第3話 真昼の誓い

 馬車の中でユリウスとニーナは二人きり、向かい合って座っていた。

 もじもじと委縮するユリウスをニーナは楽しそうに見つめている。


「して、ユリウス様はなぜあのような所におられたのですか?」

「それは……」


 教会の人間にありのまま全てを話して良いものか、とユリウスは思い悩む。

 しかしニーナも魔獣を呼ぶ首飾りを付けられるような存在。

 ユリウスの思考は「協力関係になれるのではないか」という結論に至った。


「実は僕、家を追われたんです」


 隠し事なく自身に起こったありのままを語るユリウス。

 医師から血液アレルギーであると診断されたこと。モーリスから家を追われたこと。そして森で迷子になったこと――

 その話を聞いてニーナの開いた口は塞がらなくなった。


「えっと、その、ユリウス様は血を飲むとどのようになってしまうのでしょうか?」

「全身に蕁麻疹が出ます」


 真顔で答えるユリウスに、ニーナはクスリと笑ってしまった。


「すみません、ユリウス様があまりに真面目に答えてくださるから……」

「いえ、血が飲めない吸血鬼など笑いものですよ」


 ユリウスの脳裏には自身に追放を言い渡したモーリスの顔が浮かぶ。

 悲しみに震える青白い手。ニーナはその上に自分の手を重ね、にこりと優しく微笑みかけた。


「私は笑いませんよ、ユリウス様のこと」

「いや、さっき笑ったじゃないですか」

「そ、それは、ユリウス様があまりに真面目に話すから!」


 しばらく見つめあい、同時に笑いだすユリウスとニーナ。

 しかしながら屈託ないニーナの笑顔を見る程に、なぜ彼女の命が狙われているのかという疑問がユリウスの中で膨れ上がる。


「それにしてもこんなにお優しいニーナ様が命を狙われるとは、いったい何があったのでしょうか?」


 ユリウスに尋ねられ、今度はニーナが思い悩む。


「思い当たる節が……」

「そうですよね……」

「はい、すごく多くて」


 うなずき答えるニーナに、今度はユリウスの口が開きっぱなしになる。

 ニーナは若くして才覚を表した天才聖女だが、教会内ではそれ以上に変人として知られている。

 奴隷制度の撤廃、亜人種の地位向上、法と権力の分離。

 ニーナの掲げる理想はどれも権力者から目を付けられるに足るものばかりである。


「ただ、あのネックレスを下さったのは教皇様でしたねぇ」


 ふんわりと答えるニーナ。

 送り主が教皇であると聞き、ユリウスの心持ちは一気に沈み込んだ。


「いったい何をしでかしたんですか?」

「私は当たり前のことしかしてませんよ!」


 当事者のニーナが自信を持って言い切っているのだから、部外者があれやこれやと悩むのも野暮であろう。

 そう考えたユリウスは建設的な話題に切り替える。


「しかしそうなると、ファルムの街においそれと入って行くのは些か危険かもしれませんね」


 ニーナは首をかしげて「なぜ?」と問う。


「街の中にも刺客がいるかもしれません。少なからずあなたの生死を確認するための諜報員はいるでしょう」

「確かに。私としたことが少々迂闊でした」

「それに恐らくは騎士の中にも……」


 ユリウスの推測にニーナはこくりとうなづく。

 ニーナにとって信じられる者は己を差し置き他に誰もいない。

 そんな状況下でなお冷静に思考を巡らせる彼女の姿に、ユリウスは敬意の念すら覚えた。


「であればいっそ、堂々と街に入ってしまった方が良いかもしれませんね」

「えっ?」


 予想外の言葉にユリウスは耳を疑う。


「判断材料の乏しい状況で犯人さがしをしても埒があきません。それに、もしもの時はユリウス様に守っていただけば良いではありませんか」

「で、ですが僕は……」


 ユリウスは血が飲めず日に日に力が衰えている自分に聖女の護衛が務まるのかと不安を抱く。

 しかし彼を見るニーナの目は自信に満ち溢れていた。


「大丈夫ですよ、ドラゴンを圧倒できる人間など教会に指を折るほどしかいないのですから」


 人間と吸血鬼には圧倒的な力量差がある。

 ましてやユリウスはそんな吸血鬼の中でも最上位の実力者。

 どれだけ弱っていても人相手の護衛としては役不足なくらいだ。


「それでも獣人や魔人が束になって来られたら、今の僕では守りきれないかもしれませんよ」


 信頼し評価してもらえるのが嬉しいからこそ、ユリウスは正直に不安を口にする。

 ニーナはそんなユリウスを安心させるよう、冗談交じりに笑いかけた。


「教会が他種族に頼み事をするとも思えませんがね」

「吸血鬼に頼み事をする聖女がそれを言いますか?」

「ふふっ、そうですね」


 明るく振る舞うニーナに釣られてユリウスも笑みをこぼす。

 出会って間もないながらもユリウスの中で彼女の存在は大きなものになっていた。


「では」


 ユリウスは不意にニーナの手を取り、そっと口付けをした。

 騎士としての忠誠の儀。

 突然のことに何が起きたのか分からずニーナは頬を赤らめる。


「お世話になります、我が主よ」


 ユリウスの言葉でそれが忠誠の儀であることに気づき、ニーナは視線を逸らしてコホンと咳払いをした。


「こちらこそお世話になります、我が騎士よ」


 ニーナはユリウスの手をそっと握り返す。

 日が暮れてユリウスが見張りに回るまでの長い時間、二人の談笑は絶えることなく盛り上がり続けた。

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