第7話


ポツ ポツ ポツ 


雨でも降っているのだろうか?

夢の世界と現実世界の間をふらふらと漂っているルーカスはそんな感覚を持った。

頬を液体が触れるのを感じて、そして気づく。


誰かが自分の顔に水か何かを垂らしていると。

そもそもコロニーないで気候などは無いのだから雨音など聞こえるわけもない。


詩的になってしまった自分に少し赤面しそうになっていた。


次に頬の水っぽさがなくなり布を押し当てられたような柔らかい圧迫感とざらついた感覚がのこる。

うっすら目を開けると前の助手席にベルが座り腕の中にあったエミーの暖かさは抜け落ちていた。


だが朗報だ。

彼女のぬくもりは頭の上の方から感じれる。

彼女は抱き合うのをやめ隣にすわっただけなのだろう。

幅広の軍用車はルーカスが横に寝たうえでエミーが座れるだけのスペースを提供した。


「まだ、ソイツは起きないのか?」

「うん、ライアンはどこにいったか知ってる?」

「知らん。多分補充要員と合流しにいったはずだが・・・。02:00には連絡を入れると言っていたから1時間ほど待てばわかるはずだ。」

「じゃあその間に生活用品でも買っておこうかな。あって困ることはないだろうし。」

「うん、それがいいだろうな。」


キーッ キーッ ギッギッギッ


スチャッ カチャッ カチャッ スチャッ チャッ


ベルが座る助手席からは何かを研磨するような音が、エミーの体の奥からも似たような音が聞こえてくる。

片方は銃剣の、もう片方はライフルの手入れ中だろうか。


「よし、バッチシでしょ!!どうかな、ベルがチェックしてよ。」

「ん、どれどれ~。わるくないね、トリガーをつけ忘れている以外は。」

「あ。」


思わず吹き出すところだった。

彼女はライフルではなくライフルの形をしたオモチャを作ってしまったらしい。


「頑張ってトリガーを探すんだな。」

「ひ〜ん。頑張りま〜す。」

「その調子だよ。」


まだ少し寝たふりを続けていた方が楽しそうだ。


モゾモゾ ゴソゴソ


足元を探すが見つからない、今度は立ち上がりお尻を置いてたシートの隙間や車の下をのぞき込む。


「見つかんない。このライフル不良品だよ!!」

「そんな訳あるか。お前の目が不良品なんだよ。」

「ひどい!!あ、見つけた。」

「なによりで。」

「ふふん、訂正するなら今だよ。」

「しないよ。」

「なに~?」


ぷにぷに


ベルのつれない態度に不満を持ったエミーはベルのほっぺたを指でつつきまくる。

そんなほほえましい暖かい光景を見ながらルーカスは再び睡魔に襲われる。

そんなのんびりとした空気をぶち壊す高音が響き渡る。


テュルルル!!テュルルル!!テュルッ


「なんだ?ああ、ライアンか。集結地点?了解、1時間で行く。」

「なんだって!?」

「「ひゃっ。」」


寝ていたふりをしていたのを忘れていた。


「なんだよ起きてたのかよ。」

「盗み聞きなんてよくないよ!!」

「ごめん。」

「これで一件落着。ほかの隊員たちと合流しよう。」

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補充要員を集めたライアンはさっそく全員を整列させた。


「中隊整列。よし、36人いるな。休め。」


休めの体勢を取らせると我らが中隊長さんライアン大尉は終結した36名の隊員を見回す。


「新参者には自己紹介が必須か。俺はライアン大尉、どこにでもいるアイルランド系アメリカ人の移民で元軍人今は民間軍事会社でこの国の軍隊の犬だ。よろしく。」


一息彼は入れる。

中隊全体の顔を見て反応を確かめるためだろう。

それか単に話の展開に迷っているだけだろうか?


「トラブルか報告があれば自分の小隊長か俺、もしくは俺の副官のベル中尉に。そして最後に命令には絶対服従だ。いいな!!解散!!」


大隊長よりは長かったものの昔いた部隊よりはるかに早く終わる。

あの部隊の仲間たちは元気だろうか?


