第10話

 魔法少女『クラリス』に関する情報は、そのほとんどが秘匿されている。

 なんてことはないが、おそらくは、いくら調べようとも全く見つけることができない。


「初めまして、シェーレ。あと、リリス……?」


 鈴のような声が冷たい廊下に響く。温度とは対照的に、あたたかい声色だった。


「初めまして、えっと、クラリス、さん?」


 リリスが彼女とセリカを等分に見て、意味深な疑問符を浮かべた。


「……小柄なのは生まれつきだから」

「あ、いや! そういう事じゃなくて、」


 クラリスが唇を尖らせる。


「ずっと太陽あびてないからだもん」

「いや、別に身長の事を言ったわけでは……」


 私も向き直り会釈すると、彼女も満足げな笑みを浮かべる。


「ずっとってことは、しばらく前から地下に?」

「うん、もう二年くらいは地下にいる。別に不自由はないけど、少しだけ暇かな」


 クラリスがここの看守をしていることは聞いていた。私が魔法少女のになったのが三年前だから、ちょうど入れ違う形で看守になったのだろう。実際に会うのは初めてだった。


 とことこ、とこちらに向かって歩いてくる。

 一応研究棟だからだろうか、長すぎる白衣に身を包み、裾を引き擦っていた。


「しぇーれ、暇だし、ちょっとあそんでよ」

「……なにで?」

「あなた、魔物をだせるんでしょ? 100体くらいだして」


 ***


 幼女なのは見た目だけじゃないらしかった。

 二年以上は地下に幽閉されているといっていたし、見た目の年齢だけなら11歳程度だが、仮にそこから二年経っているとしても13歳だ。


 幼いにも程がある。


 リリスも同じことを思っているようで、「まるで子供じゃない」と耳打ちしてきたが、続いたクラリスの「ちなみにそれきこえてるよ」という一言で冷や汗を浮かべていた。


「彼女は聴力が高い。おそらく、移植したコアの能力の弊害なのだろうが、普段はその高すぎる聴力を抑えるために、ノイズキャンセリングの搭載されたイヤホンを付けていたくらいだ」

「地下に来てからはつけてないけど。もともとしずかだし」

「え、ちょっと待って、じゃあクラリスは何歳から魔法少女を?」

「10歳」

「今は?」

「13歳」

「……なるほど」


 つまりただの幼女というわけだ。


 いや、13歳なら少女か。だが、13歳でも140センチは低すぎる。彼女が言うように、太陽に当たっていないからだろうが、それでも、彼女がちゃんとした生活を送れているのか心配になる。


