第7話 異常重力戦! 1
プンブンカン砂賊団改めサイデンチカ遺構発掘団の船は斜めに傾いたまま偏移重力の流れに逆らって浮遊した。古い船体をギシギシと軋ませながら、今まさにティオとファントマトンが激突しようとしている浮き島へぐるり回頭する。
風に靡く砂煙が空に線を引く。軽い極小の砂粒は吹き飛ばされて空高く舞い上がり、重い瓦礫片は偏移重力のふるいにかけられ重力均衡点に押し止められる。重力砂漠は赤い朝陽を反射させる層を成して、狭い空に幾重にも連なる優雅な曲線を描き出す。
そんな美しい空模様の赤を背景に、二つの歪なシルエットが重力に踊るようにぶつかり合った。
一つは右腕だけ武骨でアンバランスな少女の滑らかな曲線美。一つは継ぎ接ぎだらけの起伏の激しいでこぼこした機械的なボディライン。重力が波打つ砂の海で、何本もそそり立つ柱状砂丘の合間に、二つの人の形をした影が交錯する。
「砲撃用意。照準は二時方向、一番太い柱状砂丘、その右10度。榴弾ケチんないで全弾撃つ!」
「言う通りにしやがれよ!」
「了解! 姐さん!」
ウルリク姐さんの指揮がデルピコ親分をスルーして飛ぶ。子分たちは何の躊躇もなく安物の榴弾を砲身に装填した。普段ならこんな風に全弾ぶっ放すなんて弾代がもったいなくて出来やしない。でもルエメリオ・サイデンチカ大親分の孫娘、ウルリク・サイデンチカ姐さんの命令だ。
「方位よし、角度よし。まずは一発目!よーい……」
一息分溜めを作る。風を読み、砂を読み、重力を読む。
「撃ってっ!」
「撃てえっ!」
サイデンチカ遺構発掘団からほど近く瓦礫と廃棄物の浮き島へ向けて二時方向、柱状にねじれて昇る砂丘の右10度を狙って一発目を射撃した。甲板の四連装砲台の一本が火を吹く。鈍い射撃音が砂丘にこだまして、砲撃反動でさらに傾く直方船に跳ね返ってくる。
船の傾きが振り子のように戻り、ウルリクは振り落とされないよう手摺りにしがみついて弾筋を目で追った。よし。重力偏移に乗っている。あとは同じ軌道に連射すればいい。
「続けてそのままの角度、全弾撃てえっ!」
「撃ちやがれっ!」
デルピコ親分の大声を掻き消すように残りの三門が火を吹いた。直方体のオンボロ船はさらに大きな反動で重力帆が裏返るほどに反り返った。
「姿勢制御! のちに微速前進! 柱状砂丘の重力に乗るよ!」
「聞こえたか! 野郎ども、気合い──」
「はい! 姐さん! 微速前進!」
その二段階で放たれた砲撃の火をちらりと横目で確認するティオ。光に遅れること一瞬、重力風に揺らいで震えた射撃音が届く。まず一発。すぐさま続いてもう三発。
さすがはルエメリオの孫娘だ。ティオが目標オートマトンとゼロ距離で接触しているというのに、遠慮なく四発も砲弾を撃ち放った。光と音の時間差から距離と着弾時間を計算しながらティオは思った。
この程度の射撃くらい簡単に避けて見せろと言っている。相当の度胸がなければ出来ない射撃だ。
「やるね、ウルリク!」
ならばその曲芸飛行みたいな戦闘、付き合ってあげる。ティオはファントマトンに真正面から向き直った。
パーツ寄せ集めオートマトンの大型車両用タイヤがくっついた左拳のパンチが繰り出される。ティオとファントマトンとの体格差は三倍はある。駆動出力だけならその差はさらに数倍はあるだろう。それでも、戦闘力なら負けていない。
ファントマトンの重い一撃を、金属の大腕を奮って異常重力ごと受け流す。その反動で振り回されるティオの華奢な躯体。しかし勢いを殺さずに身体を捻り、逆に相手のパワーを利用して駆動を加速させて細い両脚でファントマトンの首に蹴りを喰らわせた。
重金属が激しく擦れ合う音が弾け飛ぶ。火花が散り、衝撃で砂粒が吹き飛んで視界がクリアになる。
ティオとファントマトンの間に邪魔するものは何もなくなった。ゼロ距離で睨み合う。
パーツ寄せ集めオートマトンの首パーツは採掘用ロボットの骨太で頑丈なパーツのようだ。ティオの細脚では岩石避けの防御パーツがへこんだくらいで何のダメージも与えられなかった。せいぜい足の裏で視界を塞ぐ程度の攻撃だ。
「悪いけどさ」
でもそれで十分。もとよりこの頑丈そうな壊れオートマトンをさらに破壊するつもりはない。
「ウルリクの命令通り、君をもらっちゃうよ」
偏移重力の向きに逆らわずにティオは細い胴体をねじって翻り、ファントマトンの太い首に斜めに仁王立ちした。ティオのブーツが寄せ集めパーツの頭部、ロボットの目玉部分を踏みつけている。頭部のアイカメラを足の裏で目隠しするように塞がれて、ファントマトンは視界情報のすべてを失ってしまった。
重力風が吹き荒れる中を寄せ集めの壊れオートマトンの首に直立して、ティオは身を反らすようにしてウルリクが狙った柱状砂丘を見上げる。
直方船が砲撃した四発の榴弾は薄灰色の煙で鋭い角度の軌跡を描いて柱状砂丘の裏をぐるりと回っていた。異常重力が集中する柱状砂丘。その重力均衡点を中心点として加速スイングバイでさらなる直進力を得た榴弾が異様な重力を振り切ってティオに向かって一直線に飛んでくる。
「さすが。ちゃんと重力が見えてる」
加速した一発目の榴弾が直撃する瞬間に、ファントマトンの頭部を蹴って飛び立つティオ。ファントマトンはようやく視界が復活して榴弾の接近を検知するが、時すでに遅し、もはや回避する時間も手段もなかった。
着弾。その衝撃で榴弾が押し縮まる。ファントマトンの頑丈な金属頭にめり込むように榴弾は縮み、硬そうな頭部ユニットがべっこりへこみ、波打って震え、ぐにゃりと歪み、ぐらり、大きな躯体が傾いた。
ほんの少し遅れてめり込んだ榴弾が炸裂する。時間差でその爆煙の中へもう一発、さらにまた一発、とどめの一発と着弾音が響き渡った。全弾命中。重作業用オートマトンの頑丈な頭部パーツ相手に、安物の榴弾でも連発直撃させてやればそれなりに効く。
ファントマトンは爆発の煙に包まれて動きを止めた。
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