そんなことを思っていると肩を叩かれる。

ライアンだった。


「お前の機体の整備は終わったはずだ、エミーに案内させるから一緒に行って確認してこい。」

「了解。整備場はどこで?」

「俺たちが乗ってきた貨物船を泊めた所20番ドックのすぐ近く、3番工廠で修復しているはずだ。」

「確認したら?」

「整備員に第8ハンガーまで移動させておけ。必要な書類は俺が書いておいた。問題なく通るはずだ。」

「了解。」


ライアンから矢継ぎ早に情報の提供を受け命令通りに任地、つまりエミーを連れて3番工廠に連れていった。


「ああ〜風が気持ちいい〜。ら〜らら〜らら〜ら〜。」


相変わらず人気の無い道を民間からの徴発車で爆走する。

くすんだピンク色の車体で彼女はより美しく映る。

エミーはエアコン以外から風を感じることができて幸せそうだ。


「さあ見えてきたぞお、あれが3番工廠か。デカい段ボール箱みたいな建物だな。」

「確かに段ボール箱みたい。」

「だろ?あの段ボール箱ならなんでも入れられそうだ。それこそ戦列艦とか・・・。」

「シーフードとか?」

「デッカいエミーとか。」

そんなバカ話をしていると遠くに見えていた巨大な段ボール箱、3番工廠は目と鼻の先に迫っていた。


「デッカいな。」

「どこが入り口なんだろう。あそこかな?」

「さあ、入ったことないんだよね。」


バムッ


車を近くに止めて入り口のようなところ、フェンスゲートと歩哨の立っている所へ行く。

入国検査で見るような立派な検問場だ。


ド派手な色の民間車が目の前で止まったため歩哨2名は怪訝そうな顔をするが奇妙な来客2人の肩章に少尉と中尉が入っていることに気づく。

歩哨2人の顔つきが変わり目に力が入るのを見てルーカスは自分の階級を再び認識する。

下っ端パイロットの少尉でさえ歩兵などの他兵科から比べれば高い方なのだ。


たかだか16、17の小僧に倍以上の年齢の屈強な男性が敬意を表し命令に従う。

その事実はルーカスの自尊心をくすぐる。

なるほど道理で人は権力を求めるわけだ、そうルーカスは思う。


それと同時に自分の責任の大きさも自覚する。

パイロットならばまだ新人だが、歩兵であれば既に小隊長として30個以上の命を背負っているはずだ。

それに普段冗談を言い合う中のエミーやベル、ライアンは皆自分より階級が上位なのだ。


「お〜い、何ムッツリした顔してるの?早く入るよ。」

「ハッ、了解であります!!!「キャッ。」


尻尾を踏まれた猫のような声を出し飛び跳ねる。

目を向けるとルーカスの大声で驚いた様子だ。


「何考えてるか知らないけど硬くならなくていいって。」

「だけど俺少尉だし・・・。」

「私は中尉だけど今まで部下を指揮したことなんてほとんどないよ。」

「そうなのか?」

「そう、まともに指揮する立場につく前に引退してるよ。」

「そういうものかあ。」

「そういうもの、あれ?お出迎えだ。」


出迎えてくれたのは小柄な女性整備員。

生産効率強化のために動員された学生だろうか?

上は灰色の作業服、下は学校の課外活動で使うような赤色のズボンを履いていて不釣り合いだ。


「お待ちしていました、ファナ・デル・オルモ・ボルダ3等整備兵です。」


ファナ3等整備兵はまだ15、16であろう彼女の外見に似合わずしっかりと敬礼をする。

その敬礼にはもちろん敬礼で返す。


「ルーカス・マクワイヤー少尉だ、よろしく。」

「エミーリア・ローレンス中尉だよ、よろしくね。」

「はっ、よろしくお願いします!!」


彼女の敬礼はカチコチで肩に力が入り体の横にそえられた左手の先はプルプル震えている。

緊張しているのだろうか?


「階級の差を意識して誰かさんみたいにガチガチになってる。」

エミーは小声で呟く。

はて、誰かさんとは誰だろうか?