 余計なお世話だ。


「ちなみに、使役物ペットをどうするつもり?」

「決まってるじゃん、戦うの。暇だから」


 クラリスが目を輝かせる。


「……戦わせてあげたいのはやまやまなんだけど、生憎、使役物ペットの数にも限りがあるんだよね」

「ちぇ、ざんねん。まあいいよ、どうせ地下にいるうちは戦える場所なんかないし」

「じゃあなんで頼んだんだよ……」

「だから聞こえてるって」


 クラリスは悪態をつきつつ笑っていた。セリカが言うには、クラリス的には冗談のつもりらしい。


 三年程地下にいて、その間人と関わっていなかったのだから、コミュニケーションに独自性があることは当然かもしれない。


 なんてことを思いながら歩いていく。どこに向かっているかはわからないが、やけに薄暗く寒い場所だった。


「これ、電気付けちゃダメなのかしら」


 リリスがつぶやくと、すぐにセリカが「魔物を挑発することになるが、それでいいなら付けよう」と言った。


 クラリスとセリカがいるのなら魔物が一斉に襲ってきたところで問題ないだろうが、その場合始末書の騒ぎではなくなる。


 それこそ、地方統括をすっ飛ばして本部での異端審問、満場一致で処刑が決定して翌日には死罪だ。始末書なんて話じゃない。始末処される。


「本来なら私たちだけで地下に行くのは禁止されているが、今回はクラリスが同行しているからと特別許可が下りている」

「私もセリカから話は聞いてる。残念だけど私はもうしばらく地下から出れないから、今回だけ君たちを地下に呼んだの」


 無表情のまま進んでいく。既に独房エリアに入っているようで、時々クラリスが顔をしかめていた。


「私でも最下層には滅多に降りない。二人とも運がいいね」

「一歩間違えたら首が飛びかねないと思うと、運がいいのか悪いのかわからないよ」

「確かに」


 ころころと笑う姿だけは、年相応だった。


「——着いたよ」


 一切変わらない景色の中を15分ほど歩くと、クラリスが唐突にそういった。


「ここは独房エリアとも離れてるから、電気も付けて大丈夫。あ、あとカメラも録音機もないから、会話の内容も上にはバレない」


 通された場所は、中央に円卓の並ぶ、会議室のような小さな部屋だった。


 ***


 クラリスは、その聴力から、録音機やカメラなどが発する微弱な音を聞き分けることができるらしい。ここだけ無音だったことを疑問に思い辺りを散策した結果、ずいぶん前に捨てられた会議室であることが判明した。


 具体的にいつ頃の物なのかはさておき、影の中にあるからか、ソファや机に埃が積もっている様子はなかった。


「ちょうど君の後ろ側にある棚、そこに昔の議事録なんかが入ってるから読んでみるといいよ」


 そういうと、魔法少女の研究に関する議論の流れが書かれた本を机の上に置く。


「——さて、本題に入りたいのだが」


 セリカが言うと、必死に背伸びして本を探していたクラリスの動きが止まった。

「ちょっと待ってよ」と不満げに唇を尖らせる。


「あ、あった! これ、みて!」


 そういい彼女がおいた本は、これまでコアにされた魔物にまつわるものだった。

 Deep sea、深海。

 quantum、量子。


 正直意味は分からなかったが、一つだけ気になる記述があった。


 Claris、造語だ。ちょうど彼女の名前と同じ。


「ここには、今までコアにされてきた魔物の名前が載ってる。で、ここを見ればわかる通り、魔法少女の名前は魔物の名前と同じ」


 睨むセリカを横目に続ける。


「魔物の名前と魔法少女の名前を同じにするのは、本部にとって、どの魔物をコアにしたかわかりやすくするためだと思う。そこで、君たちの目的は徒党を組んだ魔物に対する対抗措置を取るためで、ここに来たのは私を頼るため、合ってる?」

「ああ、間違いない」

「よかった。ならこれはあくまで疑問なんだけど。コアに適合できなかった魔法少女達って、どうなると思う?」


 ***


 魔法少女は、その体内に魔物のコアを移植されている。魔物は、コアを破壊された瞬間から絶命が始まるが、魔法少女もそれは同じで、身体強化、魔力の書き換えなどが可能になる代わりに、移植されたコアに生命維持の全てが委ねられる。


 ならば、コアに適合できなかった個体はどうなるのだろうか?


 答えは簡単だ、コアに体を食い破られ、魔物と一体化する。


 コアは、魔物の持つ全ての情報が詰まった核だ。その核を移植されれば、普通の人間では溢れる魔力に耐えることができず、やがて魔物と化してしまう。


 体内から魔力に侵食された個体を侵食体と呼び、移植されてからしばらくはこの研究所で生命維持装置に繋がれる。

 その間に侵食体へと変貌を遂げた個体は、研究所の下層部。つまり、独房のある収容所へと押し込められ、次の魔法少女のためにコアを抜き取られ絶命する。


 その仕事の一端を任されているのが、クラリスだった。


 彼女は、魔物のコアに直接攻撃を仕掛けることができる。


 いわば、攻撃全てが致命傷となりうる魔法を放つ、近づくことはおろか、目を合わせることすら危うい存在だ。


「——その魔物がいるのが、ここより一階層下の収容所」

「……私たちは運が良かったのね」

「偶然魔力に耐えられる体をしてただけって感じかな。耐えられなかった子たちは、とても人とは思えないような見た目をしていたから」


 例えば、手足が六つあり伸縮可能な、ゴムのような見た目をしている者や、溶けて液状化し、触れることができなくなった者。獣のような見た目になった者や、巨大な目玉のような見た目になった者など。


