第29話 昔と今

「何やっとるんじゃ貴様ッ⁉ 馬鹿か貴様ッ⁉ もう一度言うぞ? 馬鹿か貴様ッ⁉」

「かんにん! かんにんやー! しかたなかったんやー‼」


 タマモが掛けた隠形の術はジョンバカが少女へ話しかけたことで霧散した。


「やっかましい! これでは全て台無しではないか! この間抜けッ!」

「しょーがないんやー! 目の前に超絶美少女SSRロリが居たと思った時には既にこうなってしまってたんやー!」

「貴様の頭の中につまっておるのはオガクズか何かか⁉ カメムシでももう少し我慢できるぞ⁉」

「真面目にやるでござる」

「「うおっ⁉」」


 いきなりブンと振られた棒を間抜け主従は抱き合ったまま数ヤード飛び下がる。


「って貴様は⁉」


 攻撃してきた人物を改めて確認したタマモは、少女を指さしながら驚きと怒りがこもった声を上げた。


「あの時はまんまと逃げられてござるが。此度こそは此方こちが一族の定め果たさせてもらうでござる」


 少女は手にした棒の戦端にある金属の輪をシャリンと鳴らしてから構えを取った


「え? なになに? お前あの超絶美少女SSRロリと知り合いなの? 紹介してくんね?」

「お前……逆にすごいのう」


 目の前で臨戦態勢を取っている少女を前に、タマモへコソコソと語り掛けるジョンバカにタマモは呆けた顔でそう言った。

 だが、それを聞き留めた目の前の少女は、何かを思案するかのように一瞬小首をかしげた後、ジョンをチラリと眺めながらこう呟く。


「ふむ、そうでござるな。そこな九尾狐はともかく、貴殿とは初対面でござったな」


 少女はそう言ってコホンと咳ばらいしつつ、折り目正しくこう言った。


此方こち土御門智つちみかど・ともと申す、日ノ本から来た陰陽師でござる。

 そこな九尾狐を滅することは此方こちら一族の使命。貴殿は手出し無用にお願いしたいでござる」

「え? あっども。俺は――」

「ジョン殿でござるな、貴殿の事は町の皆から聞き及んでござる」


 ヘラヘラと鼻を下を伸ばしながら、ついでに握手もと伸ばそうとしたジョンの手を、硬質な声がピタリと静止させた。


「……えっ、この子、融通利かないタイプ?」

「貴様が局所的に利きすぎるだけじゃが?」


 ひそひそと話し合うジョンとタマモに、智は真っ直ぐと2人を見たまま、キッパリとこう言い切った。


「もう一度言うでござる。そこな九尾狐を討つのは此方こちら一族の使命。

 それでもジョン殿が、九尾狐の側に立つというならば、まとめて相手するだけでござる」

「はッ! どうやってここまで追ってきたのかは知らぬが、あの時のわらわと今のわらわが同じじゃと思うてか?」


 そう言って余裕の笑みを浮かべるタマモに、智は真っすぐにこう言った。


「否、マーガレット殿より全て聞き及んでござる」

「………………」

「九尾狐、貴様はジョン殿から力を分け与えておらぬのならば、今の貴様は見た目通りの幼子にすぎんでござる」


 そう言って智はジョンへチラリと視線を向ける。

 だが、その様子を見て、タマモは苦虫を嚙み潰したような顔をしつつも、内心でほくそ笑んでいた。


(かかか。あの小娘がその事を漏らすことなど先刻承知よ、じゃが今のわらわはこの田舎町を出た時よりも何倍も進化しておる)


 タマモはそう思いつつ、こっそりと懐へと手を伸ばす。

 タマモが用意した呪符は隠形だけではなかった、悪徳の町ニューデンプションで簡単な呪符なら使えると自信を持ったタマモは、あれからコツコツと様々な呪符を用意していたのだ。


(かかか。金縛り・のろい・ほむらいかずちその他もろもろ、なんでもござれじゃ。わらわを舐めくさっているこの小娘に目にもの見せてくれようか?)


