第26話 ヒーロー
怪しげな中国人の中年男と、奇妙な服装をした東洋人の小娘。
その2人を前に困惑したウィンチェスターだったが、そんな彼に少女は生真面目な声でこう言った。
「貴殿が過日出会ったと言う化け物は、狐の耳と尾が生えた女性の姿をしておりませんでしたか」
「なっ!」
「やはりでございますか」
少女は落胆したように、だがどこか晴れやかな気持ちを声色に乗せつつこう続けた。
「ここに来る前に貴殿の御屋敷があったという場所を尋ねさせていただきました。あれだけの破壊を成しえ、その特徴も有しているとなれば、まず間違いはございませんでしょう」
「きさ! いっいや、君はアレの正体を知っているのか⁉」
日ノ本とか言いう、どこだか知らない田舎国から来た小娘に、うっかり自が出そうになるも、慌てて名士の仮面をかぶりなおしたウィンチェスターは食いつく様にそう尋ねる。
「無論でござる。
「まっ待ってくれ、知らない名前が次々出てきて」
「
少女はコホンと咳ばらいをして、改めてピンと背筋を伸ばしながら自己紹介した。
「
智と名乗った少女は1人勝手にヒートアップして行き、どこまでもしゃべり続ける。
「アハハハ。トモさん、トモさん。陰陽道について1から解説していったら一晩じゃ終わらないアルヨ」
そう言って智の隣に立っていた中国人がバッと手にした扇子を広げる。
「ニーハオ。ミスタ・ウィンチェスター。ワタシの名はフー・リーチン。上海で貿易商を営んでいる者アル」
フーと名乗った男はそう言って右手を差し出す。
視野狭窄を起こした少女のマシンガントークから逃れられたウィンチェスターは、ほっと一息つく。
日本だか、陰陽師だか知らないが、要は未開国の怪しげな
それに比べてこの男は、身にまとっているスーツや腕時計等の質からある程度大きな会社だと想像できた。
「あっ、ああ。私はウインチェスター・トラロッドだ」
上海ならば自分も知っていると、ようやく聞き覚えがある単語が出て来たことに安心したウインチェスターはフーと名乗った男と悪手をかわしながら自己紹介をした。
「シェシェ、ミスタ。ワタシの会社はシャンハイ・ニホン・サンフランシスコに港を借りててね。ニホンの港で途方に暮れてたトモさんと出会ったアルヨ。
なんでもトモさんは、かの悪名高い九尾狐を追ってきたが、
九尾狐が密航した船の行く先はサンフランシスコ。だが、トモさんはそこまで行く手段がない。一族の使命を果たさんと単身かの大妖を追うトモさんの勇気に、ワタシいたく感動したアルヨ」
フーはそう言いつつ、感極まったように顔をくしゃくしゃにする。
「こと相手が九尾狐となれば、ワタシも無関心では居られないアル、あの大妖はかつてワタシの国でも大層悪さしたアルネ。
ワタシはトモさんの勇気に助力するため、ワタシたちの国を荒らした九尾狐と決着をつけるため。トモさんの道先案内人なる決めたアルヨ!」
そう言って拳を震わせながら熱弁するフーに、智は折り目正しく頭を下げつつこう言った。
「フー殿にはいくら感謝の言葉を重ねてもたりませぬ。
フー殿は
「アイヤー、頭上げるアルネ。ワタシとトモさんは憎き
そう言って深く頷くフーと、感極まった風に自分の胸元で拳を固める智を見て、彼らがあの化け物退治に本気であることはウインチェスターにも理解できた。
だが……。
「せっかくの2人の友情に水を差すようで悪いのだが……君たち2人だけなのか?」
ウインチェスターが目にした九尾狐なる化け物がもたらす破壊力は人知を超えていた。そんな化け物に、走る事すらままならないような中年太りの男と、まだ10代であろう小娘のたった2人で立ち向かえるとはとても思えなかったのだ。
その疑問にまず答えたのはフーだった。
「ノノノ、勘違いしてるネ、ミスタ。ワタシはただの中年男アルヨ。ワタシに九尾狐と戦う術はないアルネ。戦うは、トモさんだけよ」
「……君のような少女が? その陰陽術とやらはそれほど強力なのかい?」
ウインチェスターの訝しげな視線に、智は覚悟を込めた顔でこう言った。
「ウインチェスター殿が不安になるのも当然ではござる。だが、あの時あの場所にたどり着けたのは
智はそう言いつつ、胸元からネックレスを取り出した。
そのネックレスには、翡翠で出来た動物の牙、あるいは胎児の形に似たペンダントトップが揺れていた。
「これは日ノ本においては勾玉と呼ばれるものでござる。一見すれば唯の装飾品に見えるかも知れませぬが、これは今よりおよそ700年前、那須野における玉藻の前との決戦において使用された、
「アー……。要するに、これがあれば九尾狐は大幅なパワーダウンを起こしてしまうって事アルヨ」
なるほど、と。ウィンチェスターは、固有名詞満載な智の話を聞き流し、フーの話だけを聞くことにした。
「で? そのパワーダウンと言うのはどの程度なのでしょうか?」
屋敷含めてその他もろもろ一切合切粉砕出来るのが九尾狐とやらの力である。たとえそれが半減したとしても、拳銃やライフルでは太刀打ちできないのは目に見えていた。
「那須野における決戦において万全の状態であった玉藻の前は。数万における武士や陰陽師の軍団と十二分に、いな、軍団を鎧袖一触に振り払ったでござる。
だが、
「アー……。実際にどの位パワーダウンするかはやってみないと分からないアルヨ。
だが、過去の事例を参照すれば、壊滅状態だった軍をろくに再編成するまもなく、九尾狐を退治できたのはその勾玉のおかげアル。
しかも当時のヒノモトアーミーの装備と言えば、ロングボウやロングソードと言った原始的な武器アルヨ」
「むっ。その言い分はいかな大恩あるフー殿とは言え、看過できんでござるよ。刀と言うのは――」
「ともかく! 当時の玉藻の前は平安シティで悪逆の限りを尽くしていた全盛期だったアルヨ。奴はソウルイーター、人を喰らえば喰らうほどにその力を増すアル」
智のウンチクを遮って、フーは真剣な面持ちでウィンチェスターへとそう語る。
「……なるほど、時間をかければかけるほど、奴の力は強くなるという事ですね」
「
九尾狐はまだ、封印から解き放たれたばかりアル。今のアイツはよちよち歩きの
よちよち歩き。
確かにあの化け物は、普段は10代前半程度の少女の姿をしていた事をウィンチェスターは思い出す。
「九尾狐をこのまま放置していれば、この国は大混乱に陥るアルヨ。
ミスタ・ウィンチェスター? アナタ救国の英雄になる覚悟はあるヨロシ?」
フーはチラリとサングラスをずらし、ウィンチェスターを見つめながらそう言ったのだった。
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