 クラリスが見てきた元人間の魔物は、それこそこの三年間で100体は超えているといった。


「その魔物たちは最終的にどうなるの?」

「再利用される。でも、コアは変質してるから、元の魔物じゃなくて、人が変化した方の魔物の性質に引っ張られるみたい。ここからが面白くて、その変質コアの方が、コアとしての純度が高いの」

「つまり、人間が魔物化したものの方が、魔物としてのレベルが高いって事?」

「そう。その性質も練度も、元の魔物より高くなる」

「……ちょっと待って、それって、」


 リリスが何かを言おうとしてセリカに制された。


「声を荒げるな。仮にカメラがないとしても、この階に誰かが来る可能性は十分にある」

「ご、ごめん。えっと、ってことは、わざと魔物化させれば、コアの厳選ができるって事よね」

「……そう。そして残念ながらその予想は当たっていて、今現在も機構による人間の魔物化が進められている。この収容所以外でも」


 ぽつりぽつりとクラリスが語る。三年間で得た知識は広く、また、ここに会議室がある理由を探すには十分すぎる内容だった。


「例えば、コアがむき出しになる代わりに高い身体能力を持つ魔物がいたとする。その魔物を殺す時に、コアのみを集中的に攻撃すると、次に魔物化する時にコアが体内に隠れるようになる。それの応用で、魔法に弱かった魔物がいれば魔法が強くなるように矯正して、身体能力が低ければ殺すときに広い空間で一方的に蹂躙するの」

「コアが破壊されない限り死なない性質を利用して、そのコアに生存本能を刻むという事か」

「そう。魔物も生殖するならいくらでもかけ合わせられたんだけど、今のところは人を媒介にしないと矯正できないみたい」


 クラリスの前髪の触覚部分が数本口に入っているのが目に入った。

 本人は気づいていないようで、そのまま話を続ける。


「ちなみに、この本に書かれているのは、その矯正した魔物の名前だよ。Deep seaなんかは、みんなも知ってると思うけど」


 リリスが顔を顰めると、咳払い一つして頬杖をついた。


心海しんかい。列強の三位か」

「え、?」


 セリカの声にクラリスが驚いたような声を上げる。

 彼女が地下に行く前は、列強に入ったばかりだったのだから無理はない。


「ぜっっったい会いたくない!」

「……どのみち協力は仰ぐことになるだろうけどね」


 確かに癖が強いことは認めるが、セリカほどではない。


「だが、彼女は今地方守護に当たっている。なんでも、大名行列が近いらしい」

「何が大名行列よ。こっちは首都直下だっつうの」

「……言いたいことはが、私怨は一旦置いておけ、そろそろ本題に入ろう」


 セリカらの都市部にいる列強は、現在魔物が徒党を組みなんらかの目標を持って地下から出てこないことを問題としている。

 クラリスは、機構が研究のために一般人の魔物化を進めていることを問題だと認識している。


「これは先日ハエが確認したものだけど、この付近の既に発見されてる影の中に魔物は一匹もいなかったって」


 それが意味するのは、彼らがどこかにある影の中にこもって何かをしているという事だ。だが、その確固たる証拠がなければ何もできない。


「だから、単刀直入に言うんだけど」


 クラリスに向き直る。


「この前セリカが捕まえた魔物の尋問、手伝ってもらってもいいかな」


 髪の毛をいじるクラリスの手が止まる。ため息をつくと、扉の方へと歩いて行った。

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