第8話
ルーカスは彼女を探して走る。
幅20m近いポッド搬入用の通路を奥に走っていった。
見つけるのはわけないはずだ。
「どこへ行ったんだ?」
まったく見つからない、奥に走っていったのは間違いないのに。
どこへ行ったのだろうか。
そうルーカスは思い、少し進んでは来た道を振り返っては姿を見つけられず小首をかしげる。
ひょっとして途中で、搬入通路の横並ぶポッドの影にでも隠れたのだろうか?
作業員用の踊り場には誰もおらず、ポッドの影にいるのは数人の臭いオッサン作業員だけだ。
「全くこんな面倒なことになるくらいだったら・・・。」
もっと気を使うべきだった、そう言い終わる前に彼女の姿を見つけた。
それは幸運なのか不幸なのか。
臭いオッサン作業員数十人が出てきたばかりの喫煙室、その奥にある安物カフェイン飲料しか入っていない自販機の影で座り込んでいた。
グスン スン
泣き止んだのか?それともこれから泣くのか?
そんな声が聞こえる。
「すまない。」
彼女が振り向く前にそう声をかける。
彼女はビクッと背を震わせてこちらを向かずに言う。
「申し訳ありません少尉殿、上官への暴行は重罪です。しかも植民地人の私が・・・。」
気にしなくて良い、そう喉からでかかったが抑えた。
「愛する人でも失ったんだろう?問題にはしないから好きなだけ泣いていると良い。」
そう言って肩に手を回す。
彼女はその淑女に対する無礼な行為を咎めず、体を預ける。
「彼とは数ヶ月前に出会ったんです・・・。優しくて、でも帰っては来なかったんです。」
夢でも見るかのような穏やかな声色で初め、だんだんと悲しみが混じる。
彼女は初めて会った日から最後に会った日までのエピソードを語る。
僅か数話のエピソードで彼女の扱いも微妙に感じる。
よほど顔が良かったのだろうか?それとも失ってから情が強まったのだろうか。
初心な若い女性で遊んでいただけにも聞こえるが
なるほど、やはり下手くそパイロットの一人と関係を持っていた。
「それで・・・、あんなことを言われて思わず。」
震えながら彼女は続ける。
ふと視線を感じ彼女の方を見ると彼女が潤んだ目でこちらを向いている。
何を欲しているのか分かる。
ただそれをルーカスがあげるわけにはいかない。
浮気は大きな罪だ。
軽く首を横に振り何も言わずにルーカスは立ち上がり来た道を戻る。
彼女は後を追っては来ない。
「さようなら。」
彼女が呟くような声が、そしてさらに掠れるような声で数秒開けて。
ありがとうございました。
そんな声が彼女の口から発せられる。
その声が聞こえたのか否か、彼は立ち止まりかがみ込む。
ほどけていない靴紐をいじるような素振りを見せて、再び立ち上がり去って行く。
二度と振り返ることなく。
「話を最後まで聞きそびれてしまったな。」
書類を確認しよう。
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ルーカスがエミーを見つけたのはファナの元を去ってからまもなくだった。
彼女はハゲだったりデブだったり髭面だったりするオッサン達の中から彼女を見つけるのは割と簡単だった。
どうやら相当モテモテだったようで両手一杯のプレゼントに囲まれている。
あちらも浮気の危機だったようだ。
あ、こっちに気づいて手を振った。カワイイ。
「遅くなった。ごめんよ。」
「ん、フォガフォガ。気にしなくて良いよ、モガモガ。」
彼女は髭面身長200cm近い熊のようなオッサンから貰ったオレンジ味の棒アイスを食べながら言う。
「たくさんものもらったから持ってくんない?」
「何もらったの?」
数十個の大小物一杯の紙袋を渡される。
非常に重く腕の肉にグッと食い込む。
「確か石鹸とか果物とか花だったかな?」
「軽そうな物ばかりだね?」
「でしょ。」
彼女に皮肉は効かなかったようだ。
もし花や石鹸、果物だとすればなぜこんなに重いのか?
そう考えているとハゲ散らかしたメガネのチビデブオッサンに話かけられる。
「少尉殿は中尉殿のフィアンセでありますか!!」
「おう「キャーッ。」
エミーが嬉しそうな黄色い悲鳴をあげる。
うるさい。
さて、このオッサンは何を言おうとしているのか?
