第11話

「……手伝うって言うか、それ私が全部やるやつだよね」


 クラリスが面倒くさそうにつぶやく。


「まあ、それが一番早いから。私が使役できればそれでいいんだけど、多分あの魔物は使役できない」

「それは君よりも強いからって事?」


 確証はないが、おそらくそれは違う。私より強いのならば、洗脳が失敗すると同時に致命傷を負いかねない。けど、あの時はそれがなかった。


「わからない」

「……そう。まあ、別に構わないよ。尋問というか、ただし」


 そういうと、すたすたと歩いて行った。


 ***


 魔物の収容スペース――独房は、本来許可がなければ入ることはできない。

 が、クラリスに関しては、その管理を任されている以上、出入りが自由に行える。尋問をしてもいい許可を貰えるかは別だが、最悪機構と揉めることがあっても彼女がいれば問題ない。


「着いたよ。ここにいる」


 二重扉の鍵をあけると、鎖に繋がれた状態の魔物が顔だけを上げてこちらを見ていた。


「久しぶり、元気してた?」

「……なわケ、ないだロ」


 セリカに付けられた反転治癒の傷は癒えていないようで、人型だった体は半分以上が溶けかけ、作りかけのガラス細工のような歪な見た目をしていた。

 遅れて部屋に入ったセリカが、魔物の姿を見てため息を吐いた。


「これは別に答えなくてもいいんだけどさ、魔物ってどうやって増えてるの?」

「……影から、産み落とされル」

「じゃあ、その影はどこにあるの?」

「それは、」


 言い淀む魔物の目をクラリスがじっと見つめる。


「知らなイ」


 彼女の瞳は全てを見透かす。吐いた嘘も、考えていることも。だが、それによる疲労は大きく、長時間使うことはできない。


「……へぇ」


 クラリスがつぶやくと、魔物の前で跪いた。


「ざっと200体。これは全てレベル5の魔物で、君はその中の一体。国道の守護を任されている責任者で、君が捕まったことにより君の上司はご立腹」


 淡々と情報を重ねていく。当の魔物は、クラリスの目のみを見詰め、黙り込んでいた。


「魔物を集めている理由は、あぁ、一番強い魔物を復活させようとしてるんだ。でも疑問、そもそも魔物ってなに?」


 魔物の顔が徐々に歪む。


「へぇ、東京の地下に広がる苗床の影から生まれるモノで、知能を持つ生物が死ぬとその知能を奪って成長するんだ。あぁ、だから一気にたくさんの人間を殺して影に栄養を蓄えれば、その一番強い魔物さんが復活するかもって考えてる」


 ちょうど五年程前に、それまで見つかっていた魔物の中でもとりわけ強い個体が発見された。高い知能と身体能力を持ち、人間と意思疎通が可能な個体だ。


 その魔物は、魔法少女数十人によって制圧された後、収容所へとぶち込まれた。多数の魔法少女の犠牲と、都市陥落事件を起こしたこの魔物は、知能が高いが故に、その収容所から出ることはできないことを悟ると、その知能の高さと魔物としての知識のほとんどを機構に提供した。


 機構はこの魔物に、魔王という名前を付けたが、最終的にその魔物がどうなったのかは今でもわかっていない。

 だが、クラリスはそれを知っているようだった。


「君たちは多分、そもそも大きな勘違いをしてる」


 魔物はされど、クラリスの目を見たまま動けない。


「そもそもさ、君たちは魔物が生まれる時にどんなプロセスを辿るのかって理解してるの?」


 問いかけるが、魔物からの返事はない。当然かとため息を吐く。


「知るわけないか。……魔物は、コアに影が覆いかぶさることで生命体としての形になるの。だから、コアを破壊すれば確実に殺すことができる。じゃあ君たちは、その復活させたい魔物のコアを見つけることはできたの?」


 出来ているわけがない。クラリスが確証的に続ける。


「仮に君たちが大量の人間を殺して影に落としたとして、それで何が起こるか、私が当ててあげる。君たちが大事にとっといているいくつかのコアに影が肉付けされて、弱い魔物がたくさん生まれるの。だって――」