 とりあえず、隣にいるジョンバカを囮として差し向けた後、後ろからこっそり――と算段を立てていたタマモに、智はあっさりとこう言った。


「ここは既に此方こちの結界内でござる。今の貴様程度が用意できる術など無意味でござるよ」

「……………………」


 その言葉を聞いた上で、タマモはあちこちに忍ばせた呪符を確認した。

 だがタマモの願いむなしく、呪符に埋め込んだタマモの呪力は霧散しており、それらは唯の紙切れに戻ってしまっていた。


「きさッ⁉ やっていい事と悪い事があるじゃろうが⁉ わらわが爪に火を点す様な思いでなけなしの呪力を丹念に込めて拵えた呪符を⁉」

「愚かな……いな、貴様には分る由もあるまいが……それは今まで貴様に踏みつぶされてきた! 力なき人間がやって来たことで――ござる!」


 問答はこれまでと、智は錫杖を大上段に振り上げて襲い掛かってくる。


「のッ⁉」


 一瞬のうちに数ヤードの距離を詰め放たれた一撃は、か細き少女タマモの腕ごと脳天を叩き割る威力が込められていた。


「なぜ……止めるでござる」


 智がはなった芯のこもった一撃を、ジョンは手にしたレミントン M1858あいぼうの銃身をつかい、柔らかく受け流したのだ。


「マーガレット殿より貴殿の事は聞き及んでいるでござる。

 そこな九尾狐といかな契約を契ったかは知らぬが、此方こちならばそれを解除できるかもしれぬでござる」


 自分の目をしっかしと見つめながらそう言う智に、ジョンは困ったような笑みを浮かべる。

 このバカ狐タマモとは短いながらも異常なまでに濃い付き合いをしてきた。

 確かにこいつの性格は最悪を通り越した極悪で、全く持って好ましいところなど在りはしない。

 人様を下僕だなんだと公言してはばからず、その取り扱いは家畜以下。

 おまけに過去にタマモがしでかした事を考えれば、今すぐにでも生真面目系超絶美少女の側に立ち、一緒になって傾国の大妖邪悪の根源を退治するのが人の道と言うべきものだろう。


「仮にも法と秩序の番人保安官としての責務を背負っておった貴殿であり、そ奴と少なくない時を過ごした貴殿ならば分かるでござろう。

 ソレは――此方こちら人間とは相容れぬ唯の厄災でござる」


 バコタールとの戦いにおいて自らが垣間見た天変地異と見間違う破壊力。

 そこまで行かずともウィンチェスター屋敷を一撃で粉砕した破壊力。

 ああ、確かにこいつは人間の姿をしているだけの災害だ。

 自分を真剣な眼差しで見つめる超絶美少女SSRロリの目をしっかりと見返しながら、ジョンは――


「んなこと痛いほどしってんだよ! だがな! こいつほど俺好みの女なんて今も昔も存在しねぇぜッ!」


 ニヤリと頬をゆがめてタマモと智の間に立つジョンに、智は悲し気な顔をして首を横に振った。


「愚かな……貴殿は九尾狐めに、謀られてござる。

 確かに彼奴きゃつはその妖艶なる色香をもって時の帝をも魅了した傾国の美姫かもしれぬでござる!

 だが! 貴殿が犠牲となり彼奴きゃつにその姿を取らせようとも!

 彼奴きゃつは貴殿の事など唯の餌としか思ってないでござるよ!」

「アホかっ! 何が悲しゅうてあんなしんどい想いをしてまで理想のロリタマモ大人状態駄肉の塊にせにゃならんのだ⁉」

「………………ん?」

「いいかよく聞け! こいつは! 今が! いーまーの状態が完璧で究極なの! 胸や尻に駄肉の塊をぶら下げたタマモになんてこれっぽっちも用はねぇんだよ!」


 その後も、状況に構わず独自の美学を熱く語り続けるジョン変態に、智は頭痛を我慢するように顔をしかめながら――


「もう良いでござる。貴殿ともども九尾狐を滅するだけでござる」

「はっ! やらせるかよ! 俺からタマモ理想のロリを奪うやつは例え超絶美少女SSRロリでも容赦しねぇぞ!」


 その言葉を合図として、邪悪を滅するために来た陰陽師と己の正義ロリの為に生きる保安官|(元)は戦闘を開始した。



 ★



「破ッ!」


 智は己の身長を優に上回る6尺(約180㎝)の錫杖をまるで枯れ枝を振り回す様に振り回す。

『突けば槍、払えば薙刀、打てば太刀』棒術を言い表したその言い回しを具現化するように、ありとあらゆる角度から変幻自在なる攻撃がジョンへと襲い掛かる。

 対するジョンが持っているのは右手に握った拳銃1つだけ。

 だけなのだが――


(何故に当たらないのでござるか⁉)


 智は心の中でそう叫ぶ。

 自分と相対している相手の武器は1丁の銃だけ、遠距離では恐ろしいそれも、これだけ密接していれば、自分に銃口が向いた瞬間にそれを叩き落とせる自信はある……否、あった。


 目の前に居るのは、先ほどの勇ましい言葉|(それより前の言葉は理解不能だったので聞かなかったことにする)を述べたにも関わらず、涙をたらしながら必死になって逃げ続ける1人の男だ。


