第5話 ルエメリオ・サイデンチカが遺したもの 2


 重力砂漠が唸り声を上げていた。地鳴りのような重低音を響かせている瓦礫の浮き島。異常重力による砂漠地震か。いや、そんなはずはない。そもそも浮き島は重力潮流に乗って浮遊しているのだ。地震の揺れなんて影響するはずはなく、その大重量さゆえに大きく揺れることもあり得ない。

 浮き島の振動は外部からも確認できた。スピーカーで拡声させたダミ声降伏要求の返事を待っていたプンブンカン砂賊団も怪しむほどの揺れっぷりだ。


「オヤブン、あれ、おかしくね? おかしいよね?」


「オヤブン、浮き島が揺れまくってるぜ。なんで?」


「オヤブン、浮き島ブッ壊れるんじゃね?」


 子分たちの動揺が親分であるデルピコにも伝わった。物理的に考えてあの巨大浮き島が揺れ動くわけがない。うちの船もやばいんじゃないか。浮き島の崩壊に巻き込まれたらそれこそただでは済まない。しかしそこは親分だ。子分たちに弱気なところを見せるわけにはいかない。


「よし、計算通りだ」


 何が? とは聞けない子分たちであった。

 止まらない微振動が浮き島全体に拡がる。それはまるで生命の躍動のようで、脈打ち、鼓動し、ウルリクが立っていられないほど大きく震え出した。


「何なの、これ。ティオ、何かしたの?」


「私は何も。何かしたのはウルリク、あなた自身よ」


 切り揃えた前髪が波打つほどの揺れにも関わらず、バランスを失わず直立不動のまま平然と答えるティオ。次に何が起こるのか、すべて知っているかのように落ち着き払っている。

 ウルリクは足元に両手を置いて跪くようにしていないと姿勢を保っていられなかった。ぺたんと尻もちをついて座り込んでしまう。そして身体全体で突き上げてくる振動の正体に気が付いた。浮き島全体が揺れているんじゃない。下だ。振動は下から来る。足元から何かが突き進んでくる。

 廃棄物と瓦礫が折り重なって構築された浮き島の中心から、重力潮流に逆らって何かが這い上がって来る。


「止まった……?」


 ぴたり。不意に振動が止んだ。

 一際大きく振動した後にやって来た一瞬だけの静寂。しんと、砂も音も動かない。

 跪いていたウルリクの肩に手を置いてティオが静かに言う。


「私の腕を整備してくれてありがとう」


 次の瞬間、ウルリクとティオのいる展望デッキが爆発した。足元から頭上へと強大な重力が持ち上がり、ウルリクの身体が瓦礫ごと太陽の光が溢れる空へと吸い上げられる。頭上に砂漠が見渡せて、赤く染まる空がぐるりと回転し、マジャーリジャーの月が覆いかぶさるくらい大きく見えた。

 瓦礫の浮き島は、つい今の今まで自分たちが立っていた展望デッキを木っ端微塵に吹き飛ばしている。

 そしてそこに、一本の巨大な金属の腕があった。

 ウルリクの秘密工房に飾ってあったオートマトンの右腕だ。金属光沢が美しい自動人形の右腕。おばあちゃんの形見となったゴーレムの右腕。どうやっても動かなかった謎のロボットの右腕。それが今、浮き島を突き破って重力砂漠に飛び上がっていた。

 美しく踊る右腕を、ウルリクは瓦礫に見た。

 もうもうと煙る砂埃と瓦礫の渦に、廃墟の中から荒々しく現れた巨大な右腕が太陽を掴み取ろうと掌を大きく開く。リベット留めの虹色を鈍く光らせる金属光沢が赤陽現象をギラリ反射させた。

 右腕のすぐ側にティオがいる。重力爆発に吹き飛ばされず、浮き島の破片に一人佇んでいる。白い肌の少女は右腕を伸ばし、金属光沢のあるリベット留めの右腕に触れる。オートマトンの右腕が少女の形をしたモノの右肩を包み込み、一つに合体した。

 華奢な少女は長い黒髪を砂風に踊らせて、その右腕に自らの身体よりも大きな剛腕を従えて、左右非対称の異形のシルエットで赤い空を舞った。

 空を自在に舞うティオは、本来の細い左腕で宙空に漂うウルリクを抱きかかえ、異様に大きなオートマトンの右腕で偏移した重力の壁をぶち抜くように何もない空間を打ち殴った。その反動で勢いをつけて二人は赤い砂風の空を飛ぶ。


