五話

 二人は改札口へと向かう。

 改札口には、頭の高さほどの低木があり、その枝に啄木鳥が留まっている。

 彼女は右手の人差し指を少し曲げながら、啄木鳥に差し出す。人差し指の爪の表面が一瞬ほのかに光り、ピィという声で啄木鳥が鳴き、翼に残高を表示される。一万五千六百五十穰と表示されている。【じょう】は、この国の通貨の単位だ。

 直近横隣の別の改札では、出場客の切符を啄木鳥が受け取り、さらに横の改札では、口ばしで切符に穴を開けたりしている。中には、二次元バーコードを読み取っている啄木鳥もいる。忙しそうだ。

 改札を抜けると、高い天井から光が注がれた広い待合室となっていた。柱が中央にそびえる立ち、壁の木材からは杉の好い香りが香っている。

 柱の周りには透明な円筒の海が静かに波打ち、目には見えない小さな海月達が泳いでいる。海月達は八千万匹ほどいるのだろうか、個々に赤緑青と発光しており、それらが画素となって様々な物を映し出している。それら海のような画面には、『秋の乾燥肌を防ぐ化粧水』『ようこそ湯沢へ』『のどごしつるつる稲庭うどん』などと言った広告が、色鮮やかに表示されている。活動写真のようにも、はたまた立体写真のようにも見ることができる。

 待合室でも列車内と同じく、皆彼女が近くを通ると何かに気付いた顔になり、半歩下がり礼をする。座っていてすぐに立ち上がることが出来ない者も上半身だけを彼女に向け頭を深く下げる。

 彼女はそれを見て、また『ありがとうございます』という表情をし、目で礼をする。そのように、いたって謙虚な立ち振る舞いをする彼女。しかし、表情はすぐに物悲しい顔へと戻る。


 待合室には多くの人がおり、孫から送られてきた写真を見せ合っている年配の婦人方や、眠ってしまった赤子を静かに抱擁する父親の姿などかあった。父親の子だろう女の子が『もうすぐお母さん帰ってくるね。ほら見てお父さん』と言い、父親に何か見せている。婦人方にもその女の子にも、手や腕に透明な鳥が止まっている。

 次の列車を待つ学生も座っており、彼の左腕にも、透明な青い小さな鳥が止まっている。鳥は羽を広げ、彼に羽の内側を見せている。そこには動くような色彩豊かな絵が刻々と表示されている。映し出された絵は宙に浮かびあがり、平面のようにも、立体のようにも見ることができる画面をなっている。そのからくりの原理は不明だが、空気中の小さな粒が光を散り乱すことで色づいているのだろう。学生は画面を指でせわしなくたたき、真剣な表情をしている。学生の耳には、自身にしか聞こえない音が鳥から届いており、学生は音に合わせて指の腹を画面に据えるという遊戯をしていた。いわゆる音ゲーである。

 ちなみに、ゲームに夢中なその学生は、他の者とは違い彼女に気付いていないらしい。

 彼女は、自身の左手を宙へ差し出した。するとふわり光り、鳥がどこからか現れた。

 彼女の小さな鳥は透明な桜色している。その鳥の画面には、今の時刻、天気、通知といった何かを伝え知らせる文字などが表示されている。上端には鳥のお腹の空き具合が百分率で表示されていたりもする。


 この国では、【伝鳥】と呼ばれる鳥が、一人ひとりに宿っている。伝鳥は、遠くに離れた人の声を届けてくれたり、文字で相手に喜怒哀楽を伝えたり、知らない事を調べたり、静止画や動画を撮ったり観たり、物の売り買いなどに使ったりと、様々なことができる。各伝鳥は、【宿木】という幾億もの木々から成る体系に属している。伝鳥は一瞬で宿木の間を自由に飛び回る。宿木に繋がる方法はいくつかあるが、大体の人はこの伝鳥を通じて繋がっている。宿木には、写真を共有する枝、動画を共有する枝、短い日記を呟き共有する枝、買い物ができる枝、教育に使われる枝、描いた絵を共有する枝、書いた小説を共有する枝など多くの枝がある。

 人々は、各人それらの枝上で好きな名前を自分に付け、名簿、もといアカウントとして登録し利用している。枝を悪用すると、そのアカウントが永久凍結される。

 伝鳥は水の中でも現れるが、なぜか水の中からでは宿木に繋がることができない。きっと水が苦手なのだろう。


 彼女は伝鳥で時刻を確認し、駅舎の出口を目指す。

[おい、由利ゆり、酒を買え]

 外へ向かって歩いている由利に彼が言った。ずいぶん偉そうな口調だ。

[上で買った酒がなくなった、これでは仕事にならんぞ]

 続けて彼は言った。上とは、浮遊島のことだろう。

[・・・よく行きの道中でお酒など飲めますね]

 由利は立ち止まり彼に言う。

[うるさい、さっさと買え]

 彼はうるさく言う。

 どうやら二人は遠感で話をしているみたいだ。周りには二人の会話は聞こえていない。彼の偉そうな態度には慣れているのか、由利は淡々と駅舎内のよろず屋へと足取りを変えた。