「それは素晴らしいですね。我々老人にも2人の出会いを祝わせてください。」
「「?」」
二人で不思議がっていると、汗まみれのオッサンが年代物の携帯冷蔵庫上物のワインを出す。
ワインに疎いルーカスにも分かる程度には高級な雰囲気が漂っている。
ゴクン
雫が滴るのをみて喉の渇きを実感する。
きっと美味しいぞ。
本能がそう伝えてくる。
エミーもそうなのだろう、息を飲むのが聞こえる。
カポッ
ハゲ散らかしたオッサン、いや、ハンサムでダンディなおじさま。
いや、もうだれでもいい。
プラスチック製の蓋を外してくれ。
そう心の中で怒鳴り散らしていると誰かが開けてくれる。
ニュッ
多数の手が飛び出し瓶をひったくろうと伸びる。
全ての手にはコップがあり、そのコップにワインを入れようとしている。
「まず俺が味見をだな?」
「いいや、ここは私が。」
「いいやここは年配の方から。」
「おおそんな、ここは胴回りが太い順で・・・。」
そう野郎どもが口先を弄している間に・・・。
ぷは~
酒気くさい色気のある吐息が顔にかかる。
どうやら勝手に飲み始めたようだ。
それがスイッチとなり皆が口先を使うのをやめ、手先を使い瓶の口をコップにつけようと大騒ぎになる。
「あれ~、にゃんでわらひなんで私のころにゃコロニーゆれてるの~。にぇえにぇえねえねえみんなあ~、ふがあ~。」
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エミーとルーカスは立たされる。
場所は宿舎の一室、かなり小さい部屋だ。
「それでべろんべろんになって帰ってきただと?」
そこには小さい薄ピンク色のプラスチックイスにすわったライアンが怒気をはらんだ声で聞く。
もしくは自分に言い聞かせているように聞こえる。
「しかも書類も忘れてきた?そうかいそうかい。それは酷いなベル、ん?」
「そうだねえ。勝手にベガ・シシリアを飲んでいたなんて・・・。」
「まったく酷いあの書類がなければ修理してもらった機体を返してもらうこともできないんだぞ。」
「本当に酷い数千年の歴史あるワインブランドだぞ。」
「2人まとめてベロンベロンになって宿舎まで送ってもらうとは・・・、俺の顔に泥を塗るつもりか?」
「2人そろってベロンベロンになるまで飲むなんて・・・、私を省くなんてずるいじゃないか。」
ベルはワインにこだわっているようだが、ライアンは気にする暇がないようだ。
あのワインそんな名前だったのか。
そんな歴史のあるワインをどうやってあのオッサンたちは入手したのだろうか?
「おい!!ぼやっとするんじゃねえ。」
彼の顔が目の前にあり、口から吹き出た唾が顔にかかる。
汚い。
訓練で上官に唾を吹きかけられ先任に便器に顔を押し込まれたことが思い出され思わず後ずさりする。
好きなだけ怒らせてから話を聞くのが一番だろう。
そう考え体をこわばらせ心に力込める。
「第一おまえらは二人とも17だろうが、勝手に飲むんじゃねえよ糞餓鬼共。次やったら殺してやる。」
彼は今度はエミーの前に歩く。
「俺は自分の隊の中で誰と誰が寝ていようが気にしない、セックスは神が人類にくれた快楽だ。」
そう言いながらエミーの目を覗きこむ。
「だが、上官であるお前がベットの上以外で下っ端に舐められるのは許さん。」
彼はニマニマ微笑みながらエミーの後ろに回る。
ドン
「キャッ・・・。」
彼は後ろからエミーのケツを蹴り上げる。
不意の衝撃でエミーは床に転がり手を着く。
その仕打ちに手に力が入る。
怒りと不甲斐なさで目から涙が出そうになる。
「大隊単位でスケジュールがめちゃめちゃだ。今度はこんな舐めたことはするな、分かったか?中尉。」
「はい・・・、申し訳ありま「だまれ。返事はいらん。」
彼はエミーの返事を聞かずに四つん這いのエミーを放置し、ルーカスの方を向く。
「俺は、責任者の責任しか問わない。そこで楽にしておけ。」
そう彼はいい四つん這いのままのエミーの横に回る。
ゴッ
「ンッッッ・・・。アハッ・・、ゴホゴホ。」
横から腹を蹴り上げられた彼女は苦悶の混じる声あげ肺が揺れたために咳き込む。
これはやりすぎだ。
やりすぎだ。
そう思った、そして彼に体当たりを食らわせた。
ドン
ドシン
「ゴハッ・・・、ングッ。」
彼に体当たりを食らわせそのまま重心の崩れた彼は壁にたたきつけられた。
「やりすぎだよ、これは!!」
