The final/ナインテール・through・ザ スカイ(九尾、天に通ずの巻)

第27話 チチキトク スグカエレ

【ジョン チチキトク スグカエレ モンダイハ マーガレット カイケツシタ】


 補給のために立ち寄った町で、新聞にその様な電報が乗っている事を見つけたタマモは、眉根を寄せつつ、ジョンを呼び寄せた。


「あー? なんだよ? 見たくねぇよ」


 もしかしたら、自分に賞金首が掛けられるのはいつの日かと疑心暗鬼になっているジョンは、それから目をそらそうとしたが――


「良いからとっととこれを見よ!」


 顔面に新聞紙を押し付けられたジョンは、まるで腐乱死体を見るように、可能な限り顔を遠ざけながら、問題の電報を確認した。


「………………オレ?」

「そうではないかの?」

「「…………怪しい」」


 ポンコツ主従は顔を見合わせながらそう呟くも――


「どうした? 友よ」


 顔を見合わせる2人に影が掛かり、上からにゅっとハカンが顔をのぞかせて来た。

 ハカンはソレを読んだ後、しばし腕組みをしてくぐもった唸り声をあげた後こう言った。


「落ち着いて、ひとつずつ考えよう」

「オーライ。まぁ前半はどうでもいいからほっといてだ、後半部分を中心に考えると」

「ふむ。あの小娘が問題を解決……のう。まぁなんの問題かを書いていないところが嫌らしい所じゃのう」

「そーだな。まぁ問題と言えばお前がやらかした事しかないわけだが」


 そう言ってジョンがじろりとタマモを見つめるも、タマモはそれを無視して話を進める。


「この問題とやらが、どこぞのバカが飛びついて来たせいで起きてしまった避けようのない悲しい事故の事、じゃったとしてもじゃ……あの小娘に何が出来る?」


 他人事全開の発言にジョンは額に青筋を浮かべつつもこう答えた。


「無理だな、ありゃ個人に何が出来るって問題じゃねぇよ。あのクソジジイは主的向きは町一番の名士で通ってたんだぜ? それを当人は元より屋敷やらなんやらも一切合切まとめてぶっ壊したんだ。

 なにせ、名保安官である俺が尻尾を巻いて逃げなきゃいけなかった案件を、普通の町娘であるマーガレットに何とか出来る訳がねぇ」


 その何とか出来る訳がない問題を、マーガレットに全て押し付けて逃げて来たのはどこの誰だったのか。

 タマモとハカンは自信満々にそう言うジョンに小首をかしげつつ、不思議な人を見る目でジョンバカを眺める。


「ともかくだ、こいつはブラフだ」

「まぁそれはわらわも同意するがの、では、その裏にあるのはなんじゃと思う?」

「タマモ様。オレはそのマーガレットなる人物を知らない故に教えてほしい」

「ん? あぁ、そうじゃったの。マーガレットはそ奴のツレじゃ。ここではガールフレンド? とか言うのじゃったか?」

「はっ。アイツは唯の腐れ縁の幼馴染だよ。何が悲しくて10代を超えたババアをガールフレンドなんて呼ばなきゃいけねーんだ」


 そう言ってヘラヘラと肩をすくめて笑うジョンを、タマモとハカンは可愛そうな生き物を見る目で眺める。


「いいか? 何もわかっちゃねぇテメェらに教えてやる。花は短し恋せよ乙女とはよく言ったもの、女のピークはズバリ12歳から15……んーロスタイムを含めても18歳までだ。それまでは近所の男の子と同じはずだった体が、ある日ゆっくり、そして繊細に、そして着実に花開いていく! そうま――」


 何かキモイ生き物がキモイ動きをしながらキモイ音を発しているのを無視して、タマモとハカンは分析を続ける。


「タマモ様、この新聞はあの町にもあっただろうか?」

「そうじゃな。わらわが情報収集かつ暇つぶしに読んでおったのはこの新聞じゃ」

「となれば、そのマーガレットと言う娘にも――」

「ああ。当然あの小娘も目にする機会はあるじゃろう」

「という事は、その娘もこの仕掛けに参加しているか――」

「もしくは――この新聞を読む事が出来ない状況に置かれているか、じゃな」


 タマモはそう言ってニヤリと頬を歪める。


「……人質」


 タマモの言葉を聞いてハカンは難しい顔をしてそう唸――


「おいおい、なんだよお前らー。いや? まぁお前らクラスじゃ分からないか、この領域レベルの話はな」


 そう言って、サラリと前髪を上げるジョンに――


「ああ。貴様の幼馴染の小娘な? どこぞの誰かに拉致監禁されとるかもしれん」

「はぁああああああああ⁉」



 ★



「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 保安官事務の留置室にてマーガレットは何度目か分からないため息を吐いた。


