまし。私の心が揺らいでしまいますわ。でも、無理なのです。私たちはこの社会に組み込まれてしまった。そこから抜け出す時は、罪を犯した時か、死ぬ時ですわ」


「それが何だというの。私はあなたと、ここではない世界で生きていけるのなら、罪を犯しても命を賭してでも構わない。その覚悟がありますわ」


「そんな、考え直してください。お姉様は、この社会の恐ろしさを知らないのです。もしもお姉様が亡くなってしまったらと思うと、それだけで気を失い倒れてしまいそうですわ」


私を抱く彼女の腕に力が籠る。


「お願いします、私を、独りにしないでください」


このままセレナの提案を受け入れるなら、結婚うんぬんは抜きにしても、きっと、安全が保障された楽な一生を送ることができるだろう。

しかし。


私はなんとか腕を動かしセレナの脇腹をつつく。


「きゃん」


そして、拘束が緩んだ瞬間を見計らい強引にセレナの腕を解き、セレナの肩を掴み、その瞳を真っ直ぐ見つめる。


「セレナ。よく聞いてね。私は、ここから抜け出さないとならないの」


「……それは、私のお願いよりも大事なのですか」


「ええ。貴族に生まれ何も考えずに造られたレールの上を走るだけ。そんな人生に価値はあるのかしら?いいえ、あるはずもないでしょう」


「お言葉ですが、そもそも人の生に価値があると本気で思っているのですか?今まで私が出会った人間に生きる価値があるものなど、誰一人としていませんでした。……私自身だってそうです。それなら、私も皆のように自分の欲のままに生きてもいいでしょう」


セレナの綺麗な瞳が少しずつ濁っていく。


「お金に価値があるのは、それでしか物を買えないという特性があるから。そう考えれば、人間にだって他の動物にはない価値がある」


「……それは、何ですか」


「私たち人間は本能を理性で殺し、エゴを愛で殺すことができる。そして、自分の意思で全くの見ず知らずの他者のために命を懸けることもできる。それが人の生きる価値。それこそが、エゴに満ちた強者と家畜の平和を貪る弱者によって築かれた社会に抵抗し人として生きていける唯一の道だと思うの。それこそがまさに、私が望む生き方なの」


「……それで、どうするというのです」


「とりあえず、家を出て人助けの旅でもしようと思うの。まぁ、私に出来ることなんてたかが知れているけど、家畜として生きることを強いられた人たちに知恵と少しのお金ぐらいなら与えられるはずだから。そうやって、拙くても自分の足で歩いて経験を積み重ねて、いつか、あなたを迎えに行くから」


「でも―――」


「セレナ、私の目を見てちょうだい」


伝えられることは全て伝えた。

これ以上はもう、私の意思がどれほどのものか彼女に理解してもらうほか、ない。


「……どうやら、決意は固いようですね。お姉様はひどいお方です。それなら、事前に私に言ってくださればよかったのに」


「ごめんなさい、私も迷っていたの。でも、セレナがそれほど私のことを想っていてくれるのなら、もう迷うことはないわ。だから、少しだけ待っていてほしいの。あなたを助けられるくらい、私は強くなって見せるから」


説得は、上手くいっただろうか。


「よく、わかりました。お姉様の想い、大変嬉しく思います」


佇まいを正したセレナ。

その姿勢には、いつもの凛とした雰囲気が戻っていた、かのように見えた。


「それじゃあ」


「―――ですが。お姉様、私のことを勘違いしておりませんか」


「な、なに?」


セレナは再び、私ににじり寄ってくる。

彼女の瞳には欲望の灯がともっており、今までの規律正しい姿とは大違いだ。

そして、彼女の育ちのいい身体を、私へと存分に押し付けてくる。

先程の抱きつき方とは違い、性欲に満ちた密着の仕方。


「他の誰かに花を散らされるくらいなら、私は、お姉様がいい。お姉様以外考えられない。周りのことなど関係なく、私はただ、お姉様と交わりたいのです」


絡み始める私の手とセレナの手。

ああ、こんなバカなことを許してはいけない。


「セレナ、私はこんなこと、望んでいない。それでも一線を越えるというのなら、私はあなたの敵になる」


セレナならわかってくれるはずだと、力ではなく真剣な言葉をぶつける。

そして、少しの沈黙が訪れた後。


「……そう。そうですね。それは嫌です。お姉様に嫌われることだけは避けなければなりません」


セレナは私から名残惜しそうに身体を離す。

これで一安心、そう思いきや。


「それはそれとして、交われないのならせめて、お姉様のお召し物をいただけませんか。その手袋でも構いません。お姉様の温もりを感じることができるなら、少しの間は、我慢できそうですから」


セレナ相手だというのに、その言葉に少しだけ嫌悪感を覚えてしまう。

しかし、承諾しなければ後が怖い。


「はぁ。仕方がないわね」


それほど私のことを想っているのだと前向きに考え、左手の手袋をするりと外す。

しかし、それを渡した途端、彼女は私の手袋を裏返し鼻にあて鬼の形相で深呼吸をし始めた。


彼女をこのような化け物に育ててしまったのは、私のせいだろうか。



その後、社交パーティーは普通のドレスに着替えたセレナ嬢の型にはまった適切な言動により表面上は滞りなく進んだものの、あちらこちらに戸惑いが渦巻いていた。


そして、私はといえば、セレナのことを心配する暇もなく針のむしろ状態になっていた。

母は既に会場にはおらず、周囲の人間からは疑念や嫌悪の視線が送られ、時には罵倒の言葉も浴びせられた。

特に、私に向けられるセレナの父親の眼光は殺傷能力を持っており、このまま殺されてもおかしくないため、早々に会場を後にし逃げるように帰宅した。


……この出来事は寧ろ、丁度よかったのかもしれない。

今なら余計なことを考えずに、この社会から逃げ出す、いや、抜け出せそうだ。

そう、これから、私の第二の人生が始まるのだ。



―――だが、私はよく考えるべきだったのだ。

セレナとの別れ際、彼女の瞳にギラギラとした光が宿っていたことについて。

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厭世令嬢VS変態クソレズ公女 たけのこ @takesuno

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