そう彼に怒鳴った直後首がグイっと後ろに引かれた。
首だけじゃない、体全体が後ろに引かれている。
髪の毛を引かれているのだろう。
ギギギッ
髪の毛と頭皮の一部が後ろから引っ張っている手とこすれ、嫌な音を立てる。
この手はベルだろう。
体ごとひねって彼女の腹に拳を打ち込もうとする。
だが次の瞬間後頭部に強い一撃を暗い視界がゆれる。
気が付いた時には随分と不便な状態になっていた。
目に光が入ってくる。
眩しい。
眩しい。
そして手が動かない。
「おい、おい!!気が付いたか?」
目の前にはライアンの顔がある。
どうも後ろからベルに抑えらているようだ。
目の前に立つライアンは顔を互いの鼻がくっつくほど近づけて、そして言う。
「小隊は家族、中隊も家族、大隊も家族だ。そして上官は父だ。わかったな?」
答えない。
答えたら殴られるからだ。
その様子を見た彼は非常に満足しているようで、先ほどの厳めしい顔はなく、足取り軽やかにルーカスの視界から消えて自分の席に座った。
「ミスはミスだ、挽回しろ。今度こそちゃんと書類と機体を回収してこい。わかったか?」
「了解です。」
「なら話は終わりだ、早く寝ろ。」
そう言われて敬礼をし、回れ右で部屋を退室する。
その時初めてエミーがそばにいないことに気がつく。
「アイツは先に痛み止めを持たせて帰らせた、ベッドでお前のことを待っているだろうよ。」
ライアンの方を軽く振り向き感謝を目で伝えてさる。
フリフリ
そんな感じに手を振るベルにも会釈をしてベッドに向かった。
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「まったく、馬鹿どもめ。」
彼は左耳の後ろを左指でトントンと叩き、組んだ足を組み返す。
「これだから戦時の訓練時間が短縮されたヤツはダメなんだよ。」
そう腹立たしさを隠そうともせず左側に置いた小さなテーブル上のショットグラスで甘い炭酸飲料を一気に飲み干す。
「また体重軽くなるかもね?」
昔訓練官をやっていた頃の話を蒸し返すベル。
後ろに控えていたベルは前に周り椅子に座る彼の目線まで腰を屈める。
「やめてくれよ、厳しくやるのは俺の得意じゃない。お前の得意分野だベル。」
組んだ足を開くながら彼女を真正面から見据えて言う。
「甘やかすのも得意だよ?」
そう言って彼女は両手を開き彼を迎え入れることを示す。
その意思を受け取り彼は彼をベルの間に埋もれる。
グウグウ
そして糸が切れ、眠りに落ちた。
「ありゃ、寝ちゃった。まあ寝てても楽しめるけど。」
少し驚いた後、今までなかったシチュエーションを楽しもうと彼女は彼のズボンに手をかける。
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「「えー!!」」
二人は奇声をあげる。
「書類を知らないのか?」
「そんなことある?かなりの分厚さだったけど。」
ルーカスとエミーは現場の整備兵達に質問するが期待していた返事が返ってこない。
「困ったなあ。」
「困ったねえ。」
二人で顔を見合わせる。
「すいません、書類上勝手に持ち出しを許可するわけには行きません。」
機体の搬入を担当する一等整備兵とファナが、二人に対してすまなそうにする。
「いや、コチラの責任だ気にしないでくれ。」
「ごめんね。面倒かけちゃって。」
そう二人は整備兵達に言って去る。
どうするべきか、ルーカスとエミーは二人だ話し合う。
「手ぶらで帰ったらヤバいよなぁ。」
「それはヤバい。この整備場の管轄者に直談判すればなんとか済むかな?」
「とりあえず行ってみるか。」
そう一言二言交わした後、整備場の壁面に備え付けられた梯子を何段も上り何個もの踊り場を越えて高さ50m以上の地点にたどりつく。
この整備場の最上階にあたり、グランドフロアよりも数度以上温度が高く感じる。
「暑いなあ・・・。」
「ね、暑い空気は上に上るから仕方ないのかな。」
そんなことを言いながら先を進むと天井から釣り下がるような工廠長の事務室のドアが見えてくる。
質素なトタンか何かでできたコロニー内建築でよく使われる安物ドア、防音性能は全くと言っていいほどない。
そんな壁越しに工廠長の声が聞こえてくる。
メカナイズド・ハート 丸ハゲ @OOO111
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