第22話 悪寒の氷川

他人を傷つける不届き者は自分も傷つくべきだ。私が与えられた、人に悪寒を感じさせる能力はきっと悪い人たちを殺すためにあると思う。非力な私でも悪人を裁けるよう、神様が与えてくださった力なのだ。それは私にだけ与えられ、私だけが待つ唯一無二の特性。


私は神から愛され、冷徹な視線を向けられた正義の奴隷であり、私を愛してくれる人たちを傷つける障害を取り除く。もう戻ることはできない。幼い頃から不良の私は今日も優等生を演じ、家族以外の周りの人たちからは認められない人生を過ごす。それが私に課せられた義務。生きる事と引き換えに神に捧げる宿題なのだ。

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「悪寒の氷川」


「………それがどうしたの」


親睦会の日から2日ほど経過した。もうすぐで入学式から一ヶ月の時が流れるという空気感の中、翔雲は阿澄だけを食堂に呼び出し、共に話をしながら昼食を食べていた。


「知らないのか?悪寒の氷川、今お前と同じく話題のスーパールーキー暗殺者」


「知らないわねそんな聞いただけで寒気がするような、文字通り二つの意味で寒い女の子なんて」


「知ってるな?」


「………だから何」


知らないフリをするほど、阿澄は氷川のことがあまり好きじゃないようだ。むしろ嫌いまである、そんな態度を取っている。


「一昨日彼女に会って、昨日も彼女に会った。氷川がこの学校に入学してきたことは知ってるな?」


「もちろん。私がそれを知らないはずないわ。だってこの上ないほどに不快だったもの」


「……何でそんなに嫌ってんの?」


翔雲がそう聞くと阿澄は嫌悪感漂う雰囲気をより一層強めながら睨んでくる。

とはいえ今から氷川を仲間にしようという提案をする翔雲にとって、ここで嫌いな理由を聞かずにはいられないのだ。


「…………嫌いよ。あの子と私は馬が合わない。だって考えてることが全然分からないし、何より」


「何より?」


「私と同じようにスーパールーキーって呼ばれてるくせに、私より強いことが癪に障りまくりなのよ」


「あちゃ〜、あの負けず嫌い日本代表の阿澄さんが負けを認めてるとは」


思っていたより嫌っているそうで、少し頭を抱えて悩む翔雲。二人が共存できないのであれば、阿澄をミシェル暗殺プランから切り捨て、氷川を仲間に入れる他ないが、できれば共存してほしい。


「なんなのよあの悪寒。目と目を合わせるだけで体調が悪くなったのかと錯覚するような悪寒に襲われるなんて、魔法使いか何かなの?それとも何?あの子実はポケ○ンで特性やら何やらでも持ってるの?」


「落ち着け阿澄。気持ちは分かる。俺も一昨日偶然出会して同じこと考えた。だけど、ミシェル暗殺のために、日本にいる俺ら以上のレベルの暗殺者はできるだけ、手の届く範囲で良いから仲間にしておくべきだと思うんだ」


氷川氷依、別名 悪寒の氷川。現高校1年生の純日本人。三人姉弟で弟が二人いる。普段から弟が甘えてくるため、自然と母性味溢れる性格となってしまった彼女だが、裏の顔は殺人を難なくこなす翔雲たちと同じ賞金稼ぎである。


2年ほど前から頭角を表し、下積みを感じさせないままいきなり5億の賞金首を狩ったスーパールーキーであり、現在その実力は同じくスーパールーキーの白銀の阿澄と同等かそれ以上と噂されている。


見た目は幼い少女で、その見た目通り非力であり、全く危険性がないようにも見えるが、何故か彼女と出会い、目を合わせた者は誰彼構わず全員強烈な悪寒に襲われる。


その目を合わせることによって感じる謎の悪寒から、悪寒の氷川と称されているのだ。


彼女と対峙した際、力勝負では確実に勝てるが、技術、頭脳勝負になれば彼女に勝てる者はそう多くなく、おまけに悪寒に襲われるため、並々の悪人じゃ歯が立たない賞金稼ぎだ。


「それはそうだけど、その子である必要はないわ。私にだって一人当てがあるのよ?その人を仲間にすれば彼女は必要ないと思うわ」


「俺が言いたいのは必要性の話云々じゃない。それにそれで言えば俺は氷川が必要だと思うし、できることなら仲間は多い方がいいと言っているんだ」


「多くても使えない仲間は足手纏いよ」


「使えるだろ悪寒の氷川だぞ?俺らとそう変わらない実力……いや悪寒デバフ付きなら俺ら以上の実力を待つ賞金稼ぎで俺が知ってる人物はもうアイツしかいないんだよ。あれ以上の暗殺者を仲間にするのは難しいと思うんだ」