 ―—君たちが探している魔物のコアは、私の体内にあるから。


 ***


 5年前の話だ。


 東京は一度、ある魔物によって壊滅させられた。魔物によって放出された影質を吸い込んだ人間が半魔のバケモノへと変貌し、周囲の生き残った人間を殺しむさぼり喰らう。そんな惨状を引き起こした、狡猾で高い知能を持った、完全な人型の魔物。


 その魔物は、およそ10年前から度々東京に現れては、魔法少女狩りを行っていた。その目的も、彼女が何者なのかも不明で、ただ、魔法少女の殉職数が増えていくばかりだった。


 クラリス。それが、その魔物の名前だ。10代の少女の見た目をし、人と同じ生活をしていた。その陰で魔法少女を殺し続け、積み上げた屍の上で胡坐をかく。


 彼女は魔法少女と同じく、魔法を自在に操った。それだけではない。彼女に扱えない魔法はなく、彼女が原理を理解した物を再現、構築、運用することができた。

 空間を折り曲げる魔法を放ち、多数の魔法少女を圧死させた圧殺事件。国会議事堂に小型の隕石を落としクレーターを作る要人暗殺事件。

 統括機構の研究所があった地下を爆破し、多数の職員が犠牲になった本部爆破事件。


 そして最後には、首都に疑似ブラックホールを放ち、駆逐に当たった多くの魔法少女の消息を不明にした。事実上、最強の魔物。それがクラリスであり、


 ―—魔法少女、クラリスのコアとなった魔物だった。


 ***


 運が良かった。影質の濃さが基準値を超え、霧のような黒い靄が辺り一面に立ち込めていたのを今でも鮮明に覚えている。少女の住む地区は封鎖され、間もなく、自衛隊と魔法少女の大体が規制線を越えて街に侵入した。


 少女は見ていた。影を吸い込んだ人間が意識を失い、すぐに魔物と同質のバケモノに変じる瞬間を。彼らを人ならざるモノに変えた影を吸い込んでも、何の異常もなかった自分の両手を。


 共に出かけていた家族は、みんな目の前で化け物になった。体の半分が濃い紫色の影に覆われた獣のような見た目をした化け物だ。まだ影に呑まれていない、人の形を保っている右目が、涙をこぼしながら彼女を眺める。

 しかし、表情とは反し、彼らは牙を剥き、黒く変色した長い爪を彼女に突き立てた。


 もう助からないと思った。彼らだけではない。周りにいた他の人間でさえ、自分以外は全て影に覆われた異形の怪物になった。その異様な空間で、自分だけが人間だったのだ。


 母親だったバケモノの黒爪が、腰の抜けた彼女の額に触れる。今思えばそれは、母親の最後の自我だった。我が子を安心させるために伸ばした手だった。しかし、少女からすればそれは、もうすでに母親などではない、ただのバケモノだった。


 声にならない声を上げる。周囲を蠢くバケモノが自分の元に歩いてくるのがわかる。

 もう助からない。そう思った時だった。


 ―—地面が盛り上がり、道路を割り出現した黒い塊に、全てが落ちていったのだ。


 暗闇に落下する少女の手を、年若い見た目をした少女が掴む。


「お前は死ぬべきではない」


 そんな声が聞こえると、少女の意識が徐々に暗闇へと落ちていく。

 運が良かった。あの時、自分を助けてくれた女の子が誰なのかを、少女は知っている。

 クラリス。後に聞くことになる彼女の名前は憎むべき悪として広まっていたが、彼女が思うクラリスはそんな存在ではなかった。


 東京を混乱に陥れた巨悪でも、事実上最強の魔物でもない。

 自分の命の恩人だ。


 そもそもあの影質の暴走は、クラリスの引き起こしたものではなかった。元凶は別にいる。


 今でも、頭の中に響くのだ。


「全ては、機構が始めたことだ」


 そう語る少女の姿をした魔物――クラリスの声が。



───


某感染症により少しの間ゆっくりめに更新します。何卒〜m(*_ _)m

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洗脳系魔法少女 孵化 @huranis

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