第30話 援軍
「……え?」
ターンと言う音は、タマモが背後に吹き飛ばされたほんの少し後にジョンの耳へと届いた。
(遠距離狙撃っ‼)
ジョンは地面に背後から倒れたタマモを抱きかかえ、急ぎ射線の陰に移動する。
ここは、西部の町だ、町の4方には簡単な見張り台が存在している。
(さっきまでは誰もいなかったはず)
アレコレと様々な事が頭に浮かびつつも、父親に応急処置も仕込まれたジョンの体は自動的に動いていく。
(…ってあれ?)
タマモの服にはちょうど心臓の真上に穴が開いていた。見張り台までの距離からすればそれが一流の技なのは良く分かるのだが……。
(出血がない?)
タマモは人間ではなく妖怪と言う生き物だ、例え傷ついたとしても血が出ないのかもしれないと、ジョンがタマモの服胸元をガバリとあけ――
「何やっとんじゃ貴様! どさくさに紛れて
――ようとしたジョンの顔面に、タマモの拳がめり込んだ。
「ーーーーー⁉⁉」
鼻っ面を思い切り殴られて、地面を転がりまわるジョンをよそに、タマモは苦虫をドンブリ一杯噛み潰した様な顔をしつつ、胸元から青く輝く何かを取り出した。
「……って! お前それ!」
青の輝きがチラリと目に映ったジョンは、猛スピードで地面を這いずりながら近づいて来た。
「う……む、あのケチ臭く器が小さい情緒不安定なジメジメ女からの戦利品じゃ」
そう言うタマモの手の中には、バコタールから貰ったコヨーテの破片が荒野の眩しい日差しをキラキラと反射していた。
いざという時の取って置きの切り札が失われたことに、タマモは砕けんばかりに歯を噛みしめる。
だが、時間は2人を待ってくれなかった。
『おおおおおおおおおお!』
「「⁉」」
荒野の大地を揺るがすような声が町の中より聞こえて来たのだ。
「なんかヤバい! 一先ずずらかるぞ!」
ジョンは破片となったコヨーテを見つめ続けるタマモを有無を言わさず小脇に挟み、町から少しでも遠ざかろうと――
ボンッ!
と言う大きな音とともに、内部から塀が爆散した。
「はぁあああああ⁉」
その予想外の光景に、ジョンがあっけにとられていると。
『おおおおおおお!』
「ほわぁああああ⁉」
即席の門からも、正門からも、次々と銃を手にした町民たちが、雄たけびを上げながら飛び出してくる。
「なっなななななな⁉ なんでこんなやる気満々なの⁉」
ダダダダダと、無数の銃弾が逃げ回るジョンの体を掠めていく。
「マジ⁉ これマジ⁉ 何時から
がん泣きしつつも『背中に目がダース単位でついてるみたいで気持ちが悪い』と呼ばれた驚異的なビビリセンサーと、ゴキブリが如きしぶとさと、類まれない悪運その他もろもろ総動員して、何とかクリーンヒットは避けつつも、ジョンはひたすらに逃げ回る。
だが、相手は多数の町民、それも何か悪い夢でも見ているかのように、老若男女の区別なく、ほとんど町総出になって銃を撃ちながら追いかけてくる。
「なに⁉ なんで⁉
ここは西部だ、1家に1丁どころか、1人に1丁の銃があってもおかしくはない。
だが、基本的に平和で、たまのトラブルの時でさえ、殴り合になる事すらまれな平和な田舎町だったはずだ。
ジョンはウィンチェスターの事を大いに見くびっていたことを体を掠めていく銃弾に感じつつ――
ドドドドドドドドド
と東から地響きが追加で鳴り響いて来て、ジョンは白目をむきそうになるが――
「仇には仇を、恩には恩を、オレたちは! 決して約束を違えないッ!」
「ハッ! いいわよ貴方たち! そのまま真っすぐッ!」
耳に届いて来たのは、聞き覚えある太く頼もしい声と、凛々しく響く少女の声だった。
ハカンは裸牛の背にまたがり、何十頭もいる牛たちの先頭に立ち、ヘレンは馬に乗ってそれらを追い立てていた。
「ハカン⁉ それにヘレンも⁉⁉」
思いもよらぬ援軍に、ジョンの顔がパッと花を咲かせたようになる。
「うーーーーーーらららーーーーーーー!」
ハカンは蒼天の荒野に響き渡るように雄たけびを上げると、町民たちのど真ん中に突撃していく。
ダダダダダと、町人たちは反射的に牛たちへ発砲するが、相手は1320ポンド(約600㎏)はある筋肉の塊だ、一撃で急所を狙い撃つでもしない限りその勢いを止めることなど出来ず、逆により興奮状態にさせてますます手に負えなくなる。
「なっ何が何だか知らんがともかく助かったぜ!」
一体どこからあれだけの牛を調達したのか、とか何でヘレンも一緒にとか、疑問は色々あるものの。直前の危機は回避できたことで、ジョンは一息ついて脇に抱えていたタマモを下ろす。
地面に降りたタマモは、暴れ牛の群れに引き金を引き続ける町民たちを見てポツリとこうつぶやいた。
「こやつら……洗脳されておるな」
「洗脳って、お前がやってたやつか?」
「否、
ジョンはタマモが言っていた事が頭に浮かぶ。
『魅了程度では、それがかかった対象の不利益となる行動をとらせることは難しい』
確かに、わずかに好意を抱いた程度では暴れ牛の群れに銃を撃ち続ける事などは難易度が高いだろう。
それに対して、洗脳では、対象にとって不利益な事すら好んでさせる事すら可能なのだ。
「……そんな、一体誰が?」
「さての、
「……まぁな。そんな便利なことが出来れば、わざわざ俺をケチな罠に嵌める必要はない」
「じゃの。じゃが、嫌な予感がプンプン匂うてくるのは確かじゃ。
下僕1号! 事ここに至れば出し惜しみは愚の骨頂じゃ!」
「……ああ、分かった」
自分の故郷であるナスカッツにはびこるナニカ。
それに対峙するために、ジョンとタマモは向き合って――
「ぐっがぁぁぁ……」
「タマモ? おいタマモ! どうした! 何があった⁉」
ジョンの胸の中で、タマモはその身をかきむしりながら今まで聞いたことの無い苦痛の声を上げる。
「タマモ! おい! タマモってば!」
「やれやれ、こんな隠し玉があるとは思いもよらなかったでござる」
彼方より聞こえて来た、声にジョンはゆらりと暗い視線を向ける。
「これなるは、700年前の対戦にてそこな九尾狐めを討伐する切り札となりしものでござる。
全盛期の貴様でさえ大いに力を減じたこの聖玉、今の貴様にはさと辛かろう」
そこには、翡翠で出来た動物の牙、あるいは胎児の形に似たペンダントトップが揺れるネックレスを持った、智が立っていた。
「……それを止めろ」
「それは出来ぬでござる」
「……止めろ」
「出来ぬでござる」
「ああそうかよ……ならっ!」
その切り札を奪い取ろうと駆けだそうとしたジョンの足がピタリと止まる。
ジョンと智との間にゆらりと現れたのは、銃身が通常より4.5インチ(約11.4㎝)も長い12インチ(約30.5㎝)あるスペシャルメイドのコルトSAA、すなわちバントライン・スペシャルを持った1人のガンマンだった。
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