「まったく。」

エミーは可愛く肩をすくめてファナ整備兵に近づく。


「そんなに硬くならないで良いよ。」

「いえ、階級は絶対ですので。」

「そう、それじゃあ仕方ないか。」

エミーはなんとかファナ整備兵の肩の力を抜いてもらおうとするが上手くいかない。


結局エミーは諦めたようだ。

「それじゃあ案内して?」

「はっ。それではあのカートで案内させていただきます。」


彼女はそう言って奥のカートを指で指し示す。

それはゴルフカートだった。

確かに小型で何人も乗れそうだ。


ファナ整備兵の運転で整備用のハンガーをどんどん進んでいく。


左右に20m近い巨大なピッドと10m前後のポッド用武装、何台もの燃料輸送車とすれ違う。

ポッドの中には人で言う下半身の部分を喪失し、上からクレーンでぶら下げられている。

最大で200トン近いポッドを吊り下げるためにそのクレーンも巨大で何本もの鎖、一個あたり1トンを超えるもので縛られている。


エジプトのミイラのようにぐるぐる巻きにされたポッドや左半身と右半身でパーツの異なるフランケンシュタインのようなポッドも見える。


武装もさまざまだ。

120mmや76mm、155mmの連射のきくライフル型の自動砲、実体ブレードやレーザーブレードも見える。

あれは一撃必殺のバズーカ型の武装だろう、口径550mmのタイプの他に305mm、405mm、460mmタイプも見える。

ミサイルやチャフ、フレアなどの武装も山積みにされている。


そんなもので溢れ変えたハンガーの最奥に自分の機体、AS-21ANGELアンゲルが鎮座している。

その後ろにはエミーの機体、どこからか入手した敵国イギリス製の|FO-44VICTORヴィクター1だ。

その武装はスペイン製のものになっていたがやはり異質なデザインが際立っている。

その後ろにはベルのポッド、これまた敵国ドイツ製のGEIERガイアー3だろう。

以前撃破した7機編成の強行偵察部隊も使用していた機体だ。

この機体は他で見ないような武装がついている、物語やゲーム、番組で見るような大剣型、もしくは大きなシールドに持ち手でもつけた歪な武装を持っているのだ。

もちろん通常の自動砲も装備しているが。

最後はライアンが使っているロシア製のT‐26、他機と比べて少し背が低く暗いグリーンに塗装されているて曲面が多い素の装甲の上からゴツゴツとした増加装甲や対艦、対ポッド用ミサイルランチャーにミサイル迎撃用ミサイルランチャー、煙幕や強力な赤外線を発する妨害装置を装備していて原型がない。

彼の本当の名前は知らないが、彼は自分の伝手があるロシアから持って来たのだろう。


「ANGELアンゲル以外の機体は全部外国製なので整備に苦労しました、鹵獲品や規格外パーツも使いました。不意の故障が発生する可能性があることを、整備依頼者のライアン大尉に注意するようつたえてください。」

「わかった。それ以外に書面以外で伝えたいことはあるか? 」

「あります。ANGELアンゲルに使われているメイン赤外線カメラがA8型からA7型にグレードダウンする可能性があるのです。」


彼女は「可能性」という言葉で濁しながらも少し申し訳ないという顔をする。


「それはまた・・・、生産効率上昇のためか?」

「はい。中央が音頭を取ってやっています。」

「それじゃあ仕方ないね。我慢できる?ルーカス。」

「子供じゃないんだから我慢できる。機体があれば文句はない。レーダーはグレードダウンしないんだし。」

「最悪センサーの破損を避ければ良いよね。」

「うん、そうすればA 7型に変える必要ないだろう。」


視線を感じてそちらを向くと整備兵のファナがポカンと口を開けてこちらを見ている。


「破損ってそう簡単に避けれるものなんですか?」

「「?」」

「いや、機体を届けたばかりの部隊が丸ごと全滅することが珍しくないので・・・。」


彼女はうつむき悲しそうな顔をする。

軍に徴用されてまもないのか仕事に責任感を感じているようだ。


「それはね。私たち傭兵部隊が激戦区にまだ投入されてないだけだよ。正規軍と比べれば傭兵や外国人部隊は二線級の部隊、脇を固めるだけだから隊全滅がなかなかないの。」

「そうでしたか・・・、説明ありがとうございます。隊全滅の責任が私たち整備にあるのではないかと心配で。」

「君たちの整備には何の問題もないよ。単に全滅したパイロットたちがヘタクソだっただけさ。」


そうルーカスが答えた直後、視界がぐらっと揺れる。

驚きで目が大きく開く。

そばのエミーも目を見開いている。

顔をたたかれた。

その事実にまず驚く。


彼女、ファナは走り去っていく。

一瞬彼女の目元に涙が見えた気がする。


ああ、なぜ気が回らなかったのか?

そうルーカスは自問自答する。

自分の問題だろう、そう思う前に彼はすでに彼女を追って駆け出していた。


「俺は馬鹿だ。」


そう独り言ちる。


「二人とも行っちゃった・・・。」

その様子を見てエミーは大げさに肩をすくめる。


「まあ、今の彼なら大丈夫でしょ。どこかで時間でもつぶしてよっと。」


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