第32話 費やした日々
びゅうと、一陣の風が荒野をさらい、ジョンとライアット、2人の間をタンブルウィードが転がっていく。
「アイツへの狙撃はアンタがやったのか?」
「まぁね、ジョン君だってあのくらいの距離なら簡単な物だろう?」
「まぁな」
かわした言葉はそれだけ、2人は緩やかに腰を落とし、ホルスターに手を近づける。
そこまで鏡合わせの様に2人は同じ動作を取ったが、そこから先はやや異なっていた。
ライアットはそよ風に優しく揺れる葦の様に柔らかに。
ジョンは身を切るような寒さに体震わす幼子の様に。
その様子を見てライアットは心の中でため息を漏らす。
ニューデンプションでの仕事が終わり、いったんトゥームストーンへと帰るつもりだった。
だが市長からの要請で、急遽、懐かしのナスカッツへと戻ることとなったのだ。
久しぶりに見るナスカッツの町はあの頃よりもまた更に発展はしていた。
その代わりなのか何なのか、町民たちの間になにかおかしな空気が漂っていたが、最早よそ者でしかない自分が口を出すこともないだろうと黙っていた。
10年と言う時間は、人や町が変わってしまうには十分な時間だった。
(だが、君はあの頃のままだ、ジョン君)
目の前の少年、いや、青年はあの頃のままに銃を人に向けられないでいる。
大切な人を誤って討ち殺してしまった、などと言うドラマチックなトラウマは、青年には存在しない。
ただ単に生まれつきそうだったというだけの話。
(今回こそは、と少し期待したんだがね)
ニューデンプションでは、何やら不思議なマジックによって、ガンマンとしての勝負はお預けされた。
その不思議なマジシャンが今回のターゲットだと聞かされた時は、多少驚きはしたもののただそれだけの話だった。
変われるものは他人が何をしなくても変わってしまうし。
変わらないものは他人が何をしようとも変わらない。
それはそう言うものだからだ。
これ以上長引かせても仕方がない。
ライアットは、緩やかに行っていた呼吸をそっと止め――
――ダン
鳴り響いた音は1――直後に2人の中間点でキンと甲高い音――
「ぐっ……」
ライアットの右手に衝撃が走り――
人差し指と親指が右手を通じて嫌な音を響かせながら――
ライアットのシンボルと言えるバントライン・スペシャルは回転しながら後ろへと弾き飛ばされた。
「きっ……君は……」
ズキズキと、痛みで痺れる右手を押さえながら、ライアットは青年の姿を眺める。
「あぁ、アンタもよく知っての通り、俺には人は撃てねぇよ。
だから、アンタの銃を撃った」
青年――ジョン・サイランドは淡々とそう言った。
彼は簡単にそう言ったが、彼がやったことは、お互いの銃弾同士をぶつけ合わせ隙を作った後に、残弾が暴発して此方が無用なダメージを与えないよう0.2インチ(約0.5mm)すらないフロントサイトを狙い撃ちしたのだ。
(やはり、君は化け物だよ)
右手を押さえながら膝をつく自分の隣を駆け抜けていく年下の先輩の風を感じつつ、ライアットは自嘲とも感嘆とも取れる笑みを浮かべる。
そう、そんな事は当の昔、10年前のこの町で一緒に修行をしている時から知っていた。
あの、臆病で怠け者でサボリ癖がある少年は――
「彼とは器が違った、という所か」
ライアットは吹っ切れた様にそう微笑む。
勿論、
★
「今……何を?」
ライアットの後方で、一連の攻防を見ていた智には何が起きたのか把握できなかった。
むろんライアットが邪魔でハッキリと視認できなかったという理由は大きいが、そんな事以前に、ライアットが早撃ちで負けたという事が理解できなかったのだ。
昨日この町に来たライアットには自己紹介代わりにその腕前を見せてもらった。
その技の冴えは、銃と刀との違いはあれど、超一流の抜刀術の使い手と相違ないものだった。
「やはり、注意すべしは貴殿でござるな」
智はつい先ほど此方へと向かってくる男にしてやられたことを思いだし気合を入れなおす。
「させんでござるッ! 九尾狐は人類が敵ッ! ここで滅すが一族の使命ッ!」
智は錫杖を地面に突き刺し、素早く手印を汲む。
「水剋火! 燃ゆる焔も滝は渡れず! 蒼目白竜大瀑布ッ!」
詠唱と共に、智の前方に白竜の頭部が現れ、大きく開かれた口から多量の水が吐き出される。
直径にして10フィート(約3m)はある水の砲弾がジョンに向かって放出されたが、それよりも前に横へ方向転換していたジョンには当たらなかった。
(くっ! 逸ったか! 大技では捕らえきれない!)
「水剋火! 奔る燎火も雨には敵わず! 千手共連船幽霊!」
ぶるりと、智の周囲の地面が波打つなり、そこから何本もの水の腕が生えてきて、それらは一斉にジョンに向かって伸びていく――が。
(なぜだ⁉ 何故かわせる⁉)
その後も智は手を休めることなくありとあらゆる手段を用いるが、ジョンの走りを止める事は叶わない。
陰陽師の名門土御門家。
その傍流の家に生まれ落ち、天下人民の敵である
少女は知らなかった、自分の元へと迫り来る男の事を。
話には聞いていた、だが、これほどまでとは想像すらできなかった。
目の前の男が得意な事は、怠ける事、だらける事、そして何よりも逃げる事だったという事を。
ジョンは逃げる、逃げ続ける。迫りくる多種多様、奇々怪々な攻撃の全てから、逃げ延びながら前に進む。
視界の外から襲い掛かる攻撃、物量でもって面で迫る攻撃、その程度の事は父親から逃げる時に経験済み。
物理現象の外にある理解不能な現象も、
「くっくるなぁあああああ‼」
智はそう叫びながら錫杖を手に取り、自分の前でぐるりと回す。
「破邪司り北方の神! 水! 黒! 山! 執明神君玄武盾!」
錫杖の軌跡は黒へと染まり、大砲の直撃にすら耐えうる鉄壁の盾となる。
少女が持つ術の中で最高の硬度を誇る障壁の後ろで、少女が半呼吸安堵した時だった。
キンと、何か甲高い音が胸元から響いて来た。
「……え?」
少女は錫杖を持つ両手の間から胸元へと視線を向ける。
そこにあった筈の翡翠の勾玉は、わずかな欠片を残して砕け散っていた。
「う……そ……」
気の抜けた少女はペタリと地面に座り込みそう呟いた後、フラフラと頼りなく視線を上にあげる。
少女の目の前には、銃をくるくると回した後ホルスターに収める男がいた。
「ど……どうやって?」
砂漠で水を求めるかのようにそう言った智へ、ジョンは少年のような笑みを浮かべてこう言った。
「別に大した事はしちゃいねーよ。そこらの石っころに銃弾打ち込んで下から狙っただけだ」
「は……はは……」
そう言われた智は笑うより他は無かった。
全力疾走しつつ、目視不可能な親指頭大の標的に向けて、標的以外の一切を傷つけることなく跳弾で打ち抜く。
それを成しえるために、どれほどの技術と努力が必要なのか想像すらできなかったのだ。
「まっ、これでお前さんの切り札とやらは砕け散――」
銃声が鳴り、ジョンの胸に大輪の花が咲く。
その花は、頭上に燃える太陽よりも赤く、雪の様に輝いていた。
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