第3話 もう一つの竜の物語
長い間、この里には帰らなかった。ここには悲しい思い出がある。父を、母を失って、兄弟四人だけで、路頭に迷いかけた時。
彼女が来てくれた。自分達に手を差し伸べてくれて、そしてともに戦わないかと言ったのだ。だがまだ幼かった自分達は、戦えなかった。彼女はこの世界の自由と創造を任せてくれ、そしてただ一人旅立って、時々様子を見に来てくれている。
自分はここで白銀竜白迦を名乗って、常に兄とともに戦場に出て、神官を倒していた。だがまだまだだ。彼女はここ数百年、来ていない。もう自分達のことを忘れたのか。兄達は違うというが、青竜族はすでに長子の兄が、何度目かの異界戦争に行っている。神官はどの次元でも、好きに暴れるからだ。
そこを神官に渡してはならない。その一念だけで、人界を守ってきたが、もう忘れられたなら、戦う理由はないのか。
「白迦、そなた何をしている? このような露台で、憂えてはおるまい?」
「兄者、それはひどかろう? 俺とて四海竜王、兄者には及ばずとも、人界を憂えておる」
「だがお前の心は、修羅俄様にむいているのだろう? かのお方は美しく、また儚い。心うつつになるのも、解ろうというもの」
「兄者、俺はただ戦えと言われるならば、もろともと思っているだけだ。俺は戦いしか能がない」
「それはまだ早かろう? 白迦、お前は若い。だがこの修羅俄、心より礼を言うぞ」
「深海をゆだねる竜は、まだおらぬか? 修羅俄様。俺ならいつでも戦えるぞ」
「お前が案じることはない。だからこれからもこの世界を、頼むぞ? 異界ではないが。お前が案じるべきは人界だ、いいな?」
「相解った。だが時々見に来てくれねば、俺が張り切れん」
どんな理由かと思うが、張り切っているのは確かだった。修羅俄が見てくれている。それだけで張り切れる。力いっぱい戦って、頭を使うことは、末の黒炎にゆだねるのが、彼の常だった。色の名前を持つ彼らは、それだけで力が違う。
見送ってから、彼はそっと胸に手を置いた。彼女が来てくれた。それだけでうれしい。もう一度、人界を見て来ようか。だが神界はまだ不安定。人界をゆだねるだけではない。神界も守らなければ、世界は安定しない。
それを安定させるために、彼らはばらけて守護世界を持っている。彼らが守っているのは、想像の世界、ヴァルハラだ。ここを落とされては、すべてが無に帰すのだから。ここは踏みとどまった。
竜の軍団 @kanaisaki
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