「あんた、人間じゃなくて、オートマトンだったの?」


 オートマトン。自動人形。ゴーレム。ロボット。それらは自律して駆動する人の形をした人ならざる者だ。どれも呼び名は異なるが、人間とは似ても似つかない機械の身体を持っている。ティオのような可憐な少女の形をしたオートマトンだなんて、ウルリクの知る限り存在すること自体があり得ない。まるで彼女自身が歩くロストテクノロジーだ。


「うん。私はゴーレム技術を駆使して造られたオートマトンよ。自動人形タイプ・オー。あれ? 言わなかったっけ?」


「言ってないわっ!」


 精密な少女の形をしたオートマトンが空を割る赤い砂塵層を滑るように飛ぶ。上空を吹き荒れる重力嵐に乗り、揺らめくプンブンカン砂賊団の直方船に急降下で突き進む。


「ティオ! ぶつかるってば!」


「大丈夫! 掴まってて!」


 ティオはウルリクの小柄な身体を小脇に抱えて重力嵐に揉まれる不安定な状態でも、くるっと猫のように空中で姿勢を制御した。プンブンカン砂賊団の船を足元に見据えて、ウルリクを抱きかかえたまま真っ逆さまに飛んでいく。

 眼前に迫る直方船を狙って巨大で力強い金属の右腕を突き出し、衝突する寸前にその甲板を殴り抜けるように鷲掴みした。

 太い合金の指が甲板に突き刺さり、紙を破くよりも容易く握り潰し、鋭く尖った輪郭の右腕が直方体の船をぶるんと揺り動かした。船に着地したというよりも、船を力付くで停泊させたようなものだ。


「オヤブン、敵襲、敵襲だよっ!」


「オヤブン、甲板にまた穴が空きまくったぜっ!」


「オヤブン、女の子が二人もブッ飛んできたっ!」


 ティオの強引な乗船によってプンブンカン砂賊団の直方船は大きく傾いて、ただでさえ危うい船体のバランスを失って異常重力に持ってかれそうになった。宙空で転覆でもしたら舵のコントロールが出来ず重力に引かれるまま柱状砂丘に取り込まれてしまう。

 デルピコは暴れる舵輪を自慢の太腕で捻じ伏せて、慌てふためく子分たちに怒鳴り散らす。


「うるせえっ! この重力砂漠じゃあよくあることだっ! よく見ろっ! サイデンチカの嬢ちゃんじゃねえかっ!」


 たしかに。重力がぶっ壊れたこの砂漠では空から人が降ってくるなんてよくあることだ。子分たちは無理矢理納得しようとした。空から降ってきた女の子の一人はよく見れば顔馴染みだし、もう一人の女の子は昨晩取り逃した獲物だ。まあ、あるっちゃあるだろう。


「ほら見ろ、昨日の女の子も一緒だっ! すべて俺の計算通りだろっ!」


 デルピコがティオを指差して鼻の穴を膨らませて怒鳴った。計算って、何の? とは聞けない子分たちとウルリクとティオであった。

 甲板の子分たちの前に空から降ってきた少女二人。一人は異常に大きな金属の右腕を持った乳白色の異形の少女。もう一人もよく見りゃ馴染みの顔、今は亡きプンブンカン砂賊団の大親分にあたるルエメリオ・サイデンチカの孫娘、ウルリク嬢ちゃんだ。


「さて、ケンカ、始めちゃう?」


 ティオが金属の剛腕を甲板から引っこ抜いて操舵室へ向けた。その金属腕一本で子分三人分の重量がありそうだ。大きさも巨体のデルピコを軽く上回る。

 ひしゃげて傾いた直方船の甲板にはティオとウルリクの他にプンブンカン砂賊団の三人の子分たち。そして操舵室から顔を出すデルピコ親分。

 ケンカの舞台となる船の甲板も、オートマトンの巨大右腕で思い切り鷲掴みされたおかげで指の形にひしゃげて穴が空いてはいるが、荒くれ者四人相手に暴れるには十分な広さがある。


「待って、ティオ。何かまた飛び出して来る!」


 ウルリクが瓦礫の浮き島を仰ぎ見て指差した。

 どこか楽しげな表情のティオも、ビビりまくって逃げ腰のプンブンカン砂賊団子分たちも、ウルリクの指差す先に視線をやった。デルピコも操舵室の出窓からさらに身を乗り出し、ダミ声で叫ぶ。


「次から次へと何が起きてんだっ!」


 浮き島が再び震え始めた。

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