第8話 異常重力戦! 2


「ティオ! そいつをこっちにぶん投げて!」


 遠く、柱状砂丘の向こうに浮かぶ少女の形をしたオートマトンにウルリクが叫ぶ。爆発音が異常重力に何重にもなって反響する中でも、ウルリクの甲高い声はしっかりとティオの耳に届いていた。

 うん、とt逆さまに見える直方船に一回だけ頷いて見せて、ティオはすぐさまそのコマンドを実行した。


「はーい!」


 頭部への全弾連続着弾のせいでまだ運動伝達機能が回復していないファントマトンは、ふらふらと重力に流されるまま揺らめき、それでもなおティオの姿を探してへこんだ頭部ユニットでぐるり周囲を巡り見た。

 くるり、宙空に浮かんだ少女型オートマトンは軽快に身を翻して、巨大な右腕で寄せ集め壊れオートマトンの頭部をがしっと鷲掴みした。ふらつく壊れオートマトンの躯体まるごと巻き込んで、坂を転げ落ちるように重力を転がり下って勢い付けて回転運動を始める。


「いっくよー!」


 ウルリクが見せたスイングバイ射撃と同じく加速スイングバイの要領でさらに回転力を得る。ティオの小さな身体はぐんぐん加速して、そして七回転目、加速運動の軸を自分に持ってくる。一瞬で立ち位置が逆転し、今度はティオが軸となり壊れオートマトンがティオの周りを回転する形になった。

 リベット留めの剛腕がギシギシと唸る。重力偏移によってさらに回転の勢いは増す。巨大な右腕を大きくしならせて、赤い空と太陽と砂漠とが目まぐるしく入れ替わる視界に一瞬だけ直方船が入った瞬間に、ティオはファントマトンからふわっと手を離した。

 暴走する遠心力。吹き飛ぶような重力加速度。異常重力をぶっちぎり、斜め下に加速しながら直進落下する金属躯体。ぶっ壊れた重力はファントマトンを咥え込んで決して離さない。昼間に見える流れ星のように、重力の歪んだ砂漠空間に真っ直ぐな線を光らせて吹っ飛んでいくファントマトン。


「デルピコのおっさん! 船首を10度上げて今すぐ! 早く急いで! ほらほら!」


 それを目視して、ウルリクが甲板手摺りをバンバンと叩いてデルピコを急かした。あのファントマトンの勢いならばあっという間に急接近し、激突する。わかってるって、と懸命に仰角調整ハンドルを回す親分。


「ったく、無茶言いやがる! ルエメリオばあさんにそっくりじゃねえかよ」


 自分より三十以上も歳下の小娘にきゃんきゃんと吠えられて、それでも昔を思い出して悪い気はしないデルピコ・プンブンカンであった。ルエメリオ・サイデンチカ大親分の言うことはめちゃくちゃで無理難題ばかりだが、決して間違ったことはなかった。不思議と何でも出来そうな気になる。ルエメリオはそんな存在だった。ウルリクの後ろ姿どころか、声までそっくりじゃねえか。あのばあさん、とんでもないものを遺して逝きやがったな。

 デルピコの踏ん張りで、直方船の重力帆が角度を変えて船首が僅かに持ち上がった。方位よし。仰角よし。こちらに突っ込んでくるファントマトンが真正面に見える。姿勢制御このまま、正面衝突コースだ。


「ショック来るよ! 全員何かに捕まって!」


 ティオにぶん投げられてものすごく回転しながら吹っ飛んでくるファントマトン。サイデンチカ遺構発掘団直方船が船首の仰角を上げて迎え打つ。

 砂塵が巻き上がり、衝突する。

 ウルリクの狙い通り、操船はぴたりと決まる。直方船はまるで砂漠鯨が獲物に食らいつくみたいに、大きく空いたバラストタンクの穴でファントマトンを飲み込んだ。ぱくりと一口で丸呑みだ。バラストタンクにこぼれ残った砂がファントマトンの金属躯体をずしっと受け止める。

 鈍く重たい衝突音が鳴り響いて、直方船は重力に持ってかれるように後方へ大きく流された。手摺りにしがみついて振り回されながらもウルリクは次の指示を飛ばす。


「バラストタンクに砂を入れて! こいつを生き埋めにするよ!」


「おうよっ! 転覆したって構いやしねえっ! たっぷり砂を食いやがれっ!」


 デルピコはダミ声で叫びながら舵輪を急回転させた。直方船は後方へ吹っ飛ばされる勢いを利用してぐるり大きく回頭し、重力偏移で盛り上がった砂丘に頭から墜落するようにぶつかっていった。墜落寸前、船首を少しだけ上に向かせる。直方体の底で滑るように着底だ。

 デルピコは歯を食いしばって舵輪にしがみついた。力づくで船の向きを固定してやる。親分たるもの、サイデンチカのお嬢ちゃんの指示如き何の問題もなくクリアしてやらねば。それがプンブンカン砂賊団の親分ってものだ。

 砂丘に着底した直方船の勢いはまだ止まらない。船底で砂丘の頭を削り取るようにしてバラストタンクの穴に直接砂を取り込む。砂は大波となってバラストタンクに流れ込み、ファントマトンの躯体をタンクの奥へ奥へと押し込んだ。


「よっし! 鹵獲!」


「よーし! 一丁上がりだ!」


 バラストタンクにみっちり砂を飲み込んで、砂漠に船底を突っ込む形で着底した直方船。ずっしりと重たそうに動きを止める。重力帆がはち切れるほど膨らむが、砂丘に突っ込んだ姿勢で動かない。

 砂と重力に沈みかけの船上で、ウルリクは笑顔で片手を突き上げた。作戦成功だ。あの大きな寄せ集め躯体の戦闘用オートマトンをこんなオンボロの貧乏船で捕獲完了。

 ティオの華奢な躯体とアンバランスなほど大きな右腕がゆっくりと重力に舞う。上空から見ても、ウルリクの笑顔はまぶしかった。

 その可憐な立ち姿は、ティオのメモリー回路に刻まれた若き日のルエメリオそのものだった。

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