 二人がよろず屋の入り口に近づく。扉の上にいる小さな赤い蝶が二人を歓迎し、ドアを自動で開けた。店内には、軽食、即席麺、飲料、氷菓子、おやつ、筆、ご祝儀袋、石鹸、シャンプー、歯ブラシなどが置いてある。中には、光の波の長さよりも長すぎて、目には見えなくなってしまった特殊な光を使い、食べ物内にある水の子達を踊らせることが前提で作られた食品もある。これらの食品は、通称、熱線炉、もとい電子レンジと呼ばれるからくり箱の中に入れられる。箱の扉を閉め、正面のダイヤルで時間を定め、開始釦を押す。すると数分後に鈴の音が、チンと鳴り、食品が温かくなっている。実に便利なからくりである。熱線炉の扉にはでかでかと、『金物の投入厳禁!』という張り紙がされている。きっと危ないのだろう。

 店の天井には、白い光を放つ大きな烏賊が何匹が泳いでおり、無駄に明るい。

「・・・いらっしゃいませー」

 商品棚に品物を並べていた女の店員が、少し気だるそうに挨拶をする。そしてしゃがんで作業をしてた店員は立ち上がり、横目で入店してきた由利を見た。

「い、いらっしゃいませ」

 由利を見た店員はおろおろし、態度を改め再び挨拶した。深く礼もしている。

 由利も店員に礼をし、店の中央に向かう。

 中央の商品棚には、瓶詰された火酒、麦焼酎、芋焼酎、そば焼酎、和酒などが陳列されている。由利はそれらの横にある、紙で作られた六面体のパックに手を伸ばした。その中には和酒が入っている。紙パックの裏側は薄い樹脂が塗られ、酒が外へ漏れないように工夫されている。付属する細筒を口にくわえ吸うと、中の酒が大気という自然の力で押し出され、口内へと運ばれる仕組みだ。

[それじゃない、もっと上等なのにしろ]

 自分が買えといったはずなのに、また男は偉そうに指図する。

 由利は、ゆっくりと店の奥にある冷蔵棚いくつもある場所に移動した。棚の内部には、透明な樹脂筒や缶筒が並んでおり、お茶、珈琲、清涼飲料水、気分をすっきりとさせたい時に飲む、赤い雄の牛の発泡水、などが並べてある。誰でも飲める物の他に、酒も売っている。麦酒、発泡葡萄酒、発泡和酒などいろいろな種類ありが冷やされている。その中に一つの棚を丸々占めている酒がある。火酒に発泡水を加え、さらに檸檬の果汁を加えた酒だ。巷の居酒屋では、最初に麦酒を一杯飲み、次にこの酒を頼む者が多い酒だ。

 彼女が冷蔵棚の扉を開けると、奥に雪兎の親子が眠っている。兎達の体温は分からないが、扉前にある温度計の目盛りは、摂氏七度、を示している。この兎達は冷蔵棚の中を冷やすのが仕事のようだ。母兎は眠ったままだが、子兎が由利に気付き、ぴょんぴょんと寄ってくる。由利は小指で子兎を愛でた。赤い目が可愛らしい。鼻もひくひくとしている。

[それだ、高清水の純米大吟醸だ]

 男に戯れを邪魔される。

 子兎は母兎の後ろへと戻ってしまった。そして母親の尻尾の付近から顔を出し、心配そうにこちらを見てくれる。

 由利は酒の小瓶をそっと手にとり、遠目で子兎を見ながら扉を静かに閉めた。

「着く頃には冷やになる。それがいい」

 彼女と子兎のひと時の出会いなど知ってかしらでか、低い声で無神経に言っている。

 由利は酒以外、何も手に取らずに勘定台に向かう。

 勘定台には先回りをした店員が待っており、再び、『い、いらっしゃいませ』と言った。由利が台に小瓶をそっと置く。瓶にはのりで塗られた紙が張り付いており、その紙には白黒の線何本も描かれている。駅の改札で啄木鳥が読み取っていたバーコードよりも簡素な柄だ。店員の手には、刷毛に紐がついたような物が握られている。その先端には、店の自動扉と同じような赤い蝶がおり、赤く光を放っている。バーコードリーダーという代物だ。

 店員は紙を光にかざした。ピィ、という音がする。

「ね、年齢確認釦お願いします」

[ふん。毎度毎度面倒だな。必要なのかこれ]

 彼が低い声で文句を垂れる。

 勘定台の上には大きな箱が置かれ、画面が付いている。画面は文句を垂れ流す彼の方を向いており、その画面には、『はい』『いいえ』が表示されている。画面の『はい』に指が触ると、ピーピという音がし、金額が表示された。

「い、一点で、きゅ、九百八十穰になります」

 画面の横には四角い板に付いており、緑に光っている。蛍がいるのか仄かに光っている。そこに指をかざすと、一瞬だけ伝鳥が現われ、同時に蛍が緑から青色になる。青は、問題なく支払いが完了したという光だ。

 店員は少し手元が震えていたが、小瓶が割れないように白い薄葉紙で丁寧に包んでくれる。

[ほら持て由利]

 彼は、自分は持つ気などさらさら無い、というように彼女に言い放った。

 由利は包んでもらったそれを、あずま袋へと入れる。

「あ、ありがとうございました。ま、またお越しくださいませ」

 店員が礼をし、由利も丁寧にお辞儀を返す。

 二人は店の出口へと向かった。店員は由利を見送っている。店員は自身の伝鳥を出し、宿木に繋げた。しばらくの間仕事を放り出し、宿木のどこかに彼女がないかと探したが、どの枝にもいなかった。

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血桜 ~秋田空想浪漫ちっく活劇談~ 横手さき @zangyoudaidenai

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