 そんな自分の困惑を感じ取ってか、彼の後ろでさらりと髪をかき上げながら九尾狐がこう嗤う。


「かかか。そ奴を唯の変態と侮るでないぞ?」


 相手はあの九尾狐だ、この声かけも自分の集中を乱すためのものに違いないと、智は声から意識をそらした。

 だが、九尾狐はそんな事をお構いなしに話を続ける。


「そ奴はの、品性下劣にして責任感皆無、チリ紙程の理性しか持たず、容易いほどに情欲に溺るる」


 あーなんか言ってて腹が立ってきたんじゃが。と九尾狐は一言置いて話を再開する。


「虚言や裏切りなぞ呼吸に等しく、かと言って大それた悪事を働ける程の器もない。前世においてどのような悪行を積んできたのか、生まれ持っての度を越したの小心者であるが故、他人に銃口を向ける事すらままならぬ為に、兵としては使い物にならぬどころか害悪の存在である」


 ふーやれやれ、と九尾狐は肩をすくめた後、自分を見下すように薄っすらと微笑みこう言った。


「じゃがの。そ奴は己の情欲のため、いかな無様をさらし逃げ続けても決して逃げない阿呆あほうでもある」


 逃げるのに逃げない、そんな禅問答じみた言葉に、違和感を覚えた智は、もう一つの違和感に気が付いた。


(あれ? 錫杖が少し重く?)


 たったこれだけの攻防で疲れるほどやわな鍛え方はしていないつもりだ。もしや九尾狐がなんらかの奥の手を⁉

 そう、智の注意がタマモに向かった瞬きよりも短い時間に。


超絶美少女SSRロリゲットだぜーーーー!」

「なッ⁉」


 キュっと、自分の体が何かで縛られ、智は身動き一つ取れなくなった。


「くッ⁉ なっ何……を」


 智は歯噛みをしながら、まだ自由に動く顔だけを使って九尾狐を確認しようとするが―――


「……え?」


 その時に、自分の体がキラキラと光っているのが目に映った。

 いな、光っているのは自分の体ではなくその表面、目を凝らさなければ見えぬような細さの金糸が自分の体中に巻きついていたのだ。


「かかか。それはわらわの毛をより上げて作った糸よ。

 確かに貴様が仕込んだ結界により、わらわが用意した呪符は唯の紙くずになり落ちた。

 じゃが、それは紙と言う異物に、わらわの呪力を刻んだ故じゃ」


 ニヤニヤと獲物をいたぶるようにそう笑う九尾狐に智はギリと歯ぎしりをする。

 自分が準備した広域解呪結界は、結界内に入った敵の呪具を無効化する。

 だが、侵入者が己自身に掛けた呪術はその例外だ。

 九尾狐はその事を理解しており、無駄話をしているふりをして、ひっそりと自分から逃げ回っている相手に毛を渡していたのだ。


「九尾狐、貴様……」


 智は自分の不甲斐なさに歯噛みするが、賞賛すべきは九尾狐よりもジョンであることは明白だ。

 彼は逃げ回っていながらも、視界の端に映る九尾狐の意を理解し、彼が風上に来るように立ち回り、視認困難な金糸を受け取り、自分が気が付かぬうちに緩やかに自分の体に巻き付けその時を待ち、九尾狐の合図と共に一気に締め上げるという事をなしたのだ。


「かかか。貴様らの手口なぞ、何百年も前に飽きるほど見て来たわ。

 良いぞ? 特別サービスと言う奴じゃ、もう一度言うてやろう。

 日本で逃亡中あの時わらわと同じと思うなや?」


 そう、確かにあの時の九尾狐、と今の九尾狐とは別物だ。

 あの時の彼女の隣には、肩で息をしながら今にも吐き出してしまいそうな情けない男などはいなか――


「ってえ?」


 ふーと、2・3度大きく深呼吸したジョンは、先ほどの疲れなどすっかり消え失せたようにすくっと立ち上がってぐるぐると肩を回す。


「……わらわが言うのもなんじゃが、貴様それでも人間か?」

「るせーよ。あのクソ親父のしごきはこんなもんじゃなかったからな」

「……貴様の父親は、貴様を練習用の標的か何かと勘違いしておったんじゃないのか?」


 そう、小首をかしげるタマモだが、ジョンが人並み外れてタフなのは、父親からの特訓を逃げる度に増えていった愉快かつ壮絶極まりないトラップの数々のおかげなので、結局のところは自業自得であった。


 そんな風に無駄話をしていた2人だが、はっはっはとひと笑いした後に、2人同時にくるりと拘束され寝転がっている智へと振り向き、我先にと駆け寄ってくる。


「ひゃっはー! 人質には人質じゃあ! 超絶美少女SSRロリゲットだぜー!」

「かかか! 待て待て! 逸るでないぞ下僕1号! 交渉ならばわらわの得てよ! 貴様に権謀術数とはいかなもの――」


 遠くから一発の銃声が鳴り響きタマモは背後へと吹き飛ばされた。

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