「……………確かに私たち程度のレベルの暗殺者で今日本にいるのは、あの子と私がマークしてる人しかいないわ。それ以上となるとムッシュやカールみたいなトップオブトップしかいない……」


「そうだろ?」


「じゃあその二人を仲間にすればいいじゃない」


「違う!今はムッシュとカールを仲間にするかしないか論争をしているんじゃない!氷川を仲間にするかしないかの話をしているんだ!」


下手に会話を逸らそうとしている阿澄。よほど氷川のことが嫌いなのだろう。それでも翔雲は知っている。阿澄は押しに弱いと。


「頼む阿澄!氷川を仲間に引き入れること、許してくれ!お前と氷川の間に何があったのかは聞かないし、知りたくもないが、それでも、仲間が多いに越したことは中々ないと思うんだ!」


「………………」


「だからお願い!氷川を仲間にしても、いいか?」


翔雲は全力でお願いした。箸を置いて椅子から立って地面に両膝をつき、手を頭の上で合わせ神を崇めるように俯きながら懇願した。徐々に周りの視線が気になり出し、居ても立っても居られなくなってきた阿澄は根気強く閉じていた口を開かざるをえなかった。


「……………………いいわよ」


「ありがとう!」


「でも、まだ確定で仲間になると決まったわけじゃないんでしょ。引き入れる時は、悪寒に気をつけて慎重に、ね?」


「おう」


一昨日感じた悪寒、あの時は何とか誤魔化せたが、私はあなたと同じ賞金稼ぎです、そしてミシェル暗殺を企てていて、白銀の阿澄も一緒です、どうです?一緒にミシェルを殺しませんか?だなんて言ったらとんでもない悪寒を感じる羽目になるかもしれないだろう。


それだけは絶対に嫌だ、と決心した翔雲は、その後一度教室に戻り、村上と田嶋から制服の上着をやや強引に奪って十分に着込んで会いに行くことにした。

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明らかに制服の上に制服を重ね着しているのが分かるくらいには悪寒対策をしており、周りから視線を集めながらも翔雲は図書館に辿り着いた。


氷依はいつも休み時間になれば図書館で本を読んでいるという情報は入手済みだ。以前マフラーを返した時も彼女は教室ではなく図書館にいた。


「氷川」


図書館に入ると、より一層重ね着のせいで暑く感じる。少し暖房が効いていて普通なら非常に快適な空間なはずなのに。


翔雲は図書館の隅の方で読書を嗜んでいる氷依に話しかけた。


「ん?あ、柊くん、また会いましたね」


「おう………なんか、寒いな」


先程まで暑い思いをしていた翔雲だが、氷依と目を合わせただけで突然悪寒に襲われた。目を合わせなければ良い話ではあるが、それでは氷川に真正面から向き合っていないことになる。それは仲間を引き入れて欲しいと頼む側の態度として成り立っていない。

身体の芯は熱いが、表面は震えるような寒さ。まさしく体調不良の時の悪寒と同じだ。


一体なぜ彼女と目を合わせるとそう感じるのか、理由はきっと人間の身体の真理に関係しているのだろう。


レモンを齧らなくとも、齧る想像をすれば自然と涎が出るように、額に指を当てられただけで、自然とそれが恐怖に感じるように。


「寒い……ですか?確かに柊くん寒そうですね。それにそんなに着込んで……体調とか悪いのですか?」


「いや、朝体温測ったら平熱だったし、頭を痛くなければ節々が痛いこともない。ただ、お前と会った瞬間、寒くなった。何でだろうな」


「………………何故でしょうね。私が知りたいくらいですよ、そんなの」


本当に、何故そうなってしまうのか知りたがっている表情をする氷依。この相手に感じさせる悪寒が自分から出ている理由は、どうやら本人すらも分からなく、知りたがっているようだ。


「しかも普通に寒いだけじゃない、悪寒だ。お前といると悪寒がする。少し向こうで、二人きりで話がしたいんだが、いいか?」


「…………いいですよ。まさか柊くんがそっち側のお方だったなんて、知りませんでした」


氷依はポケットから出した栞を挟んで本を閉じ、それを持ちながら図書館を出ようとする翔雲の後ろをついていく。俯きながら、もう普段のような生活が続くことは無いのかもしれない、と考えながら。


「いえ、知りたくもありませんでした」


非常に重い寒気のするため息をついた。

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Plaize money 文明涼 @kana123

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