第6話 ルエメリオ・サイデンチカが遺したもの 3


 ついさっきまでウルリクとティオが立っていた展望デッキが音を立てて崩落した。居住コンテナが斜めにひん曲がり、異常な重力に引かれて真下ではなく上空に持っていかれる。その反動で浮き島そのものの輪郭さえもが崩れだした。

 もうもうと砂が舞い上がり、壊れた重力にねじれて巻き上げられて砂煙の柱が立つ。砂煙は濃い砂塵となって浮き島の崩落部分を覆い隠した。その砂色の影の奥に蠢く何かがいる。

 デルピコが操舵室から半身になって乗り出して、単眼鏡を目玉にねじ込む勢いで押し付けてダミ声を張り上げる。


「マジか。誰か、いや、何かいやがる!」


 爆散する居住コンテナに人影が見えた。だが、それは人の形をしているが、人の大きさではなかった。

 砂埃と瓦礫が異常重力にさらわれて舞い上がり、浮き島全体を盛大に震わせた。水に溶ける角砂糖のように浮き島上部の輪郭がほつれていく。重力風に流される砂煙が、まるで風に靡く巨人の長い髪のように見える。

 噴き上がる爆煙とともに、大きな瓦礫の破片が四方八方に飛び散った。その渦を巻く小規模な重力嵐の中を、明確な意志を感じる動きで人の形をした歪な何かが飛び出した。


「ありゃあ人間じゃねえぞ」


 人の形をした人ならざる何か。それが空を暴れ、砂煙を纏い、重力を踏み台にして宙を跳ねるように舞い上がる。

 デルピコはようやくおとなしくなった舵輪をぐるぐると派手に回した。ティオの豪腕にべっこりへこまされた直方船の姿勢を取り戻し、できる限り浮き島から遠ざかろうと船首を回す。これ以上船を壊されるのはやばい。やばいのはごめんだ。逃げるに尽きる。

 あの人の形をした何かは、明らかにプンブンカン砂賊団の船を狙っている。挙動こそは異常重力に揉まれるように滅茶苦茶だが、頭部だけは真っ直ぐにデルピコのいる操舵室を見据えていた。

 重力嵐に乗って宙空で一旦止まり、くるりと躯体の向きを変えて荒れ狂う砂嵐を乗りこなし、刺々しい悪意を剥き出しにして大振りな金属の四肢を無茶苦茶に振り回し、オートマトンの巨体が直方船めがけて舞い降りてきた。


「ファントマトン!」


 壊れオートマトン。廃棄された自動人形。異常プログラムのゴーレム。動けなくなり漂着したロボットの成れの果て。それらのパーツを寄せ集めて自己修復した歪んだ輪郭のファントマトンは、人間より数倍も大きな躯体で異様なカーブを描いて空を舞い、直撃回避のため回頭を始めた直方船の真上まで迫った。


「ダメ、間に合わない!」


 ウルリクが操舵室のデルピコに叫んだ。デルピコの貧乏船は見た目だけでなくエンジン型式も相当に古い。重力帆を張っても重力嵐を捉えきれず船足も遅い。ファントマトンの落下の勢いを見る限り、激突回避はできそうにない。

 ウルリクは空のファントマトンを睨む。

 あのサイズの戦闘用オートマトンならばこんな年代物の直方船なんて一撃で沈められる。この重力嵐が吹き荒れる砂漠に生身で放り出されたら、それこそ一巻の終わりだ。

 どうする? どうすればいい?


「迷いオートマトンだよ」


 船体を斜めに傾けてようやく走り出した直方船で一人だけ落ち着いているティオ。ウルリクの肩に手を置いて小さく声をかける。


「あの子、壊れてる。状況を認識できていない」


「迷いオートマトン? 何それ」


「私とおんなじ。迷子なのよ。あの子も」


「じゃあさ、もらっちゃってもいいよね」


 極めて危険な状況に置かれているというのに、意外とあっさりしているウルリク。彼女の迷いオートマトンを見る目の色が変わる。恐怖の対象から、興味へと。新しいおもちゃを見つけた子どもどのものだ。そんなウルリクを見てティオは思わず笑みがこぼれた。さすが、ルエメリオの孫だ。


「あははっ、もちろん」


 廃棄されたパーツを寄せ集め、でこぼこな継ぎ接ぎだらけのファントマトンが重力に逆らって直方船に上から激突する、その瞬間。ティオの巨大右腕が甲高い駆動音をがなり立てて大きく打ち出された。

 鋭い金属音とともに激しい火花がほとばしる。ぶつかり合った偏移重力同士が互いに干渉して極小の重力嵐が発生する。飛び散る火花が重力の渦に飲み込まれ、星が爆発するように拡散した。

 重力の暴発で、今まさに飛んできた方向へファントマトンの継ぎ接ぎボディが弾き飛ばされる。ティオの華奢な躯体よりも大きな右腕も同様に火花を散らして弾かれるが、一歩よろっとよろめくだけで、ティオは余裕の笑顔をウルリクに見せた。


「いけそうよ。とっ捕まえちゃおっか」


 光の矢のように舞い散る火花が小さな竜巻を作る。衝撃音さえも異常な重力に翻弄されてわんわんと波打って聞こえた。

 ウルリクは操舵室に振り返った。ひっくり返りそうなプンブンカン砂賊団のオンボロ船の重力帆ははち切れそうに膨らんでいる。走れるか、このオンボロは。


「デルピコのおっさん! あのオートマトンを捕獲するよ!」


 甲板手摺りにしがみついてウルリクが操舵室に向かって大声を張り上げた。まだ金属衝突音が直方船バラストタンク内に反響していて耳が痛いほどうるさい。それでもウルリクの高い声はデルピコの耳にしっかり潜り込んだ。


「バカ言いやがるんじゃねえっ! あんなバケモノ、返り討ちにされるじゃねえかっ!」


 舵輪にぶら下りながらウルリク以上の大ダミ声を返すデルピコ。船中にうわんうわんとこだまする。甲板の子分たちも、そうだそうだと親分の大声に従う。いくらサイデンチカの嬢ちゃんの命令でも、砂賊としての生活の場である船の方が大事だ。あと命も。


「こっちにもバケモノ級のオートマトンがいるのに?」


 巨大な右腕を振りかぶって、ティオは極小重力嵐を鷲掴みするようにして空に舞い上がった。風にまたがり、重力を乗りこなし、空を泳ぐようにしてすいすいと迷いオートマトンを追う。かと思うと不意に進路変更。太陽に向かって躯体をぐいっとねじ曲げた。


「さすが。重力風を読み切っている。デルピコのおっさん! 面舵いっぱい、転進! ティオに船首を向けて! 砲撃手、榴弾用意、射撃準備! あたしの言う通りに狙って!」


 甲板手摺りに這い上がってウルリクは息継ぎなしで言葉多めに指示を飛ばした。


「親分は俺なんですけど」


 不服そうな表情でウルリクを見るデルピコ。


「どっちがオヤブンですか」


 情けない顔で頼りないデルピコを見る子分たち。


「いい? あんたたち」


 ウルリクはそんな手下候補たちに、たっぷり愛を込めて、トドメの一言をつぶやいてやる。


「オートマトンのエンジンユニットって高値で売れるのよね」


「……どれくらいだ?」


「この船を完全修理してエンジンオーバーホールして、船室にシャワールームを作ってもお釣りがくるわね」


 しばし見つめ合う親分と子分たち。


「おめえら、サイデンチカ嬢ちゃんの指揮通りに動けっ!」


「了解! サイデンチカ姐さん!」

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