最終話 異常重力戦! 3


 風が唸る。砂は震え、重力はさらに強く星を縛る。

 ティオがふわり舞い降りてくる。重力風に乗って、だぶついた防護服をはためかせて、細身のシルエットが赤い空に浮かぶ。

 こうして見ればただの華奢な異国の少女だ。長い黒髪が逆立つように重力に巻き上げられ、砂埃に汚れていても乳白色の頬は透き通っていて滑らかに光っているようだ。ウルリクは傾いた甲板でうんと背伸びをして、自分と同年代の少女にしか見えない自律するオートマトンへ手を差し伸べた。


「おかえり」


「ただいま」


 ウルリクは亡き祖母が遺してくれたオートマトンに。ティオは古い友人であるルエメリオが連れてきた新しい友達に。それぞれ心に留めておいた言葉を伝えた。

 膨大な時間が流れ去ったが、オートマトン技師の意思は受け継がれ、技術は形を残していた。二人にとって、それは大して長い時間ではなかったかもしれない。まだまだ、この先に流れる時間の方が長いんだ。


「さっきのあれ、うまく投げたでしょ。褒めて褒めて」


「いやもう偉い偉いっ!」


 ティオの黒髪がくしゃくしゃになるまで頭を撫でまくるウルリク。今度はウルリクの番だ。


「あの一斉射撃、加速スイングバイ完璧だったでしょ! 重力を完全に読み切った射線見てた?」


「すごいすごい!」


 ウルリクの笑顔に応えるように自動人形であるティオも本当の人間みたいに笑った。

 甲板で戯れ合う二人の少女を、デルピコは子を見守る親のような穏やかな表情で眺めていた。


「おいおい。少しは静かにしやがれ」


 一人と一機の少女は笑うのを止めて、じとっとおっさんを見つめる。


「遠い異国から来たお嬢ちゃんよ。昨日は悪かったな。重力砂漠から保護してやろうってのは本当だったんだぜ」


「いいのよ。気にしないで。あの程度の砲撃じゃ私は墜とせないし、敵としても見てなかったから」


 ティオはあっけらかんと言って退けた。デルピコももうダミ声で笑うしかない。敵視すらされてなかったのか。子分たちも甲板に集まって、ルエメリオ大親分の忘れ形見を迎え入れた。


「やっぱりあなたたち友達だったんでしょ。船の連携プレーも息ピッタリよ」


 異国の乳白色の少女に褒められて、デルピコも子分たちも揃いも揃って照れ臭そうに頭をぽりぽりと掻く。


「サイデンティカの嬢ちゃんのばあさんには昔よく世話になったんだ。砂賊団を名乗る前からだ。俺たちはウルリク嬢ちゃんが生まれる前から、絶滅前夜から資源採掘屋をしてたんだぜ」


 デルピコが自慢げに操舵室の窓から身を乗り出した。重い舵輪を力一杯振り回していたせいか、赤銅色の顔がさらに真っ赤になっている。


「じゃあ今日から真っ当な資源採掘屋として再スタートできるってことね」


「遺構発掘屋よ。浮き島は過去からの遺産。そこに眠っているオートマトンたちは今も発掘されるのを待ってる」


 ウルリクは船から見える浮き島群を見渡して言った。この重力砂漠には無数の浮き島が重力の奔流にさまよい漂っている。それらはすべて絶滅前夜に生きた人間たちの生きた証だ。


「ねえ、ウルリク。お願いがあるの」


 ティオが巨大な右腕でウルリクの両手を握りしめて笑う。


「ルエメリオが作った私の残りのボディパーツ、一緒に探してくれる? 私はそのために重力砂漠までやってきたんだから」


「えっ」


 思わずティオのアンバランスに大きな右腕をぱちんと引っ叩く。


「あといくつパーツあんのよ!」


「左腕と両脚と、胸部、腹部。あとはねー」


「この柱状砂漠だけで瓦礫浮き島がいくつあると思ってんの?」


 異常重力により人類文明は滅亡寸前まで追いやられた。しかしその絶滅前夜から復興を遂げるべく、人類は未だ前に歩みを続けている。その足跡こそが廃棄物と瓦礫の浮き島だ。大きな砂の柱の砂丘が幾本もそそり立つこの重力砂漠だけでも、数え切れないほどの浮き島が不規則軌道を描いて漂っている。


「いいの! 次、行こう! ウルリク!」


「いやいや! まずはこいつを分解してお金に替えて、あ、でもシャワー浴びてごはんが先かな。ちゃんと寝て休んで、このオンボロ船も修理して、船は後回しか。何よりあんたの腕を整備しなきゃ──」


「話が長いっ!」


「じゃあいったん帰るっ!」


「それ!」


 出会ったばかりの二人の少女は、まるで古くからの親友同士のようにいつまでも笑い合っていた。

 砂舞う重力砂漠に直方体の船が浮く。月は大きいか。重力風は吹いているか。さあ、砂漠に飛ぼう。

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重力砂漠のファントマトン 鳥辺野九 @toribeno9

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