「すまないな、マーガレット君」


 コツコツと硬質な足音を響かせて歩いて来た人物はマーガレットも良く知る人物であった。

 その男は、背筋が大陸間横断列車のレールで出来ているのではないかと思えるほどに真っすぐにピンと伸び、眉間に深い皺を刻んだ西部の男具現化したような偉丈夫だった。

 彼は、しっかりとした足取りで独房の前に来ると、疲れた様子で硬くて薄っぺらいベッドに腰かけるマーガレットに視線を合わせるように片膝をついてしゃがんでこう言った。


「全ては儂の愚息が返ってくるまでだ、申し訳ないがそれまで辛抱してくれ」


 眉間のしわをより深くしながら重い口調でそう言うジョンの父親――クリント・サイランドに、マーガレットは疲れた笑みでこう言った。


「いえ、まぁ私の責任もゼロという訳ではありませんので」


 マーガレットのその言葉には何も答えることは無く、クリントは軽く瞑目した後に、すらりと立ち上がる。

 その様子にマーガレットは苦笑いを浮かべた後、自分に背を向けたクリントに話しかける。


「そう言えばクリントおじ様。体の方はもうすっかり?」

「ああ。始めは半信半疑だったのだがね、あの中国人の腕は確かなようだ」


 クリントは振り返る事無くそう言って、しっかりとした足取りで立ち去って行った。


「ふーむ。中国の伝統医学ねぇ」


 マーガレットはそう言って眉根を寄せる。

 クリントは、2年前、列車事故に巻き込まれ右半身に軽度の麻痺が生じてしまったのだ。杖を使えば日常生活にはそこまでの苦労はないが、保安官業務の様な体を酷使する仕事は満足に出来やせず、断腸の思いでジョンに保安官バッジを譲ったのだ。


 だが上海の貿易商であると言うフーの中国医療に世話になったのはクリントだけではない。西部の労働はどれも過酷な物であり、みな大なり小なり何処かしらに痛みを抱えている。フーはそれを尽く治療していったのだ。


 おかげで、フーの信頼はうなぎのぼり。あれよあれよと言う間に町ぐるみで日ノ本――タマモがかつて居た国から来た少女の手助けをすることになったのだ。


 まぁ、タマモが『善』か『悪』かを考えれば、勿論『悪』に分類されるだろう。それは本人も認めているどころか、自らを傾国の大妖であると大いに誇っていた。

 それを滅ぼしに来たトモとか言う少女に協力することは勿論正しい事なのだろう。


(で……私のこの扱いはなんなんですかねぇ?)


 聞いた話だと、新聞に載せる電報を利用しておびき寄せるという事なのだが、はたして自分をここに閉じ込めていおく必要性はあるのだろうか?


(人質としてのリアリティだとかフーさんは言ってたけど……)


 とはいっても、別にここでの暮らしに不自由はほとんどない。あれやこれやの仕事から解放されるし、3食昼寝付きの好待遇、暇つぶしの本や新聞だってなんでもござれで、出来ないことは、外に出るという事だけ。


(まぁ、あれこれ口出せる雰囲気じゃなかったしなー)


 タマモの存在を隠していたという負い目が大きかったのももちろんあるが、町民たちの全会一致で決まった事なのだ。その圧力を跳ねのけられるほどの胆力も理由も在りはしなかったという事なのだ。



 ★



 ウィンチェスターにフーと智、町1番の名士と2人の専門家が行った作戦会議にて、マーガレットを人質にしてタマモ、より詳しく言えばジョンをおびき出す事を決定したのはウィンチェスターだった。


 ウィンチェスターとしては、全てを台無しにした原因であるタマモを殺す事はもちろん、自分の影の部分を知っているジョンと、偽札の原版を見た可能性があるマーガレットの2人も、どさくさに紛れて殺す腹積もりであった。

 勿論あの時はハカンも居たのだが、ウィンチェスターにとってはインディアンなど取るに足らない存在であった。

 東洋から来た凶悪なモンスター、放置すればこの白人の国アメリカを破滅に導く最悪のクリーチャー、それを退治する事で得られる名誉と栄光は、独立戦争を勝ち取るに事に等しい事。ウィンチェスターの中ではそうなっていた。

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